第20話 奈落に落ちたピエロ

 ◇ ◇ ◇

 その後、紫紀さんが駅に到着して、酒呑童子捜索を行った。しかしなんの成果を得ることが出来なかった。仕方なく捜索を打ち切り、邏察隊本部へと帰還することとなった。



「あの〜すみません」 


 帰還した彼らを待ち受けていたのは、雲玉堂の大吾さんであった。彼もまた疲れ果てた顔をしていた。


「どうかしましたか?」


「うちのお嬢が……いや速玉 咲依が、また居なくなってしまったんです。どこを探しても見つからなくて……お願いします。彼女を探しては、もらえませんか?」


「わかりました。それでは署内で、捜索願いの書類を書いて頂けますか?」

「はい……わかりました」


 紫紀さんは、隣りにいた部下に、大吾さんを案内させた。彼もかなり疲れ果てたようで、自分も部屋に戻って、休憩を取ろうと中に入った。


 すると署の奥から、別の部下が慌てて飛び出してきた。部下は息を切らせながら、急いで彼のもとに駆け寄った。


「隊長、大変です。妖魔博覧会会場を武装集団が占拠したという情報が入りました。至急急行して頂きたいのですが……」


「………………」


 疲れ果ててた紫紀さんは、頭を抱え苦悩の表情を見せたが、パンと自分の顔を叩き、気合いを入れ直した。


「ヨシ!行くかぁ……」

 彼は疲れた体にムチを打ちつつ、数名の部下を引連れて現場に急行して行った。


 ◇ ◇ ◇


 会場内では、電気の復旧のおかげで、ステージの照明が輝き出した。スポットライトの光が、明々と殺人鬼の姿を照らし出す。殺人鬼は、眩しい光を腕で遮り、顔を隠した。


「あんたは……あの時の……」

 桜は、その殺人鬼の正体に見覚えがあった。同じサーカス団で、ナイフの雑技を演じていたピエロであった。


さらに以前、狐凪が助けに来てくれた時に、夜這いを仕掛けて来て失敗したのも、彼であった。


「あの時は、よくも檻に閉じ込めてくれたなぁ……ただじゃ済まさねぇぞ!」


 あの時、こいつを檻に閉じ込めたのは僕であった。しかし酔っ払い、桜の術にかかっていた、こいつは、彼女に閉じ込めたと勘違いしていたようだ。



「おぃ、そこのおぬし……」


 爺やの言葉に、桜は驚いていた。呼ばれていたのが、自分であることに理解できなかった。やがてそれが自分のことであったと気づかされた。


「そうじゃ、おぬしじゃよ」


 麻痺のせいで、体が上手く動かなくなった爺やは、藁にもすがる思いで、彼女に助けを求めた。


「お嬢様を連れて、早く逃げてはくださらぬか?ワシのこの体では、お嬢様を連れて逃げることが困難じゃ。頼むお嬢様と共に逃げられよ」


 しかし、この状況では、逃げる場所などありはしない。どうやって逃げるか戸惑っていた。


「会場のあらゆるドアは、我らが占拠している!逃げる場所なんか、ありゃしねぇよ」


 殺人鬼のピエロが一歩、また一歩と、歩み寄ってくる。もうダメだ!桜が諦めかけた時、奈落へと繋がる昇降用ステージが動き始めた。


「桜、こっちだ!」


 その声に耳を傾ける。その声はまるで昔を思い出させるような懐かしい響きであった。驚いた桜の瞳には、うっすらと涙が宿っていた。


「狐凪……」


 桜は、彼女の手を取り、その声を追いかけるように歩を進め、徐々に降りてゆく昇降用ステージに飛び乗った。


「おぃ、コラ!この待ちやがれ……」


 ピエロは、二人を追いかけようとしたが、爺やが、それを許さなかった。彼の足をしっかりと握って離さない。


「えぇい、離せ!老いぼれが……」


 ピエロは、爺やさんに怒りをぶつけるように、腕を踏みつけていた。爺やは、朦朧とする意識の中で、お嬢様の無事を祈りながら気を失っていった。


「老いぼれの分際で、手間を取らせやがって……」


 ピエロが気づいた時には、昇降ステージが奈落の奥底まで到達して見ることは出来なかった。


「チィ!これで逃げたつもりか?バカにしやがって……」


 奈落の底は非常口を示す青白いプレートの灯りだけが、灯るだけの薄暗い部屋の中で、僕は二人が降りてくるのを待った。


 追跡を恐れて、いくつかの仕掛けをしていた。だが、爺やのおかけで、その必要がなくなってしまった。


 昇降用のステージは、彼女達を乗せてゆっくりと降りてきた。どうやら彼女達は無事のようだ。


 ホッとしたのもつかの間、こばとちゃんが僕に、堰を切ったように怒りをぶつけてきた。


