第17話 刺激欲求

 昔からホラー映画が好きだった。


「ひぃいい」


 真っ暗でテレビだけが明るく映る部屋で、少年時代の清水一雄は悲鳴を上げる。


 ゾンビが真上から突如として現れるシーン。

 登場人物も悲鳴を上げ、全速力で逃げていた。

 そのうちの1人が他人を押し退け独断専行。

 やがてワガママな彼はゾンビに喰われてしまった。


「ひぃいい」


 彼の首から血が噴き出てくるスプラッターシーン。

 豪快に、派手に、死ぬシーン。

 清水は悲鳴を上げながらも片時もテレビからは目を離さなかった。


 昔から言われていた。


『悲鳴を上げるほど怖いなら見なきゃいいのに』


 だけど彼は見続ける。

 怖いからこそ、グロイからこそ、スリルがあるからこそ。

 命の危険を身近に感じれば感じるほど。


 興奮する。


 自分もこのホラーの世界に入りたい。

 死ぬかもしれないという恐怖を間近で味わいたい。


 このスリルを体験できるのならば、


「僕は……」


 ――初めに犠牲になってもいい。


 清水一雄がホラーに取り憑かれた瞬間だった。


 だけど、現実の刺激は弱すぎる。


 お化け屋敷も「…………」怖くない。

 ホラー映画に出演しても「…………」怖くない。

 作品を創作しても「…………」怖くない。


 蚊に刺されたくらいの刺激。


 爆発もないし、窓ガラスが降りしきることもない。

 演じるゾンビや化物たちには殺意がないし、近づいても本気で力を振るわない。


 命の危険を感じない。

 死と隣り合わせなんて嘘っぱち。全然遠くにある。


 こんなんじゃ満たされるはずがない。


「もっとリアルにできないんですか!?」


 所属していた制作会社の監督に抗議する。


「最近の作品は全然リアルじゃない!

 コンプラが厳しいって言いますけど、役者に配慮しすぎだ。

 CGを多用しすぎてて全然危機感がない!

 もっと火薬を増やして、もっと過激にしないと……!

 お客さんだって馬鹿じゃない! 絶対にバレますよ!」


「うるせぇな!」


「――ッ!」


 監督の怒鳴りに清水は押し黙る。


「俺だってな。わかってるんだよ。最近の作品じゃ全然怖くもなんともねぇ。

 だけど俺らはクリエイターの前にまず商売人!

 スポンサーの移行には逆らえねぇ。

 ましてや人気役者に怪我なんてさせてみろ!

 一瞬でこの会社が潰されるぞ!」


「…………」


「ふん」


 監督はドシンと椅子に座り直すと、


「ちゃっちくてもCGで疑似的にスリルが生み出せるんだからいいじゃねぇか。

 リアルに作るより安く済むんだ。

 嫌なら自分で作れ!」


「……そうですか」


 失望した。

 ホラー映画の巨匠がいるのだから、この会社に入社したのに。

 腑抜けやがって。


「わかりました」


「あ、おい」


 監督が呼び止めるのも聞かず、清水は立ち去る。


(こうなったら自分自身でリアルなホラーを作ってやる……!)


 そうして脚本、演出を含め自分で企画し、映画製作を始めた。


 だが結果は……。


★★★


「あぁ……クソ!」


 ひとけのない裏路地で尻餅をつく清水。


 映画製作は途中までは順調だった。

 血生臭い超リアル志向の完璧な映画ができるはずだった。

 爆弾は規定ギリギリまで火薬を詰め、血糊は使わず実際に怪我をさせた。

 大量に必要な時は豚の血で代用。

 CGやスタントマンにも頼らず極力役者に演じさせた。


 最初は拒否しがちだったが、もとより売れない役者の寄せ集め。

 金をちらつかせ、自分が主役となり率先して危険に突っ込んだら皆何も言わなくなった。


 だがひとりがヘマをした。


 地雷が爆発する道を全員で走り抜けるシーンだった。

 全員で命の限り走り、恐怖心やスリルを煽る。

 成功すればこんなにも臨場感溢れるシーンはないだろう。


「あ――……」


 足の遅いひとりが誰かに押されて躓いた。

 躓いた先は不幸にも爆弾が設置してあった場所。

 ――この役者の左足は一生使い物にならなくなった。


 この事故はすぐさまネットニュースに流れ炎上した。

 演者の命を度外視した制作現場の実情までリークされ、清水は全責任を負わされた。

 慰謝料や治療費、それに損害賠償。


 清水の全財産は制作資金で全て使ってしまっていた。

 払えない金は闇金などに借りるしかない。

 清水は多額の借金を背負い込み、更には制作の現場からも追放された。


「はは……」


 ひたすらにリアルなスリルを追求した。

 その自分の末路がこれだと思うと途端におかしくなった。

 より強い恐怖を、刺激を、欲しただけなのに。


(こんな世界じゃ俺の『欲』は満たされない)


 そうやって笑っていると、


「どうしたの?」


 その声は天からの導きのように脳を愛撫した。


「はっ?」


 思わず前を見た。

 そこには自分の理想がいた。

 いや、こんなのが好みなんかじゃないはずだ。


 だけれど、本能がそう言っている。

 その人の姿を見つめるだけで、言い知れぬ気持ち良さに包まれた。


「何か困りごと?」


 心地よく甘い響きに酔いしれる。


「助けてあげようか?」


 手を差し伸べるその人。


「君の欲の限りを尽くした世界。体験してみたくない?」


 清水は何も言わずに手を取った。

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