第19話 妖魔博覧会開催

 オレンジ色の夕焼けが漏れる中、妖魔博覧会会場は、煌めく期待と興奮に包まれた。


 オープニングセレモニーのために用意された特設ステージは、豪華な装飾で彩られ、観客席のイルミネーションも華やかに彩られていた。


 そのような中、厳かな表情の警備員たちが、静かな会場を見護っている。入場門には、二人の警備員が堂々とした姿勢で、来場者のボディーチェックと、持ち物チェックを行っていた。


「おい、そこのお前、その袋の中身はなんだ?」

「いや、これは……こばとちゃん応援グッズでして……」


「中を見せてもらおうか?」

「いやぁ……それは……」


 挙動不審な態度をとる唐澤さんは、怪しい袋を没収されてしまった。唐澤さんは、どんよりと落ち込んだ気分で、華やかな会場へと入って行った。


 ◇ ◇ ◇


 その頃貯吾朗は、公演の準備を慌ただしく進めていた。そこへ上機嫌な表情をした東雲がやってきた。


「首尾は、どうですか?」 

 彼を見た貯吾朗は、笑顔を作り対応していた。


「はい、もちろん順調に進めております」

「それじゃぁ……よろしくお願い致しますよ」


「……はい」 

 東雲は、また自分の持ち場へと戻ってゆく。貯吾朗は、そんな自分勝手な彼のことが気に食わなかった。


――私は、黙々と仕事をこなすだけの、ただの操り人形、それはわかっている。


 東雲にとって、貯吾朗は無価値な存在であり、彼の感情や苦労には、一切興味がなかった。彼の人間性が一切尊重されることがない。この現実を受け止めた貯吾朗は、胸が痛み涙が込み上げてきた。



 舞台の後ろに夕日が沈み、夜のとばりが降り始めた。会場のステージを、温かなスポットライトが照らした。観客から、どよめきが起こる。それがセレモニーを始める合図となった。


「皆さん、おまたせ致しました。本日はお忙しい中、妖魔博覧会に……」


 開会式の司会者や、主催者の挨拶が終わった後、壮大な音楽が響き渡った。


 ステージで待機していた、サーカス団のシルエットにスポットライトが照らされ、華麗なショーが始まった。


 その頃、舞台下に設置されていた、奈落で出番を待っていた桜は、深い呼吸をして自身の気持ちを落ち着かせていた。


 遠くから聞こえる観客のざわめきが、さらに緊張と不安を煽り立てて、彼女の心を掻き乱した。 


「なに?あんた……緊張してるの?」


 声をかけてきたのは、こばとちゃんであった。一人で栄光を浴び続けてきた、彼女には、余裕すら感じられた。


しかし彼女にも満たされることのない空虚な輝きが宿っていた。


「あんたは、本当に素晴らしい詩姫よ。悔しいけど、その歌声は私には真似できない魂が込められているわ」


「………………」 


 ステージ上では、サーカス団の演技が終わり、重厚なオーケストラ団が、一丸となってリズムに合わせて楽曲を演奏していた。


 それに合わせて舞台監督が合図を送る。彼女達を乗せた昇降用ステージが徐々に上昇してゆく。


 こばとちゃんは余裕の笑顔を浮かべ、桜の背中をやさしく叩いて励ましていた。


「だから、もっと楽しみなさいって言ってんのよ。でもまぁ、これは全てお姉様の受け売りなんだけどっ……ね」


――なにが、そんなに楽しいの?うちの詩は戦場の敵を殺すもの、歌うことに緊張も抵抗もないわ。ただ大勢の前で、歌うことに緊張してるんよ……それだけの……ことよ。。。


 奈落の静寂は一瞬で消え去り、喜びや熱狂が彼女達の全身を駆け巡る。彼女達を乗せた昇降用の床がステージとひとつとなり、眩いライトが二人を照らし出した。 


 彼女達の歌声が華麗に奏でられ、観客たちは目を輝かせながら魅了されていく。


「よし、それじゃ、作戦どうりにことを進めよう」

「御意……」


 客席から観覧していた唐澤さんと勝彦さんも行動を開始し始めた。


『貯吾朗……』

 その時、勝彦さんは、貯吾朗の名前を口にして、彼のことを心配そうな思いを馳せていた。 


 ◇ ◇ ◇


「そろそろ頃合ですね……」


 運営席からステージを眺望していた東雲の横には、白いドレスに正装した咲依ちゃんが虚ろな目をして立っていた。その姿は、もはや東雲の傀儡そのものであった。


 東雲が、配下の者に指示を出した。指示を受けた配下の者は、次々と指示を伝達してゆく。


「もう来たのか……」 


 末端である貯吾朗のところにも指示が届いた。彼は深いため息を漏らして、団員達に指示を伝えてゆく。


もう後戻りはできない、その思いを背負いつつ、彼もまた歩を進めた…………



 ワシはその昔、この街の商店街で小さな肉屋を営んでいた。しかしどういう理由かはわからないが、客足が減り、次第に経営難となっていった。


 そして死を覚悟していた時に、あいつが現れた……東雲 暁闇だ!