「遅いっ!あんたが、ここに来ているなら、もっと早くに迎えに来なさいよね」


 こばとちゃんの冷たい言葉が、僕の胸に突き刺さった。しかし、彼女の言葉に優しさを感じ取れたことや、元気そうであることを知り、少し安心した。


「少し準備に手間取ったんだ。ごめんね」


 それよりも気掛かりだったのは、桜の方だった。あまりの恐怖に怯えた表情で、何も話してくれない。


「桜、大丈夫?」

「うん……平気」



 その時、上のステージから、誰かが柱を足場にして、奈落の底へと降りてくる音が聞こえてきた。


「俺様にかかれば、こんな高さなど、お手の物よ」


 彼は、軽業師の能力を使い、軽々と降りてくる。


「あのピエロしつこいわね!偏執狂へんしゅうきょうかしら……」


「偏執狂のピエロ?とにかくここは危険だ!早く安全な場所に逃げよう」


 この部屋には、複数の勾玉を使ったカラクリが仕掛けてあった。僕はカラクリの一つを発動させて、狭い奈落の部屋を数十倍の広さに拡張した。


「やけに深い場所だなぁ。こんなに深かったか?」


さらに非常口の灯りを全て消し、積み上げられたコンテナの影に潜み、あいつの様子を伺うことにした。


 奈落の底は、恐ろしくも暗い漆黒の世界となっていた。ピエロは手探り状態で、ゆっくりと歩みを進めた。


「まっくらで何も見えねぇなぁ……」


 光なき世界というものは厄介な場所で、人の心に恐怖心と、絶望心を植付ける恐ろしい魔物だ。ピエロは虚勢を張り、大声で怒鳴り散らした。


「おい!てめえら、隠れてもムダだ!大人しく出て来やがれ……」


この声には、聞き覚えがある。えっと……誰だっけ?思い出せないが、そんなことはどうでもいい。それよりも今は早く、ここから逃げ出さなければ……


僕は隠しておいた、火狐の羽織を上に着て、小さな声で二人に指示を出した。


「向こうに非常階段がある。それを登れば外に出られるから、僕から離れずについて来て……」


二人は声も出さずに頷いた。僕は二人の手を取り走った。部屋中を複数の足音が響き渡った。


ピエロは"そっちだな"と言わんばかりの、いやらしい笑い声をあげて追いかけた。


「逃げてもムダだ!この俺様と、いいことしょうじゃないか……」 


さらに僕は妖術で氷の針を作り、仕掛けに繋がる勾玉目を撃ち抜き、カラクリを術式を発動させた。床が鈍い音を立てて動き始めた。


「なんだこれは、なにが起こっ……うわぁぁぁ…」


 ピエロは驚いた表情で飛び上がり、動く床を避けようとする。しかし時すでに遅し、床はピエロを乗せて上昇してゆく。ピエロは天井と激突する瞬間、身を逸らして抜け出した。


さらに巧妙に仕組まれたカラクリが発動!押し上げられた床の周りに、透明な円筒型の水層が静かに広がってゆく。


 そこへピエロが飛び込むように仕向けた。彼は頭から水に浸かり、息も出来ずに、もがき苦しんでいた。


――あわわゎ!なんだ。この水は息が出来ねえ……


真っ暗な水の中では、上下の方向感覚も鈍り、水面の位置さえも掴めず、混乱を招く。


 さらに水槽の水を回転させ渦巻きを起こし、洗濯機にでも入れられたかのようにしてやった。 


「うわ、なんだ!これはあわぁぁぁ……」


その隙に、僕は非常階段を示すプレートに灯りを燈した。灯りのおかげで階段の位置がわかるようになった。


「今のうちに、あの階段を登るんだ」


 僕は彼女達を導き走らせた。ピエロもまた光るプレートを発見していた。彼もまたそこを目指して必死に泳いだ。


――あそこまで泳ぎきれば、助かるかもしれない。


 ピエロはいちるの希望を胸に抱き、非常階段を目指して泳いだ。泳ぎ着いた先には、階段と非常ドアが見えた。


 ピエロは、ふらふらになりながら、非常ドアを開いた。眩い光が彼に降り注ぎ、目を細めてあたりを見回した瞬間だった。


「そこまでだ。大人しくしろ!」


 非常ドアの先で、彼を待ち構えていた者は、紫紀さん率いる邏察隊の隊員であった。


複数の銃口が、彼に突きつけられ、盾が身構えている。僕達は盾の後方に匿われ、保護されることとなった。


 その後、ピエロは取り押さえられ、邏察隊のお縄についていた。










 

  












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