第16話 丸勝印のクレープ屋さん
そのようなトラブルが、発生していたとも知らずに、僕は勝彦さんのお店で作られた、新作クレープを咲依ちゃんと一緒に食べていた。
勝彦さんは、ムキムキの体に似合わぬ、パツンパツンの白いエプロンをつけて作ってくれた。その姿は結構凄かった。
考えてみれば今日は、まだなにも食べていなかった。咲依ちゃんも美味しそうに頬張って食べていた。こんな嬉しそうな笑顔を、久しぶりに見た気がしてホッと安心していた。
「どうだ。上手いかぁ?」
「はい、とっても美味しです」
ふわふわモチモチのクレープ生地の中に、甘さ控えめで、ふんわりモコモコの生クリーム、イチゴとミカンの果実が盛りだくさんで、味もボリュームも満点なクレープだった。
「おぉ、なんか美味そうなものを食ってるじゃねぇか!おやっさん、おいらにも、これを二つくれよ」
「あいよ!まいどあり〜って、ひぇッ!」
一瞬勝彦さんの顔が凍りついた。だが、そこは商売人である。すぐに営業スマイルで対応していた。
その男は、長い髪を後ろで縛り、どことなく侍崩れを意識した髪型をしていた。
また、大きくてハイカラな羽織の中には、黒い袖がない服を着ている。はみ出た褐色の肌と左腕には龍の刺青が施されているのが、印象的な男であった。
「ねぇ、お嬢さん達もしよかったら、この後おいらとお茶しない?」
どうやら僕のことも女の子だと思っているようだ。まぁ、そういうことは慣れてるけど……
「あのぉ……僕は、男の子なんです」
「ん?そりゃ、すまなかった。かわいい顔をしていたから、お嬢さんかと思ってしまったぜ。それじゃそちらのお嬢さんは彼女かい?」
「いえ、彼女は僕の妹です」
「そうかい、そうかい、なら問題ないな!それじゃお嬢さん、僕とお茶でも……」
なにか問題ないのかよくわからないが、それでもまだ咲依ちゃんを口説き落とそうとしていた。その男は、まさにチャラ男であった。
次の瞬間、とても嫌な雰囲気に包まれた。というより気分が悪い。この感覚は霊気酔いなのか?
「おい、兄ちゃんどうした、大丈夫か?」
チャラ男が、突発的に僕の体に触れてきた時、体内に眠る、とてつもない霊気を感じ取り突き放された。
晴れ渡っていたはずの空から落雷が降り注いだ。チャラ男は、咲依ちゃんをかばいつつ、後方に避難した。
空から落ちてきた、雷が地面を真っ黒に焼け焦げがし、ジリジリと電流の火花を散らしていた。
――なんだこのチャラ男!雷がくることを事前に予測していたような瞬発力、いったい何者なんだ?
――なんだこの兄ちゃん!凄まじい霊気を内に秘めている、いったい何者なんだ?
……と、二人は思考を凝らしていた。
それよりも咲依ちゃんのことが、気になる大丈夫なのか?慌てて彼女をみたが、どうやら無事のようだ。
しかしこれを無事と言っていいのだろうかうか?チャラ男が咲依ちゃんに、くっつきイチャつき始めた。
「お嬢さん、怪我はないかい?驚かせてすまなかった。許して欲しい」
チャラ男は、歯の浮くような口説き文句を並べ、咲依ちゃんを口説き落とそうとしていた。
「なにしてんねん!あんたは……またこんなところで別の女を、口説きおってからに……」
僕より先に、チャラ男を怒鳴り散らし、頭を叩く奴がいた。あれこの声、どこかで聞いた事があるような……
「あっ!いや、これは違うんだ」
「なにがどう違うのか、はっきりしてもらおうやないの……」
慌てふためくチャラ男を、責め立てる奴とは……
「あっ、おまえは茨木童子!」
ガングロ風のメイクを施した風貌は、彼女の趣味なのか?それとも彼の好みなのか?どちらにせよ鬼であることを、誤魔化している姿は恐怖でしかなかった。
「えっ!ええぇぇぇ……なんで人間が、ここに居るのよ」
――まだ僕のことを、人間って呼ぶのか?
「それは、こっちのセリフだよ。あなたこそ、こんなところで、なにしてるんですか?」
「そりゃあんた、彼氏とデートに決まってるやないの」
「彼氏ねぇ……」
チャラ男を見てみると、また咲依ちゃんを口説き落とそうと頑張っている。兄としては、こんな男を、咲依ちゃんと付き合わせたくはないのだが……
「あんたも、いい加減にしぃ!うちがいるのに、こんな子供と……」
茨木童子は、半べそを掻いて涙をこぼしはじめた。これにはチャラ男も、どうすればいいか分からず、オロオロするばかりであった。
「そこのお嬢さん。これを食べて元気だしな!」
丸勝さんが、焼きたてのクレープを持ってきて、茨木童子に手渡した。
「こちらのアンちゃんが、あんたのために注文しておいてくれたものだ。なぁアンちゃんよ!」
「おぅ、そうだぞ。めっちゃ美味そうだったからなぁ!先に注文しておいたんだ!美味いだろう?」
受け取ったクレープを一口食べて、茨木童子もようやくご機嫌を取り戻した。
「そやね。とっても美味しいわぁ。あんたは、甘いものが苦手やのにね……」
「ん?まぁな!可愛いおまえのためだ……」
チャラ男は、ホッと一安心して、勝彦さんに"ナイスアシスタント"と目で合図を送っていた。
「それはそうと、おまえ達知り合いか?」
美味そうにクレープを頬張る茨木童子と、僕の顔を見比べ、不思議そうな顔をするチャラ男に、僕は深いため息を吐いた。
「僕は、この人に命を狙われたんですよ」
「ちゃうねん、こいつが持っていた首飾りがとてもキレイだったから、頂いちゃおうかなぁ……って」
それって窃盗だから、やっちゃダメなやつだよ!
