第21話 反撃の狼煙

「警さん、記憶はありますか?」


 清水を警戒しつつ、新は警にそう聞いた。


「あ、あぁ。ぼんやりとだが」


 清水に操られていても記憶は残っているらしい。

 それは爆死した少年や逃げた少女の反応でも確認できた。


「それよりも新くんは大丈夫なのか?」


「はい。問題ありません。調整チューニングしました」


 初めて爆弾を喰いちぎった経験から、爆弾が喰えるように調整した。

 心配だったのは新のトラウマ。

 だが、爆弾にはフラッシュバックは起こらなかった。

 きっとちゃんとした食い物ではなかったからだ。


「うわうわうわぁぁ……」


 そこで新たちの会話に反応し、警と一緒に新を捕まえていた少年が向かってきた。

 すかさず新は少年の首輪を解除して爆弾を噛みちぎった。

 ゴクリと飲み込むと、ボンと一瞬新の腹が膨れる。

 警の爆弾を食べた時と同様に、口から煙が出てきたが、身体には別状がない。

 むしろ爆弾が餌となってくれたおかげで多少『欲』が満たされる快感を覚える。


 証明するかの如く、新は警に向かって紅潮した笑みを溢した。


「え? え?」


 その結果、清水の支配が解かれた少年は戸惑って立ち尽くしていたが、新はその少年の首に手刀を入れて気絶させる。


「ごめんね。今、動かれても面倒だから」


「ふん。ちょっと見ない間に言うようになったじゃないか」


 そんな新の様子に警も不敵に笑った。


「作戦はあるのか?」


「はい」


 新が即答すると、警は銃のスライドを引いた。


「よし。なら反撃開始だ」


★★★


「行くぞ」


 警の合図と同時に新と警は二手に分かれて走る。

 新は真っ直ぐ清水に近づき、警は清水と距離を置くように左へ進む。


「フッ。やっぱりそうだよなぁ!」


 清水は期待するように顔が紅潮していく。


「あの刑事はただの人間。

 また操られては元も子もない。

 僕を殺すのなら新くんしかいない!」


 そんな清水を睨むが、言い返しはせず新は無言で駆ける。


「さぁ! 新くん。

 今度はどんなスリルを僕に味合わせてくれるんだい!?」


 ――駆け抜ける。


「……は?」


 両手を広げながら待つ清水の横をすり抜け、新は真っ直ぐゾンビ達がいるところへ。

 自分を無視する新に、清水のこめかみはぴくぴくと動き、


「アラタくんッ!!」


 そう叫んで振り返るが、新は止まらない。


 どうにかして新を止めようと清水は無意識に右手を伸ばすが、発砲音と共に弾けた。

 新に気を取られているうちに警は左の壁際に立ち、清水に狙いを定めていた。


「清水……今度は俺が相手だ」


 ドスを利かせた低い声で警は清水にそう宣言する。


「刑事さんが……?」


 清水は血の出た手をもう片方の手で抑えつつ、鼻で笑う。


「あんたが? どうやって? 一度傀儡になったくせに。もう僕を満足させられないでしょ」


「満足させるつもりはねぇよ」


 と警は銃を連射する。


 右太腿、左足甲、左肩、右二の腕。


