第18話 紫紀の隠し技
◇ ◇ ◇
時は、夜雀が邏察隊本部に、連行された時間まで遡る。邏察隊の取り調べ室に、二人の邏察隊員が彼女を警護のために、部屋の片隅で様子を伺っていた。
紫紀さんは、机の上に複数の写真が並べ、ジッと彼女を睨み続けていた。
写真には夜雀が被害者である、玉造部 源蔵と揉み合っているところが写された写真であった。
「これは防犯カメラに映されていた画像だ!玉造部 源蔵を殺したのは、おまえだなぁ?」
夜雀も沈黙を貫き通していたが、たまらず霊術を使い逃走しようと試みた。しかし術が発動しない。
「悪いが、おまえの術は使えんよ」
夜雀に着けられた手錠には、霊術の効果を打ち消す、封印が施された妖専用のものであった。
「チッ!」
夜雀は顔を歪ませ、彼を睨み返した。それでも紫紀さんは厳しい口調で問い詰めてゆく。
「もう一度聞く!玉造部 源蔵を殺したのは、おまえだなぁ?」
夜雀は息を荒げ、紫紀さんの視線から逃げようとする。彼女の顔には、苦悩と絶望が混じり合っているように見えた。
それから数時間がすぎ、日もかなり傾き黄昏時が、すぐそこまで近づいていた。夜雀の顔にも疲れの色が出始めていた。
"もうダメだ"心が折れた彼女は、ようやく重い口を開き始めた。
「私は……」
夜雀は顔も上げず、声を震わせ語り始めた。
「私は……確かに、あいつを殺した。だが、私だけじゃ……」
夜雀は、言いかけた口を噤んだ。彼の指示だと分かれば、次に暗殺されるのが、自分であることは明らかであった。彼女は白状するかどうかを躊躇していた。
「そうか。共犯者がいるのだな?それは運営の誰かだなぁ。そいつは誰だ?」
夜雀は驚きを隠せない表情を浮かべたが、取り乱してはいけないと自らを鼓舞し冷静な声で答えた。
「そんなやつはいない。全て私がやったことだ」
「……複数の目撃情報もある。防犯カメラを調べれば解ることだ!そろそろ全て吐いたらどうだ?」
状況証拠が揃えば、言い逃れはできない。そして私は殺されるのだろう……
「……わかった。だが、身の安全は保証して欲しい」
「わかった。それは保証しよう」
「それは……」
夜雀が話そうとした瞬間、眠ったようにパタりと顔を机に伏せた。よく見ると夜雀の額に、白い糸が貫通している。
「危ない、逃げろ!」
天井の隙間からキラりと光るものがあった。
すかさず紫紀さんが、拳銃で屋根裏を撃ち抜く。
天井から複数の白い糸が無差別に攻撃してくる。
邏察隊員の血しぶきが部屋を、紅く染め上げた。
「逃がさせんぞ。キサマ!」
紫紀さんは、悪魔の植物を使役する能力を持っていた。その能力を使い血塗られた床に種を撒く、ニョキニョキとツタが生え出し、天井を貫いてゆく。
そのツタは"悪魔のツタ"という植物で、
生き物の血を養分として、成長する植物であった。ツタの植物は、天井と共に大きな蜘蛛を、雁字搦めにして床に叩き落した。
紫紀さんは、深いため息をついた。
「やはり土蜘蛛の仕業か?」
紫紀さんは、助けられなかった隊員と夜雀に、申し訳ない気持ちを込めて、黙祷と祈りを捧げ供養した。
すると邏察隊員が血相を変えて飛んできた。その惨状を見た隊員達も驚き黙祷を捧げた。
「紫紀隊長大変です。指名手配犯の酒呑童子が霊気機関車を使い、この國から逃亡するとの、情報が入りました。多分行先は、麒羅斎原大森林と思われます」
「なに……麒羅斎原大森林に入られると、厄介だなぁ!この蜘蛛の処遇は、おまえ達に任せる!」
「はい!」
紫紀さんは、数人の部下を引き連れて、邏察隊本部をあとにした。残された隊員達は、彼らを敬礼で見送った。
「やれやれ、この國は、どうなってしまうんだ?」
◇ ◇ ◇
黄昏時、真幌は黒猫を連れて、蘭都帝國行きの列車に乗車するため、共和國が運営する駅の改札口へとやってきた。
「どこのお嬢様がいるのかと思えば、真幌嬢じゃねぇか」
そこに立っていたのは、侍崩れの格好をした酒呑童子であった。彼の姿は、これからナンパにでも行くようなチャラい男の服装に見えた。
「こんなところで会うなんてね。今日は、どこへナンパに行くのかしら……?」
「おいおい、あれだけのぶつを、苦労して横流ししてやったのに、その言い方はないだろうよ!」
「あら、違うの?」
今までチャラい言い回しで、ふざけていた彼の表情が、厳しいものに変わった。
「この國からズラかるんだよ。この國は、今一番ヤバいことになってる。あんたとこの大将もヤバいが、俺は出会ったんだ。狐の妖に取り憑かれた少年によぉ!それと例の詩姫も、絡んでいるんだろう。こんなヤバい國で、商売なんてやってられるかよ。ほとぼりが覚めるまで、別のところへズラかるのさ!」
――いつもちゃらんぽらんに見える外見とは裏腹に、その内は沈着冷静に振舞う酒呑童子であったが、あんな風に動揺して怯えている。こんな酒呑童子を見たのは、初めてではないだろうか?
