第18話 刺激欲求2

「……ゴフッ」


 右肩を貫いてしまった少年が口から血を吐いた。

 相変わらず虚ろな目をして意識はないが、生理現象は人間のそれに従うらしい。

 吐いた血は首筋にまで到達する。


(一気に抜いたら死んでしまう)


 一般人を貫いてしまった衝撃で新は何とか理性を取り戻した。


 相手は操られているだけのただの一般人だ。

 ここで死なせるわけにはいかない。

 それに清水には新の叔父――灰枝茂のことを聞かなきゃいけない。

 だが、そんなことを聞く暇はなかった。


「うぅぁああ」


 新と清水の声に反応してどんどんとゾンビが近づいてきていた。

 うめき声を上げて新達のいる体育館のど真ん中に向かってくる。

 それに貫いた男の子にも、もちろん爆弾が巻かれていた。

 どうすれば爆発するのかは未だ不明だ。


 新は同情するような切ない顔で舌打ちをすると、強引にゾンビの右肩から手を引き抜く。

 ただの反射なのだろうか。

 引き抜いた矢先に少年が苦痛に顔を歪ませた。

 だけれど、首に巻かれた爆弾が赤く点滅していた。


 もう時間はない。


(ごめんね……)


 新はその少年の右腕を掴むと、後ろを振り向いた。

 腹の虫によって強化された力を振り絞る。

 ゾンビたちのいない体育館の入り口へ少年を投げた。


 爆弾の赤い光は明滅から点灯へ。

 もうすぐ爆発するようだ。


 意識消失状態なのが、せめてもの救いだ。

 苦痛に歪まず逝けるんだから。


「あぁ……いいね……」


 だがそんな時、血を浴びて悦に浸っていた清水が気持ち良さそうな顔をする。


 その後、少年に向かって指を鳴らした。

 瞬間――投げ飛ばされた少年の目に光が戻った。


「え? 何? どして? 痛っ……!」


 意識が戻った少年は自分が宙に浮いていることを不思議に思っている様子。

 だが、清水を見つけると急に思い出したかのように首の爆弾に触る。


「これ……! い、いやだ!」


 涙目になり恐怖に表情が歪む。


「いやだぁぁあああ!」


 少年の最期の叫びは爆音によって掻き消された。


 呆然と立ち尽くす新。

 何が起きたか理解ができない。

 さっきまで全然、意識がなかったじゃないか。


「カット!」


 その声と共にゾンビの動きが止まった。




 パチ……パチ……パチ……パチ……。




 ゆっくりとした拍手。

 後ろから聞こえるその音に新は恐る恐る振り返る。


「いやぁ素晴らしい演出……本当に良かった!」


 警備員姿の清水が満足気な笑みを浮かべて手を叩いていた。


「君は主人公に向いているね!」


「あんたが……やったのか?」


 新は震える声でそう聞いた。

 心臓がバクバクと音が鳴り、冷や汗が止まらない。


「スリルがあっただろう?」


 満たされたように満面の笑みになっている清水。

 この邪悪な笑みと口調にはもう警備員の制服は似合わない。

 平然と言ってのける清水にブワッと髪が逆立つ感覚がした。


「はは。そう怒るなよ。演出だよ!

 恐怖に歪む顔! 死の危険に直面する叫び!

 そしてそんな様子を見る君や僕!

 全部全部全部全部。

 スリルや恐怖がリアルだっただろう!?」


「それだけのために罪のない高校生を……?」


 震える声を必死に抑えようとする新。

 だが、抑えれば抑えるほど、今度は身体の震えが止まらなくなった。

 自分には関係のない少年だ。

 別にあの少年が死のうがどうなろうが知ったこっちゃない。


 だけれど、あんな惨い死なせ方。

 楽に死ねたはずなのに、どうしてあんなことをしたのか。

 清水の笑みを見るたびに、新は怒りを抑えることができなかった。


「そうだよ?」


「――ッ! お前ェ!!」


 目の前にいる清水の首目掛けて新は血濡れになった右手を伸ばした。


「アクション!」


 だが、清水のその叫びで、また学生姿のゾンビが清水の盾になる。


(二度はない!)


 新は左手でガシッと右手首を掴み右手の勢いを止めた。

 今度は女子高生だった。

 目が虚で意識があるようには思えない。

 そして、彼女の首にも――。


「良い動きだねぇ~。さすが主人公……!」


 清水は新の行動を愉快げに見つめる。


「君はどういう主人公になってくれるかなぁ?

 ヒーロー映画のように全員を救う英雄かな?

 それともパニック映画のようにこの絶望から逃げ出しヒロインと自分だけで生き残ってもいい!

 僕に君のアツい演技プランを見せてくれ――!」


「聞きたいことがある」


 清水を睨みつつも冷たくそう聞くと、清水は首を傾げ嬉々として口角を上げる。


「おぉ……なんだなんだ?

 この状況設定についてか?

 僕の演出についてか?