 彼は、全ての負債を肩代わりしてくれる代わりに、自分の野望実現の協力を要望してきた。


ワシは彼の言いなりにサーカス団を立ち上げ、その裏では違法な妖の売買から、人身売買までを強いられて行った……



 東雲の合図で、会場の扉がゆっくりと閉じられ、全てが動き出した。地獄の魔宴ゲヘナ・サバトの始まりである。


◇ ◇ ◇


 その頃、唐澤さんと勝彦さんは、まず正門横の倉庫に保管された押収物の回収に向かった。


「あった、あった。この作戦に、これは欠かせないものだ!」


――我々の目的は、例の組織から狐凪様をお守りすること。しかし唐澤さまは、こばとちゃんの応援グッズと言ってはいたが、なにに使うのだろうか?


 勝彦さんが不思議そうな顔をした時であった。会場の照明が消えた。


「あれ……?なんだ、なんだ?」


 それは会場のステージでも、同様の出来事が起こっていた。暗闇の中、観客達のどよめきが起こり、こばとちゃんの怒りが爆発した。


「えっなに、これからって時なのに、何のトラブルなの……最悪なんですけど」


「…………」


 次に銃声が響き渡り、会場内は一瞬にしてパニック状態に包まれた。観客達が悲鳴を上げて立ち上がり逃げ惑っていた。扉の外に出さないように、武装集団が包囲し、彼らに銃口が向けた。


「なんだ?貴様らは……なにをしているのかわかっているのか?」


武装集団は、観客たちに発砲を繰り返し、恐怖心を植え付けてゆく。その残虐な光景は、薄暗い舞台上からでも、はっきりと見えた。


「騒ぐな、愚民ども、この会場は我々が占拠した。死にたくなければ、大人しく座っていろ!」


 突然、非常口が炎に包まれた。手榴弾だ。炎と煙が舞うなか、観客たちは必死に身を隠した。


 震える息遣いと銃声が鳴り響く中、ステージ上に立つ彼女達にも、複数の銃口が向けられた。


「おまえ達も、手を上げてもらおうか!」 


 彼女たちは震えながら、身動きが取れなくなった。心臓は激しく鼓動し、恐怖に支配された。その時、彼女たちはお互いに手を握りしめ、絶望の中でさえもお互いを支え合おうとしていた。 


「なんぴとたりとも、お嬢様には指一本、触れさせはせぬぞ!」


 その時、舞台下で待機していた、こばとちゃんの付き人爺やと、ボディーガードの男二人がステージに上がった。


「ふざけるんじゃねぇぞ!この老いぼれがァ……」


 彼らは彼女達を護りつつ、迅速な動きと戦術を駆使して戦っていた。武装集団の男達も、彼らに狙いを定めて射撃した。しかし優れた戦闘能力で銃弾をかわし、素手で武装集団と交戦してゆく。


 ステージ上は、まるでアクションシーンさながらの臨場感を出していた。


「まだまだ、おまえらごとき、若造に負けはせんぞ!」 


「なんなんだ。こいつらは……」 


 震える息遣いと銃声が鳴り響いた。爺やとボディーガード達は、急速にその勢力を削ぎ落としていった。


「おまえ達の負けじゃ、大人しくせぃ!……うっ」


 一瞬不意を突かれた爺やの腕に、小さなナイフが突き刺さっていた。どうやらナイフには毒が塗られていたようで、腕が徐々に麻痺していくのがわかった。同様に二人のボディーガードも奇襲を受けて倒された。


――ワシとしたことが、こんなやつに遅れをとるとは……不覚じったわぃ。


「おぬし……何者じゃ!」

 炎と煙が舞う中、殺気に満ちた殺人鬼の魔の手が彼女達に忍び寄ろうとしていた。


◇ ◇ ◇


 銃弾が交差し、爆発音が轟く暗闇の中、唐澤さんと勝彦さんは、機転を効かせ、監制室に向うことにした。電気を復旧させることが、この戦いの鍵となると考えたのだ!


「電気を落としたのは、奴らの仕業にちがいない」 


 煙と闇に覆われた監制室の扉を開けると、そこには奴らの仲間であろうもの達が、部屋を占拠していた。


 唐澤さんは、扉を蹴破ると同時に持っていたズタ袋を、武装集団の者に投げつけた。慌てふためく彼らに勝彦さんの飛び蹴りが炸裂!


 ズタ袋に入っていた花火筒が、ぱっくりと大きな口を広げ、中から大量のゴキブリが部屋に溢れかえった。たまらず武装集団は、部屋を退避して行った。


「だらしない奴らだなぁ……」


 唐澤さんは、万遍の笑みで去りゆく、彼らを見送った。目の前には数々のスイッチと配線が広がっていた。もう時間はない。


彼らは我が物顔で、いくつかのスイッチをオンにし、漆黒の会場を再び輝かせるため、電気を復旧させた。 







 

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