第17話 真幌の想い

 昼すぎことだった。会場内にある、執務室で東雲が公務を行っていると、ドアをノックする音が響いた。


「開いてますよ。お入りなさい」


 入ってきたのは真幌であった。しかし彼女の表情には、いつもの冷静さがなかった。無言まま、立ち尽くすのみで一向に報告を始めない。


 東雲は、いつもとは違う彼女の雰囲気に疑問を抱き、執務を辞めて、彼女を問い詰めた。


「どうかしましたか?そういえば、夜雀の姿が見当たりありませんが……」


 沈黙していた真幌がようやく口を開き、一部始終を報告した。その報告で、使い魔の黒猫が傷つけられ瀕死の状態であること、夜雀が邏察隊に捉えられたことなどを伝えた。


 東雲は報告の最中、健やかな笑顔で聞いていた。


「それはいけませんね。夜雀さんの件に関しては、こちらで対処しておきましょう……それで、手に入れたものを、お渡し頂けますか?」


 真幌は、手に入れた首飾りを手渡した。首飾りに付けられた勾玉から禍々しい霊気と、異様な輝きを放ち、東雲もその勾玉の虜となって、浮き足立っていた。


「素晴らしい一品です。ひとまずこれは部下の者な鑑定してもらうことにしましょう。君主様もあなたの功績を高く評価してくださることでしょう」


「ありがとうございます」

 その時、急に黒電話がジリジリと鳴り響いた。


「誰ですか、こんな時に……」


 受話器を取った東雲の表情が曇った。さっきまでの浮き足立った笑顔が消え、恐れと殺気に満ちた険しい顔で対応していた。


「わかりました。早急に対象致します。それでは失礼いたします」


 受話器を置いた東雲が、物思いにふけた。


――なぜだ!あれほどの傷を負い床に伏せっていた君主様が、元気になっておられるとは……これでは私の計画が失敗に終わってしまう。まぁいい、新たに手駒になりそうな娘は確保してある。それでなんとかすることにしましょう。


 東雲は、険しい顔のまま重い口を開いた。


「君主様からです。あなたを蘭都の國に戻せ!

とのことでした」


 蘭都帝國それは、この國から東に隣接する帝國で、その歴史は古く、最も繁栄を極めた帝国であった。


「私としては、あなたにここに残り会場の運営に携わってもらいたいと願っていたのですが、残念でなりません」


「ご期待に添えず、申し訳ありません」


 彼の本音は、そこにはなかった。どちらかと言えば、自分の野望を成就させる手伝いをさせたかったことは明白であった。しかし私もここで手を子招いている余裕はなかった。


「それでは私は、これで失礼致します」


「あぁ、待ちたまえ!これを持っていくといいでしょう。使い魔の子猫ちゃんに使っておあげなさい」


「これは……」


 怪しげな緑色の液体が入った小瓶が、真幌さんに手渡された。それがなにを意味するものかは、わかっていた。


 小瓶の中身は妖魔薬、それを飲んだ者は妖の能力が宿るというものだが、強力な薬ゆえに副作用が起こる可能性もある!だが彼女に躊躇している暇はなかった。


 このまま黒猫を、放置すれば待っているのは死あるのみ!真幌は薬を有難く受け入れることにした。


「ありがとうございます。それでは失礼いたします」


 真幌が部屋を出て行くのを見届けたあと、すぐさま指を打ち鳴らし、土蜘蛛を呼び寄せた。


「夜雀を始末していらっしゃい」


 土蜘蛛は、ギラりと目を光らせ、目的遂行のために、飛び出て行った。


「夜雀の代わりは……そうですね。あの子にお願いするとしましょう」


 東雲は、窓際から街を眺め、名案がひらめいてニタりと笑った。



 部屋を飛び出した真幌が向かった先は、薄暗くジメジメとした旧資材置き場であった。


 そこには使わなくなった廃材が山のように置かれており、黒猫もそこで丸くなって寝かされていた。


 真幌の気配を感じ取った黒猫は、薄目を開き眺めるが、また傷を癒すように眠りにつく、もはや彼に生気は感じられなかった。


「すまない。遅くなった。具合はどうだ?」


 真幌は、東雲から貰った薬を飲ませるかどうか、躊躇していた。あの東雲が温情で薬を与えるわけはない。おそらくなにかの実験的な意味合いがあることに違いなかった。


 しかし真幌に、迷っている余裕などはない。いちるの望を掛け、妖魔薬の黒猫に飲ませた。


「すまない……耐えてくれ」


 願いを込めて黒猫を見守るほかに術はなかった。黒猫は狂乱の悲鳴をあげ、のたうち回ると疲れ果てて、意識を失いぐったりと倒れた。

そんな彼を真幌は優しく抱き上げ安堵の涙を流した。


「ごめんね……あなたには、無茶ばかりさせる」


 そんなとき、ステージの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。真幌は、その声に耳を傾け聴き入っていた。