 それともこのキャスト達に意見があるのか?」


「おじさん……灰枝茂はどこだ?」


「はいえだ……? あぁ……」


 清水は水を差されたかのように顔を顰めた。


「そうかぁ……新くんは公安の人かぁ。

 公安の奴らは皆似たようなことを聞くよねぇ」


 清水は不満を表すかのように身体をくねくねと躍らせる。


「どうなんだ? お前は知っているんだよな?」


 声色を低く新は静かに聞くが、清水はブツブツと不平を言い続ける。

 新にとっては家族が殺された真相に辿り着く唯一の手掛かり。

 だが、清水はそんなことはお構いなし。


 質問には答えず頭をフラフラと揺らし不満を全身全霊で囁くと、やがて、


「そんな些細なことはさ。

 そんなプライベートのことはさ。

 そんなつまらないことはさ」


 と言った後、急に止まり新の方を真っ直ぐ見つめた。


撮影終了クランクアップしたら聞きなよ……。

 ――アクション!!」


 清水が叫んだあと、目の前にいた女の子が前に手を突き出し突進してくる。


 豪快に舌打ちをすると、新はそのまま後ろへ。

 女の子を傷つけるわけにはいかない。

 だが、清水はニヤリと笑みを浮かべた。


「熱ッ……!」


 銃声が響き反射的に身体を反らすと、頬に高速に回転する物体が掠めた。

 ゾンビも一斉に銃声が鳴った方へ振り向いた。

 どこから、と銃声が鳴り響いた方向を見ると、


「うあうあうあうあ……」


 そこには銃を構え、うめき声を上げる進藤警の姿があった。


「警さん!」


 そう呼び掛けるが、反応がない。

 他のゾンビと同じように目が虚だったし虫の残り香も感じた。

 ゾンビになってしまったのは明白。

 爆弾も同様に巻かれていた。


「この刑事さんも噛まれたんだ。こいつらにね」


 と清水が嬉しそうな表情で解説する。

 警の方向に顔を向けていたゾンビも一斉に新を見た。


「ホラー映画でよくあるだろ?

 ゾンビに噛まれればゾンビになるんだ。

 アークというのは、欲の虫というのは最高だねぇ。

 僕の望んだことを全てやらせてくれる!」


 警も含めて彼らを解放するには清水を倒さなくてはならない。

 だが、清水の周りにはもう肉の壁が出来上がっていた。


「窓ガラスを割って突入!

 躊躇ない爆発!

 そして人間離れしたアクション!

 そのどれもがスリル満点でリアルな演出!

 本当に素晴らしい!」


 彼らには出来るだけ傷を負わせたくはない。


「初めは彼らに僕を襲わせて命の限り逃げるだけでも楽しかったのだが、やはり操り人形だけだと物足りない。

 全部予想ができてしまうからね。

 しかも潜入した捜査員も結局は弱くてね。

 全然刺激が足りなかった」


 彼らを殺さず清水を無力化するには。


「しかしようやく現れた!

 僕に死の危険を感じさせてくれるイレギュラーな存在。

 君だよ! 新くぅん!

 これ程までに臨場感溢れるスリルはなかなかなかった!

 ようやく僕を満たしてくれそうだ!」


 清水は手を広げ舞台役者のように大きく声を張り上げた。


「今日はリハーサルのつもりだったけど、こんな絶好な日はない!!」


 いつの間にか清水はカメラを構えていた。


「さぁ。どうやって僕を殺す?

 どうやって皆を救う? それとも無垢なゾンビを抹殺するか?

 それもいい!

 もっと恐怖を、ホラーを、スリルを感じさせてくれ!」


 カメラのレンズを目に押し付けて新に焦点を合わせていた。


「ア~クショォオン!!」


 その掛け声と同時にゾンビが一気に新に向かっていく。

 同時に虫たちの香りが津波のように押し寄せる。

 理性を保ちながらこの場に居続けるのはリスクがある。

 新は押し寄せる津波から逃げるように体育館から逃亡を謀る。


 だが――、


「つまらんことはするなよ?」


 いつの間にか体育館の入り口にも複数のゾンビが集まっていた。

 蹴破った扉は既に肉の扉と化していた。

 これじゃあ逃げられない。


(どこか別の扉は!?)


 と躊躇したのがいけなかった。

 ゾンビとはいえ、中身は普通の高校生。

 若い子の身体能力は侮れない。


「しまっ――!」


 もう既に新の側にゾンビの集団が近寄っていた。

 ゾンビ達は一気に新の身体を押しつぶす。


 集団に押され倒れた新。そこに肉の人形が飛び掛かった。


「俺も入ろう!」


 嬉しそうに口角を吊り上げて清水もその死地に乗り込んでいく。

 新を中心として清水も飲み込み。


 どんどんどんどんどんどんどんどん。


 重なっていく。


 こうして出来上がった肉の山。

 その中で清水は満面の笑みで新を撮り続けていた。


「タイトルは『ゾンビVSモンスター』というのはどうだろう?」

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