 その全てに血が噴き出て、清水はそのまま跪く。

 だが、命には別状ない。急所をわざと外すことで、死への予感すらも感じさせない。


「はぁ……はぁ……こんなんじゃ僕は……死なな、い……ぞ?」


「わかってるよ。そもそも殺すつもりはない」


「――は?」


 清水は唖然とした表情で警を見た。


「摂取者は『欲』を満たす瞬間が一番手強い。

 お前は殺そうとすればするほど、刺激欲が満たされ燃え上がるんだろ?」


「ナ……ナ……」


 警の話に清水は真っ青な顔になりわなわなと口元が震えてくる。


「そんな奴と正面から戦っても無駄に体力を削るだけ。

 スリルなんて感じさせない。

 確実に倒すように、お前が予測できるように、じわじわといたぶり続けるつもりだ」


「ナンセンスゥゥゥウウウ!!!!」


 警のやり方は清水にとっては全く面白くない方法。

 清水はぐしゃぐしゃの顔になり叫ぶ。

 そして清水の支配下にある肉人形を見て、


「お前たち――ッ!!」


「うるせぇよ」


 指示を出そうとしたが、そんなことはさせない。

 警の冷静な銃弾に被弾する。

 急所ではないが動きを封じ込める場所。

 そこを警は機械的に発砲し続けた。


「まずはお前が操っている子供たちを解放する」


「ガァァアアア」


 吠えつつ少年達を襲う新。

 清水の指示がないと動けない人形の首を新は喰らい続ける。


 人形は音に反応する。

 一番近い音は新の叫び声。

 清水の指示も警によって封じられた。


 調整が済んだ新の身体は清水の爆弾をものともせずに喰い続け、解放された高校生たちを気絶させ続けた。


 それこそが新と警の作戦。


 不殺の精神こそが清水を苦しめる唯一の方法。

 淡々と機械的に。

 まるで漢字ドリルや算数ドリルを解くように清水を追い詰める。


「ナンセンスすぎるぞ……お前たち……」


 清水が怒りに震えた声で抗議する。


「そんなスリルもない、刺激も感じない予測可能なクソ映画……誰が見たいと思う。

 予測不能だからこそ面白い。

 スリルがあるからこそ血沸き肉躍るんじゃないのか!?」


「映画だったらな」


 警は一定の距離を保ち清水を警戒し続ける。


「だけどここは現実リアルだ。

 リアルにスリルなんて誰も求めちゃいない。

 平穏な現実があるから、帰れる場所があるから、非現実スリルが楽しいんだよ。

 そしてお前は犯罪者――平穏な家に現れたただの害虫だ。

 このリアルを護る警官として機械的に処理させてもらう」


 未だおもちゃを没収された子供のように清水は警を睨み続ける。

 だが、警は怯まない。


 それどころか、


「まぁお前は一生わからないだろうがな」


 と呆れるようにため息を吐く。


「誰にも共感できないつまらない映画を作ったお前じゃな」


「……………………は?」


 清水の中で時が止まる。

 意味がわからない。理解ができない。

 そんなことを言うかのように呆けた顔をしている。


「清水一雄だろ? 昔ネットニュースで話題になっていたよな?

