第3話 摂取2

 自宅に着くと、新はふぅと肩の力を抜いた。

 やはり自分の家に戻るとやはり安心感がある。


 どっと疲れが出た。


 今日は定期健診だけだったけど、新にとっては気苦労が絶えなかった。


(薬を飲んで、すぐに寝ちゃおう……)


 と考えすぐに袋から薬を取り出すが、出てきた真っ白のカプセル剤に違和感を覚える。


「こんな大きかったっけ?」


 いつものようにPTPシートに包装されているが、大きさが若干違う気がする。

 もう少し小さかった記憶があるが……。


「薬が変わったのかな?」


 特に気にせずパキッと包装から薬を一粒取り出す。


 こういうことはよくあることだ。

 新の成長や状態に合わせて薬の種類が変わることはある。

 今日も先生は「進歩」だと言っていたし。

 いつもだったら変更があったら、薬剤師の人が説明してくれるのだけれど、


(もしかしたら忘れていただけ? いや、気のせい?)


 そういえば薬が入っていた袋にも新の名前が書かれていなかった。


(先生や薬剤師さんにもこういう時があるよな)

 と新は薬を服用した。


「ふぅ……」


 飲み終えると新は真っ直ぐベッドに向かった。

 今日は精神的に負担が大きかった。

 寝るには早い時間だが、疲労感がある。

 こういう時はすぐに寝ちゃうに限る。


 新は倒れるようにベッドの中に入ると、そのまま目を閉じた。


 ――――――。

 ――――。

 ――。


 その薬は新の体内に入ると、真っ直ぐ胃へと到達した。

 白のカプセルはすぐに溶ける。


 カプセルが溶けたおかげでソレは目覚めた。

 初めは小さく死んでいるかのように動いていなかったが、胃酸を浴びるとすぐに細胞分裂と成長を繰り返す。


 ある程度の大きさになると、本来持っている本能に従い胃の中身を全て貪り尽くすと、新の胃の内壁に付着した。


 神経、血管、分泌腺など胃へと繋がる線と接続を試みて、更に成長を繰り返すと。


 ソレは本格的に活動を開始した。


 その結果――。


★★★


 グーグーと腹の虫が鳴り止まない。

 激しい飢餓感で新は目を覚ました。


 時間は何時だと携帯を見ると深夜2時。

 こんな強い空腹感は初めてだ。


「カハッ……」


 お腹が空きすぎて逆に気持ち悪い。

 目を瞑っていても腹が鳴り、空っぽ感があるこの状態。

 これでは全く眠れない。

 のそのそと新はゆっくりと起き上がる。


 力なくベッドから降りると、月明かりで辛うじて見える部屋の中を探し、机に投げ出された袋を手に取る。


 慣れた手つきで袋からゼリー飲料を取り出すとすぐに開け口に含んだ。

 ギュッと握りしめ一気に飲む。

 だが満たされない。


 であれば、と新は薬の袋を手に取り中身を取り出す。


(確か前の薬は空腹感を抑える効果もあったんだよな?)


 この薬にも抑制効果があると信じて、新は1錠取り出し服用した。

 効果はすぐに現れた。


「治った……?」


 空腹感が治まった。

 満腹ではないが、さっきまでの恐ろしいほどの飢餓感はない。

 前の薬よりも圧倒的に早い。


「ということは、改良したってことか?」


 良いじゃん、と新は嬉しそうに微笑む。


 空腹感があった時、前の薬ではしばらくしないと効果が現れなくて、眠れない日があった。

 そんな嫌な経験があったからこれほどまでに早く効果が出てくれるのは新にとっては嬉しかった。


 じゃあもう一回寝よう、と新はベッドの中に潜り込む。




 だが――腹の虫がまた鳴り響く。


(……なんでだ!?)


 ボコっと腹を一回叩くが、鳴り止まない。

 むしろさっきよりも強烈な飢餓感を覚える。

 時間を見ると、薬を飲んで30分程度しか経っていない。


 更に言うと、


「気持ち悪ッ……」


 胃の中で二匹の百足が暴れまわっているような脈動を感じる。

 頭はグワングワンと揺れていて、体温が胃を中心に急上昇する。


 体調でも崩したか? いや、そんなことはまだ問題じゃない。


(とにかく……この空腹をどうにかしないと……)


 腹が圧迫されそうなほどの重度の飢餓感。

 腹が刺されたように痛み、口の中がパサついてくる。

 新はもう一度、薬を1錠……いや、2、3錠取り出すと一気に口の中に放り込む。


「……ウッ!」


 薬が胃に入った瞬間、胃が激しく脈動する。


 いつもの気持ち悪さじゃない!


 トイレやキッチンに駆け込む暇なく、新は床に血反吐をまき散らす。


「え……な、んで?」


 はぁはぁ、と息が乱れ口を拭う新。

 こんなことは初めてで、戸惑いが隠せない。

 胃がまだ上下左右前後に暴れまわっている気さえして、苦しさに新は咽てしまう。

 しかも吐いたせいなのか、また恐ろしいまでに深い飢えを感じる。


 新は乱暴にゼリー飲料の入った袋をぶちまけると、2、3個手に掴む。


 乱暴に開封すると口の中に運び一気に中に押しやる。

 窒息するかの如く大量のゼリーが口いっぱいに広がるが、それを一気に飲み干した。


 だが、変わらない空腹感。

 やはり薬でないと意味がないのか。


 耐えられない飢餓で思考する余裕すらない。

 薬の袋もぶちまけ、カプセル剤を一気に机に出すと、それを全て鷲掴みして口の中に頬張る。

 ゼリー飲料で薬を胃の中に無理矢理入れた。


 やはり薬の方が空腹感が治まる。


 ――だが。


 その後に来る胃の暴走が更に激しくなる。


 暴れまわっていた百足が二匹どころか複数になり、新の胃を壊すかの如く激しく動いているようだ。

 その痛みや気持ち悪さに新は耐えることが出来ず、床に倒れる。

 気持ち悪さで口からも、鼻からも血を吐き出してしまうが、空腹感も同時に襲ってくる。


 水を飲んでも。

 薬を飲んでも。

 ゼリー飲料を飲んでも。


 この不快感が払しょくされることはなく――。




 結局、新は夜が明けるまで自分の部屋でのたうちまわった。

 胃の内部で蛇たちが暴れまわるような感覚。




『蠱毒』




 その二文字が新の脳裏を駆け巡っていた。

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