そこへ茨木童子が息をきらせて駆けつけてきた。
「酒呑童子、マジ!ヤバいよ。うちら、奴らに囲まれてる」
「なに……なぜ、バレたんだ」
――そりゃ、あんた!そんなにド派手な服装でウロウロすれば、誰だってバレるってものよ。
真幌さんは、駅でおろおろとしている酒呑童子の馬鹿さ加減に、呆れてものも言えず頭を抱えた。
駅の改札口から邏察隊が至る所で、こちらを監視していた。どうやら突入の機会と指示を待っているようだ。
「第五番ホームはムリ!かなりの邏察隊がおるわぁ。絶対に行かれへん。どないするん?」
第五番ホームの向かう先は、麒羅斎原大森林であった。
麒羅斎原大森林は、広大な大森林が広がる密林地帯で、先住民と妖が共存いる未開の大地。さらに、あらゆる魔の植物や、得体の知れない生き物が、生息する場所でもあった。
そこは國家と呼ぶに呼べない無法地帯で、ここへ酒呑童子が逃げ込めば、邏察隊ですら権力を行使することが難しい土地であった。
「ねぇ!どないすんの?もう逃げ道なんてあらへんよ」
「…………」
茨木童子は狼狽えて酒呑童子に、すがるばかり、彼も為す術なもなく、悩み動けなくなっていた。
――確かに、ここで暴れて逃走することは容易だが、それでは目をつけられて、今後の商売がやりにくくなる。
霊気機関車の軽快な音が聞こえてきた。鋭く響く汽笛が、機関車の到着を告げるメロディとなった。
満員の機関車が停車音と共に滑り込み、プラットフォームと一体となった。
機関車の扉が開くと、多くの人が群がるようにして中から外へと流れ出し、改札口へと向かう。
「私に、いい考えがあるわ。あとを着いてきて……」
真幌は黒猫を連れて、改札口に向かう人波の中へと入って行く。彼らも真幌に連れられて、人波の流れに飛び込んでゆく。
「おぃ、改札口に向かったぞ。見失うなよ」
「あぁ、わかっている」
邏察隊も彼らを見失わないように、人波の中へと入ってゆく。そして改札口を抜けて人が、ばらばらになると、そこに酒呑童子の姿はなかった。
「おい、奴らがいないぞ。どこへ消えた?」
「また隊長に怒鳴られるぞ。早く探せ……」
邏察隊は捜索のために、二手に別れて行った。真幌さん達は、トイレの影から邏察隊の様子をひっそりと確認して、安心した表情を浮かべていた。
彼女らは、人波の中で光学迷彩の布を被り、姿を消しながら、人波に紛れて逃走したのだった。
「助かったぜ!この借りは必ず返す」
「とりあえずは、蘭都帝國に逃げなさい。この子が案内してくれるから」
「お前は、どうするんだ?」
「私には、まだやり残したことがあるから、ここに残るわ」
真幌は黒猫を優しく撫でた。
「この人達のことお願い」
真幌さんは黒猫にそう伝えて、改札口から街へと消えて行った。酒呑童子達も彼女を見送ったあと、黒猫に連れられて、蘭都帝國行きのホームへと向かった。
紫紀さんが駅に到着した頃には、彼らは逃走したあとだった。紫紀さんは、このあと書く始末書のことを考えて胃を痛めていた。
◇ ◇ ◇
夕日がゆっくりと西の空に沈み、街のガス灯が少しずつ灯し始めた頃、勝彦さんは手紙を持ちながら、唐澤さんの家へとやってきた。
「唐澤殿は、お在宅でしょうか?」
遠くからカラスの鳴き声が、時折響いてくる。穏やかな夕方に聞こえてくるカラスの声が、なんだか不気味に聞こえた。
「あぁ、解体部屋にいるぞ!」
勝彦さんは、家の奥へと足を進めた。そこには唐澤さんが長い棒を使って、大きな花火筒を突いている光景に出くわした。
「……唐澤殿、これは一体何をしているんですか?」
唐澤さんは、にっこりと笑って誤魔化した。筒のフタを閉じてズタ袋の中に、それを隠した。
「ん?あぁ、大したものではない気にするな!それよりもどうした?」
唐澤さんは、にやりと笑いながら言った。勝彦さんは、何か嫌な予感がしたので、それ以上聞くことをやめて、本題の手紙を渡した。
唐澤さんが、手紙を受け取り、ゆっくりと開封した。その内容に驚き、顔が次第に曇っていくのがわかった。
「酒呑童子が多くの武器を、会場内に持ち込んでいるようです。それと酒呑童子が言っていました。『命が惜しければ、その組織とは、関わらない方がいい!』と……」
「そうか……狐凪が、その組織と関わりがあるならば、我々も助太刀する必要がありそうだ」
唐澤さんは、緊張しながらも、どことなく嬉しそうな顔が、バレないように隠していた。
「しかし会場に潜入する方法が、思いつかん。なにかいい方法はないものか?」
「唐澤殿、それなら方法があります」
勝彦さんは、嬉しそうな顔をして封筒を渡した。その中に入っていたものとは、妖魔博覧会優待入場チケットであった。
「これをどこで手に入れたんだ?」
「商店街の福引で手に入れました」
勝彦さんは笑顔で答えると、唐澤さんも嬉しそうな顔をして、チケットを受け取った。
「でかした!ならば、これで行こうじゃないか」
「はい」
唐澤さんは支度を済ませた後、大きな筒袋を肩に担いで、勝彦さんと一緒に会場に向かった。
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