 リアルさを追求しすぎて主演の右足を本物の地雷でケガさせたって。

 けれどその前から知っていたんだ」


 俺も映画が好きだからな、と警は銃を構えながら語る。


「お前が監督をした作品も少しだけだが、観たことはある。

 だけどどれもこれも、人が急に死んだり爆発したりするだけ。

 スリルすら感じない。

 お蔵入りになった最後の作品もただグロイだけのB級以下のオナニー映画じゃないか」


 その発言に顔を紅潮させ声にならない怒りを吠える清水を警は冷静に銃を撃ち続ける。

 清水はもはや抵抗することもできない。


「何を言っているかわからないよ。

 お前の映画みたいに、な」


 被弾の衝撃で清水は床に突っ伏した。

 痛みや血が出過ぎたせいか、清水はもはや動けない。


「ふざけるな……俺の作品は面白い……バカだからわからない……刺激もある……」


 戯言のようにぶつぶつと呟いていた。


★★★


「――お待たせしました」


 そんな中、全ての爆弾を喰いつくした新が戻ってきた。

 摂取者の例に漏れず、『欲』を満たされて紅潮したような表情をしている。


「お疲れさん」


「大丈夫でした?」


「あぁ。新くんの言う通りだったよ。

 清水はスリルを求めるが故に身体が弱い。

 摂取者として弱過ぎる。

 ただの人間の俺の銃でもこの有様だ」


 新が清水と対峙した時、清水の呼吸はかなり荒かった。

 最初は興奮しているからだと思っていたが、それにしては尋常でない汗が吹き出ていた。

 そして今までのやり取りや清水の欲を思い出し、新は仮説を立てた。


 実は清水は身体的に弱いのではないか、と。


 だから大量の人を集め、自分の身を守ろうとしたのではないか。

 その予想は概ね当たっていた。

 摂取者とは思えないほど清水の身体は最弱だった。


「ほら、聞きたいことがあるんだろ?」


 警は顎で清水を指した。

 もはや戦意喪失状態の清水。

 欲を満たす気力すらもはやなさそうだ。


 新はそんな清水を見て「はい」とゴクリと唾を飲むと、清水にゆっくりと近づいた。


「『撮影は終わり』だ……清水」


 清水の容体的にこれ以上の撮影は無理だ。

 不本意だろうが、清水の撮影は終わった。


「撮影……? 終わり? 終わった……?」


「叔父さんはどこだ?」


 放心し戯言のように呟く清水に新は静かにがなる。

 だが、清水は聞く耳を持たない。

 その上、


「あは……あはは……あはははははは!」


 と狂ったように清水は高笑いする。

 新はそんな清水の胸倉を引っ掴み引き寄せる。


「質問に答えろ。このまま喰ってもいいんだぞ……?」


「喰う? 喰うね……誰を?

 ははは……それも良い。なぁ。新くん?

 この爆弾の発火条件ってなんだと思う?」


「……質問しているのはこっちだ」


「僕の欲望はスリル……死の危険を感じたい……要するにヒリヒリしたいんだよ」


 要領を得ない言葉を綴る清水。口角を歪ませ不気味に新を真っ直ぐ見た。


「ヒリヒリするにゃどうすればいいか?

 新くんの予想通り、僕自身を弱くすればいい。

 僕の身体は今のように刑事さんの銃ですぐにやられるほどだ」


「おい……いいから! 早く!」


「そして僕は人間の死や悲壮感、叫びを見たい。

 飛び散る血を間近で見たいド変態なんだよ」


 ニヤニヤと。まるで手品の種明かしをする子供のように。

 清水は新に向かって満面の笑みを浮かべ、徐に自分のポケットから水風船を取り出した。

 その中に入っていたのは緋色の液体。


「これは僕以外の血液だ。他人の血をスリルの虫に浴びせればどうなるか。

 ここまで言えば、新くんならわかるかな?

 わかるよねぇ!」


「さっさと叔父さんのことを、灰枝茂のことを……!」


「新くん!」


 清水の危険性を感じ取った警は慌てて新の肩を掴み清水から引き剥がした。

 その時、清水はその風船を握り潰した。


 パン! という破裂音がすると清水の手が真っ赤に染まった。

 染まった腕を起点にボコボコと脈動し暴れ回る。

 だが、清水の顔はそんな時でも恍惚している。


「清水ぅぅう!!」


 新は清水に手を伸ばしつつも、警に抱き止められ距離を離される。

 清水の腕は自身の制御効かず、摂取したものを拒絶するかの如く。

 その最中に清水は口を開く。


「あぁ……新くん。でもせっかくだし答えてあげるよ。

 頑張ったからね。でも僕は本当に知らないんだ。

 彼の居場所なんて」


「!!」


「彼の……灰枝茂の居場所なんて入ったばかりの僕には教えてはくれない。

 灰枝茂はそれこそ組織の中で知っている人は少ない。

 けれど僕を理性という鎖から解き放たってくれた人なら……もしかしたら知っているかもしれないね。だからさ……!

 代わりと言ってはなんだけど」


 清水の腕はぶくぶくと膨れ上がり、もはや抑えられない。


「彼女に会ったらよろしく伝えてくれよ。

 近くにいるからさ」


 清水がそう言い放った瞬間、腕を中心に閃光が駆け巡る。

 そして大きな爆発音が響き渡り、爆風が体育館内を覆い尽くした。

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