第23話 アスモデウス

 清水が爆破を起こした直後。


「倒せた……のかな……?」


 進藤才は校舎3階の教室内でほっとひと息吐いた。

 最近の学校では子供たちの安全や盗難防止のために防犯カメラが取り付けられている。


 才は『本の虫』の能力を使い、防犯カメラを通して新たちの戦闘をじっと眺めていた。

 体育館周辺では出入り口や外のトイレ付近にしかカメラはなかったから、間接的にはであるが。


 それでも爆発があったことは理解できた。


 映像には煙が絶えず立ち込めていてその後何も動きがないことから、才も清水を倒したと確信した。

 これで一件落着。あとは被害を受けた彼らに口止めすればこの事件は終わりだ。


(それにしても――)


 だが、才は考える。


 今回の事件の犯人は清水一雄。

 だが、彼はいわゆる新人工作員。

 組織の中でも末端の末端だ。


 今回、自分達がこの学校に潜入した目的は灰枝茂に繋がる人物を捕まえることだった。

 清水が灰枝茂と繋がっているとはとてもじゃないが思えない。

 けれど、その清水に公安捜査員である沖田や侑里は操られた。

 しかもそれ以外にもかなり多くの高校生すら意識を奪っていた。


 そんなことが本当にあり得るのか。

 短い間に『欲の虫』を使いこなせるほど、才能があったのか。

 それとも――。


(いや……もしかしたら私はとんでもない勘違いをしている?)


 カツ……カツ……カツ……。


 そんな時。廊下から足音が響いた。

 履き潰した上履きをスリッパのように擦る音。

 この高校の生徒が入ってきたのだろうか。


 才はゆっくりと教卓がある方に向かう。

 廊下から聞こえる音は、教卓がある方とは逆。

 つまりこの教室に入るとしても後ろ側の扉から開けて入るだろう。

 であれば、教卓の下に隠れやり過ごすのが吉だ。


(それと……一応……)


 才は静かに拳銃の安全装置を外し、ハンマーを下ろす。

 この足音が清水以外の敵であることも考慮した措置だ。


(できれば使いたくはないわね)


 才の頬からは冷や汗が滲み出る。

 ふぅと息を吐き、才は静かに足音が通り過ぎるのを待った。

 才がいる校舎には廊下1箇所につき4つの教室がある。

 足音は既に2つ目の教室を通り過ぎている。

 ゆっくりと、だが大きく。才のいる教室に近づいてくる。


 一歩……また一歩。


 ゴクリと唾を呑み込む。足音は3つ目の教室を通り過ぎた。


 そして、才のいる教室の扉の前で止まった。


 ――ガラガラ。


 扉がスライドする音に才の心臓は飛び上がる。

 足音の主はこの教室が目的だったようだ。

 ならば、この子が帰るまでの辛抱。


(見つかりませんように)


 と目を閉じて祈るが――、


「あれ? ここだと思ったんだけどなぁ~」


 誰かを捜しているような少女の声だった。


「おかしいなぁ。間違えちゃったかなぁ?」


 その声は心地よく、優しく耳を愛撫するように響いた。

 高くもなく低くもない。人間の脳が――いや、全生物の細胞が快楽を感じる響き。

 聞いただけで、才の身体が無意識に小さくと跳ねるほどの快感の振動。


 ――その声の主を才は知っていた。


「動くな!」


 ひとしきり納得した後、才は教卓をガタンと揺らし立ち、拳銃を構える。

 その先にはこの高校の制服を着た女の子の姿があった。


「あ。見つけた」


 彼女は才を見つけると、可愛らしい笑みを浮かべた。

 黒を基調とした赤メッシュの髪の毛をハーフアップにした髪型。

 目は紅く、鼻の周りにはそばかす。

 制服が似合うくらい若い容貌で、美人というよりも可愛いという印象。

 だがどこか色っぽさも感じた。


「ふふ~ん♪」


 彼女は楽しげに鼻歌を奏でつつ、ふらふらと才に近づいてくる。


「動くなと言っている!」


 そんな彼女に才は拳銃を構えてもう一度警告する。


「当たらないよ」


 だが、彼女の声を聞くと身体が震える。

 銃の照準が定まらない。

 彼女はゆっくりと、しかも無警戒に才に近づく。


 警戒の意味を込めて才は発砲する。

 しかし彼女は止まらない。


 弾は当たらず後ろの壁に穴を開けた。

 何発も発砲するが、真っ直ぐ進む彼女には当たらず。

 本気で照準を定めても彼女に当たる気がしない。

 当たれば全てが解決するというのに、身体が全く当てようとしない。


 やがて拳銃の弾は切れる。

 弾を補充しようと、ポケットから弾を出すが、


「ほらね」


 もう既に彼女は教卓に頬杖をつき、不敵に笑っていた。

 楽しそうに右足を上げ、左足はつま先立ちでスリッパ状態の上履きが脱げそうになっていた。


「当たらなかったでしょ?」


 笑みを浮かべる彼女に青ざめた顔で才は睨む。


「? あれ?」


 冷や汗をかき、まるで恐怖しているような姿を見て、彼女は首を傾げた。


「おかしいなぁ。私を見るとみんな、顔を赤らめるんだけど……?」


 その姿でさえ色っぽく可愛らしい。才は目を閉じて首を振る。


「あなたが好きじゃない人もいるのよ……」


「またまたぁ。そんな人いるわけないよ」


 とクスクスと笑う彼女。


「会えばみんな、私を好きになるもんだよ。

 才だって……今、必死に堪えているんでしょう?

 まったく相変わらず愚可愛おろかわいいんだから」


 とペロと舌なめずりする。

 彼女の口や舌をもっと見たくなる衝動に駆られる。


(――そんなことを思ってはダメだ!)


 才は思わず拳銃に弾を込め、自分の太ももに発射する。

 激しい痛みが才を襲い、跪く。

 けれどその痛みは目が覚めるようだ。


「大丈夫? そんな……自分を傷つけちゃダメだよ」


 心配そうな顔をして見つめる彼女に才は冷や汗混じりに睨みつける。


「バカ言いなさい。

 そんなこと微塵も思っていないくせに」


 その才の言葉にニヤリと笑う女の子。


「思ってないは嘘だよ。

 ちゃんと思ってるよ。ちょびっとだけは。

 だって女の子だもん。自分の身体は大切にしなきゃ。

 それに今は私の家族も面倒見てもらっているしね」


「! どこでそれを!?」


 それを見て彼女は破顔する。


「あはは~やっと顔が崩れたね」


「茶化さないで! はっきり教えなさい!」


 才は彼女に向けて再度拳銃を向ける。

 そんな才をニンマリとした笑顔で見下ろす。


「『色の虫』摂取者にして組織のナンバー2!

 コードネーム『アスモデウス』! ――灰枝色はいえだしき!」


 才の叫びが教室に響き渡った。

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