 ◇ ◇ ◇


 同時刻、僕は無事に咲依ちゃんを家に送り届けた。邏察隊から先に連絡があったのだろうか。大吾さんが家の前で、僕達の帰りを心配そうな顔をして出迎えてくれた。


「おお〜い、二人とも大丈夫だったか?」


「はい」


「お嬢も無事でなによりだ!さぁ、早く中に入って休んでください……美味い飯も用意してあります」


 大吾さんは咲依ちゃんを優しく包み込み、彼女に安心感と温かさを与えてくれた。 


「すみません。大吾くん!咲依ちゃんだけ、お願いします。僕には、まだやることがあります」


 先を急ごうとする僕の袖口を、咲依ちゃんが掴んで引き留めて来た。


 じいちゃんの死を受け入れられないのだろうか?不安と悲しみに満ちた表情で、僕のそばに寄り添ってくる。


「大丈夫だよ。ここにいれば安心だから、僕には、まだやらなくちゃいけないことがあるんだ。もう少しだけ、ここで待っていて欲しい」


「そうだぞ!ここで狐凪の帰りを待っていよう」


「…………」


 大吾さんにお願いして、再び会場へと向かった。その直後のことだった。


『……来……なさい……私の元へ……』


 急に咲依ちゃんの頭に東雲の思念が入って来てた。彼女は頭を抱えて苦しみだした。


「お嬢、どうしたんです?しっかりしてください」


「行かなきゃ……」


 彼女は、そう言い残して走り出した。このまま彼女を放っては置けないと、大吾さんもあとを追いかけた。しかし彼女は、商店街の人混みに消え、見つけることは出来なかった。


 ◇ ◇ ◇ 


 会場に入ると、僕は作業員の服装に変装した。桜を人身売買の商品にはしたくない。それは僕の傲慢かもしれないことはわかっている。


 それでも僕は……すると桜とこばとちゃんが歌うリハーサルの歌声が聴こえてきた。僕は遠くの観客席から二人を見守り、歌声を聞いていた……


 その時、観客席にある人影を見つけた。それは真幌さんであった。こばとちゃんの歌を聴いている、彼女の顔が悲しそうに見えた。



「こばと……ごめんね。まだ、あなたの横に立って歌うことが出来ないの……」


 それは私が十五歳の頃のことだった。父親が、私達家族を捨てて失踪した。母親は、そんな父親を探しに行くと言い残して出ていったきり、帰って来なかった。


 残された私を育ててくれたのは、五歳年上のお兄ちゃんだった。私を芸能界に入れて、お兄ちゃんは、社長兼マネージャーをして生計を立ててくれた。


 おかげで、私はこばととデュオを組み、有名にもなれた。だから、あの人には感謝してる。とても幸せな日々だった。あの闇の妖が現れるまでは……


 それから私達の人生も狂い始めた…………


闇の妖の目的は私を手中に納めること。そのためだけに、事務所を経営不振に陥れ、お兄ちゃんを操り人形のように利用した。


そして彼を使って、私をここへ連れて来るように仕向けた。


 私は、どうしてもお兄ちゃんを助けてあげたかった。でも、そんな力があるはずもないのに、私のバカ………………… 


 過去に想いを馳せる彼女の気持ちに、気づいてあげられなかった。鈍感な僕はズカズカと、真幌さんに近づいて声をかけた。 


「真幌さん!こばとちゃんに、会ってあげてください」


「…………」


 無神経だったことはわかっていた。しかしどうしても、こばとちゃんの想いを届けたかった。真幌さんも僕に気づいて、何も言わず逃げ出そうとした。


「待ってください」

 僕は、真幌さんの腕を掴み引き留めた。彼女の腕が、かすかに震えていることに気づいた。


「どうして逃げるんですか?」 


「今は、まだ会うわけには行かないの。お願い、離して……」


 真幌さんは、強引に腕を引き離し、素早く光学迷彩の布を使って姿を隠し逃走しようとした。


 そうはさせないと、光学迷彩の布を奪い取ろうとした瞬間、真幌さんの大きな胸に飛び込み倒れた。


「あなたも好きね」  

 相変わらず真幌さんの胸の谷間は柔らかく心地よかった。真幌さんも呆れ顔で、僕の真っ赤な顔を眺めていた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。違うんです」


 僕は、慌てふためきながら、飛び退いて謝った。すると後方の観客席から小さな火球が放たれた。


 それに気を取られ、放たれた場所をみた。そこには、あの黒猫の姿があった。元気そうに動いているのを見て、僕は少しホッとした気持ちになった。


『悪いけど、あの首飾りは返してあげられないの、ごめんなさい』


 その声で僕は、咄嗟に彼女を見たが、そこに彼女の姿はなかった。どうやら光学迷彩の布を使って身を隠して逃げたようだった。


"大丈夫!あれは真幌さんにプレゼントしますよ"僕は心の中で呟き、にっこりと微笑んだ。

 

 まだ僕には、まだやるべき事がある。その思いで再び会場内を走り回った。


 ステージで桜と共に歌っていたこばとちゃんが、一瞬立ち止まり周りを見渡していた。


『あれ今……お姉様の声が聞こえたような……気のせいよね』

 


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