第20話 事後

 パチパチパチパチ。

 静まり返った体育館で、ひとつの拍手がうるさく響いた。


「素晴らしい。素晴らしかったよ」


 清水は高揚とした表情で感想を述べる。


「新くん。君はやっぱり主人公に向いている。

 爆発間際のヒロインを身を挺して護る主人公……まさか自分から爆弾を食べて護るとは予測できなかったなぁ。

 これだからリアルはやめられない」


 面白い映画を観終えたかのように……いや、違う。

 より冷静で、煩悩すら感じない。

 一気に興奮し満たされた後に来るあの虚無の状態。


「実にスリルがあって……あ……アァ……」


 喋っている途中で清水はビクビクと痙攣した。

 白目を向き、涎を垂らし、更にズボンの正面が濡れていた。

 すっきりしたように清水はため息を吐く。


「ふぅ……またズボンを洗わなきゃな」


 確かめるようにズボンを見て、少し気持ち悪そうに眉を顰めていた。

 その顔からは先ほどのような笑顔はなく、さっき見た警備員の顔に戻っていた。


「さて。僕は充分満足した。撮れ高もある。

 今回はとても楽しかったよ、新くん」


 そういうと清水はゆっくりとした歩調で新の方へ向かってくる。


「また遊びたいところだが、ダメだ。

 一度外部に漏れたらもう一生この遊びはできないからね」


 ゾンビ達の多くはまだ静止状態。

 その中の2人――警と新が手に傷を負わせたあの男子高校生だ――に清水は指示し、新の方へ駆け寄らせた。


「もちろん逃げた彼女も捕まえさせてもらうよ」


 そして別の2人も、新が助けた女の子を追いかけた。

 意識のない警たちは倒れている新の両腕を掴み、持ち上げる。


「あぁ……良い顔だ。新くん……」


 力なく首が垂れている新を清水はうっとりとした目で見る。

 腹の虫による変身は未だ解除していない。

 ギザギザの牙が生えているし、両手の爪も尖っている。

 だが、口内は焦げているようにどす黒く、頬も切れていた。

 身を挺して爆弾を喰ったダメージは予想以上に大きかった。


「君を殺さなきゃいけないのが本当に残念だ。

 欲の虫に憑かれた人間は操れないんだ」


 別の『欲』に取り憑かれているからね、と悲しそうな顔で新の顔に近づいていく。

 近づけば、腹の虫の射程範囲に必ず入るのに。

 当然、清水は理解しているはずだ。


 充分満たされたはずなのにまだ『刺激』を求めているらしい。

 だが――、


「どうやら本気でもう動けないみたいだね」


 清水は失望したようにため息を吐いた。

 新は目を閉じて一歩も動かなかった。

 摂取者がこんなに近づいているのに、暴走しない。

 殺意が一切感じられない。


「ならばもう用はない。

 途中で死ぬ主人公もまた意外性がある」


 清水は警に指示をする。

 警は新のこめかみに銃を向け、トリガーを引いた。


「さようなら、新くん」


 グウゥゥゥウウウウ!!


「! なっ!?」


 清水が驚きの声を上げる。

 それもそのはず。新のこめかみには穴は開いていなかった。

 それどころか銃口の方へ首を回し、歯で発射された弾を受け止めていた。


 ギュイイイイン。


 と歯と銃弾の間で火花が散った。


 やがて銃弾の勢いが止まると、ポロリと口から弾が零れ落ちる。

 すかさず新は舌を警の元へ伸ばす。

 と同時に腕で警の顔を引き寄せた。


 清水や他のゾンビが止める間もなかった。

 新は警に巻かれた首輪の左側を器用に舌で操作すると、首輪を解除。

 浮き彫りになった爆弾を警の皮膚ごと喰いちぎった。

 その瞬間、警の目に光が戻る。


「あ、新くん……!?

 いったい……どうやって……!

 いや、それよりもお前、爆弾!」


 記憶が残っていたのか警は新を心配そうにそう叫ぶ。

 だが、新は黙ったまま瞬時にゴクリと爆弾を一気に飲み干した。

 すぐに小さく鈍い爆発音がして新の腹が膨らんだ。

 その影響で身体が少し揺れたのか、警と高校生の手から新の腕が離れた。

 だが、その程度。


「フシュゥゥゥー……ッ」


 新の口から煙が出てきたが、さっきまでとは違いダメージを受けた様子はない。

 床に着地した新は腹を抑えると、紅潮した笑みを浮かべて清水を見た。


調整チューニング完了!」


 そんな新を見て、清水も気持ち悪く口角を上げた。

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