第22話 笑う死体
パラパラと天井から粒子が舞い落ちる。
煙も滞留し、爆心地には小火が起こっていた。
そんな中、爆心地から少し離れたところに積もった塵の山が少し動いた。
「ふぅ……新くん、大丈夫か?」
黒い髪の毛が灰被りとなった警が隣に積もられた山を揺らした。
すると、その塵の山から新が出てきた。
新も顔や服が埃まみれになっていた。
「えぇ……なんとか」
「そうか。よかった」
安心したように警は息を吐き肩の力を抜いた。
「爆発の規模が思ったよりも小さかったのが幸いしたな。
清水がいたところは酷いが、そこ以外は……」
と警は爆心地の方を見た。
立ち込める炎はもう小さくなっていて、消火器を使えば一瞬で消せるくらい。
清水の身体は爆発に巻き込まれ木端微塵となったのかそこにはなく、爆発の起点となった腕が真っ黒に焦げ落ちているだけだった。
だがそこ以外の場所は特に被害は出ていない。
もちろん爆発により舞った塵や埃で汚れてはいるが、破損はなく、新が寝かせた生徒たちも無事だった。
「そうですか。でも……」
新は残念そうに下を向く。
結局、清水からは何も聞けず仕舞い。
あの世に逃げられてしまった。
戦いに勝ったことよりも目的が達成できなかった喪失感の方が大きい。
そんな新の思いを察してか警はため息を吐くと、内ポケットからタバコを取り出した。
「でも新くんのせいじゃないよ」
警がそう言いながらタバコに火を点ける。
「清水を逃したのは俺の責任だ」
警は苦虫を噛み潰したように煙を吐く。
「俺が油断して操られたりしなければもっと早く清水を制圧できていたかもしれない。
そもそも摂取者とはいえ、高校生である新くんに任せっきりだった。
現場監督として不甲斐ないよ。すまないな」
警はタバコを咥えながらも頭を下げる。
そんな警を見て新は首を振る。
「いや……でもあれは」
「そう思っとけって話だ。
誰かのせいにしとけば、無駄に気に病むこともない。
実際、ここの責任者は俺だ。
お前や才の責任を受け持つのが俺の仕事なんだ。
新くんは充分に成果を出したよ。
だからあとは俺に任せておけ」
「…………ありがとうございます」
警の気遣いや優しさを感じて新もうっすらと笑みを浮かべた。
「――警さーん!」
そうやって警と話していると、体育館の方で警を呼ぶ声が聞こえた。
一応警戒体勢を取る新。
だが、やって来たのは泣き顔の制服姿の女の人。
校舎の3階で遭遇した公安の潜入捜査員――
「篠原か……お疲れさん」
侑里の姿を見た警は軽く手を振る。
「『お疲れさん』じゃないですよ!
本当に怖かったんですから!」
侑里は涙目で警の元へしゃがみ込む。
「こんな年して高校生の制服着させられるし、意識取られるし、爆弾付けられちゃうし、それにさっきの爆弾だって……!
もう散々だったんですよ!」
「あぁ~あぁ~わかったわかった。悪かったよ」
面倒臭そうに警は侑里の話を聞き流す。
タバコを持った手でしっしっと追い払うように振る。
「ひど……私これでも頑張ったんですよ!」
「あ、そういえば新くん」
「無視しないでくださいよ~!」
ぞんざいに扱いつつ、警は新に話しかける。
なんとなく公安の皆の関係性を察したような気がする。
新は苦笑いして「はい?」と返事をすると、
「才はどうした?」
「3階の教室で休んでます」
理解すると警はすぐに携帯灰皿を出しタバコの火を消すと、
「なら。逃げた女の子を捜したら迎えに行くとするか」
「女の子?」
侑里が首を傾げながら警に聞く。
「あぁ……清水によって操られていた女の子がひとり逃げちゃってな」
「確か清水に操られた高校生も2人、その子を追いかけて体育館を出たと思います」
と新も捕捉する。
「そうだったな。ってことはそれも含めて3人か」
「あの……何かあるんですか?」
「あぁ。端的には口止めだ」
「? 口止め?」
「この事件は公には被疑者死亡の連続誘拐事件として処理される。
摂取者という化物は表沙汰にするわけにはいかないからな。
とにかく新くん。彼女たちの臭い、追えるか?」
清水に操られた人たちは全員虫の残り香が付いていた。
逃げた女の子は爆弾ごと臭いが付いていた皮膚を喰ってしまったからわからないが、追いかけた2人の高校生には残り香が付いているはずだ。
新は鼻に神経を集中する。
調整によりかなり遠くまで『欲の虫』の臭いを辿れるようになった。
もし残り香が付いたままなら、学校の敷地内にいるのなら感知できるだろう。
「――あ」
と考えていたら微かに臭いを感じた。
「ありました。学校にまだいるみたいです」
3人ともまだ残り香が付着したままらしい。
同じ場所――おそらく中庭だろう――に3つの臭いがあるのを感じられた。
「よし。ならすぐに追いかけよう」
「――だけど……」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもありません」
慌てたように新は首を振る。
(おそらくまだ精密じゃないだけだ)
そんな反応の新を訝しげな目で見る警だったが、すぐに
「なら行くぞ」
と掛け声を上げる。
警の掛け声で新は頷き、侑里は敬礼して返事した。
そして倒れている高校生たちが起きていないことを軽く確認した後、彼らは体育館を後にした。
★★★
――だが。
「な、なんだ、これは……?」
警は戸惑い混じりにそう呟いた。
中庭には確かに高校生3人がいた。
だが、彼らは全員――、
「死んでいます……ね……」
侑里が顔を青ざめながら呟く。
「ど、どうして……?」
新もまた顔を真っ青にさせている。
この死んだ高校生たちの近くに来て、更にはっきりした。
「清水以外の……臭い……!?」
一瞬で人を魅了するような濃密で良い臭い。
今まで嗅いだことのない――いや、違う!
(今まで感じていた違和感の正体はこれか!)
新は鼻を手で抑えて口にする。
「臭いが混じっていたんだ!」
「!? どういうことだ、新くん?」
「操られていた人たちの臭いを嗅いだ時、違和感があったんです。
嗅いだ経験が少なくてわかりませんでしたが、今はっきりわかりました。
清水の能力は爆発だけ!
人を操る摂取者は別にいる!」
新の発言に警と侑里が驚きに満ち溢れた表情をする。
「まさか!?」
侑里が警に向かってそう叫ぶ。
警も同意したように首を縦に振った。
「あぁ。この死体の状況……新くんの発言ではっきりした!」
高校生たちの死体は穴と言う穴から液体が漏れ出たように全身が濡れていた。
特に下半身部分が酷い。
水たまりになってしまっている。
顔も涙や涎で濡れていて、絶命してまだ時間が経っていないのか頬が紅潮していた。
そして、彼らの表情は全員――笑っていた。
「あいつが――『アスモデウス』がいる……!」
警は慌てたように新を見ると、
「新くん! 才の臭いはわかるか!?」
「え……? あ、はい!」
新はすぐに頷くと、意識を鼻に集中。
才の臭いは一度嗅いだことがある。
すぐに調整することができるはずだ。
「まだ3階にいます!」
才はまだ教室内にいる。だけれど――。
「その近くに、彼らと同じ臭いはあるか?」
「あります! この子たちよりも濃い臭いがそこに!」
この臭いの持ち主――『色の虫』摂取者も同じく教室内にいた。
「!? 才が危険だ!」
警はそう叫ぶと同時に示し合わせたように、3人は3階の教室を目指して走り出した。
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