「すまねぇなぁ、こいつは昔から手癖が悪くてなぁ、欲しい物があると、すぐに奪い取る癖があるんだ!」
そんなにクールに気取って言われても、欲しいからって奪っちゃダメでしょうが……
「よぉく、言って聞かせるから、今回だけは許してやってくれないか?」
「はい、わかりました」
彼女は、僕の首元をチラリと見て、眉間にシワを寄せて目をつけて来た。
「そういえば、あの首飾り今日はつけてないんだね!どこへやったの?」
「それが……」
それを聞かれた僕は、目を逸らせようとすると、彼女が僕の首を締め、白状させようとしてきた。
「あれはあたいのものだ。ちゃんと白状おし!」
いや違うし、あれは僕の大切な物だし。
「実は、最近変な奴らに狙われてて……」
仕方なく、さっきまでの出来事を、正直に話して聞かせることにした。その中で、雀の妖のことを話した瞬間、チャラ男が、別人のような険しい顔で立っていた。
「なるほどな!だが、あんちゃん、これだけは言わせてくれ。命が惜しければ、その組織とは、関わらない方がいい!」
「…………」
確かに、チャラ男の言ってることは正しいのだろう。僕も関わらないでいられるなら、その方がいいと思う。
しかしその組織とは、この先も関わってゆくことになるだろうと予感していた。
「おやっさん、このクレープは美味かったよ。またくる」
「えっ、ちょっと、あんたは、まだ食べてないでしょうがァ……待ちなさいよ」
チャラ男は険しい顔のまま、茨木童子を置きざりにして歩き出した。
慌てたのは、勝彦さんだった。
「ちょっ!おい、アンちゃんお勘定!」
「あっ、すみません。あたいが払うんで……」
茨木童子が、オロオロしながら二人分のクレープ代を払い、立ち去るチャラ男を追いかけて行った。
「なんであたいが、払うはめになってんのよぉ」
チャラ男は、手に持っていたクレープを、文句を言ってくるうるさい茨木童子の、口にねじ込んで黙らせた。
「コラ!ちょっと待ちな……モグモグゴックン!……さいよ」
クレープをぺろりと平らげ、彼を追い掛けて、街に消えて行った。
北風が木々を揺らし、カラスたちが大空を舞う。彼らの不気味な鳴き声は、これから起こるであろう悲劇を予見しているかのようだった。
そのような街中を、チャラ男が急ぎ足で進んでゆく。
あの組織がオープニングイベントで、なにかをやらかそうとしていることは確かだ!それとあの兄ちゃん!殲獄堂の娘となにか関わりがあるのか?
しかも兄ちゃんの体に感じた霊気も気になる……もしやあの妖か絡んでいるのか?だとすれば……ただごとじゃ済まねえことが起こる!
下手をすれば、この國自体が吹っ飛んでもおかしくねぇ。
「あの組織も兄ちゃんもヤバいやつらだ。早くこの街からズラかるぞ」
それは商人の感というものなのだろうか?商売の潮時を感じ取り、早々と逃げ出す準備を始めようとしていた。
◇ ◇ ◇
「ご馳走様でした。それじゃ、僕達も帰ります」
「おぅ、また来いよ。今度は、もっとすごいやつを作ってやるよ」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
僕達が家路に着いた後、勝彦さんのところに珍しい人がやってきた。
「勝彦はいるか?」
「いらっしゃいませ。唐澤様……」
どうやらこの二人、古くから知り合いのようであった。唐澤重蔵さんは、肩には大きな袋を背負ってやってきた。なにやら袋の中がモゾモゾと不気味な動きをしていた。
「今日はまた、大きな荷物を、お持ちですね」
「おぉ!これかぁ?ある物を回収してきた帰りだ」
「また変な物じゃないでしょうね?勘弁してくださいよ」
「ハハハッ、大丈夫だ!ここでは放たんよ」
昔なにかをやった黒歴史があるようで、それを誤魔化すように笑っていた。
「そうしてくださいよ」
そこへ一羽の伝書鳩が、勝彦の元へ降りてきた。持ってきた手紙を読み終えると、それを唐澤さんに手渡した。
後に知ったことなのだが、この二人ある要人から密命を受けて、この地にやってきた。その密命とは、ある要人のご子息を探し出すことであった。
唐澤さんはある要人の側近を務め、その任務遂行のため、ここに住み着いていた。
勝彦さんもまた唐澤さんの密偵として、情報収集の任務が与えられ任務の遂行に当たっていた。
そして調査の結果、ご子息が狐凪様であると判明したのであった。
「やはりそうだったか!それよりも、ここに来ていた鬼のことだが……」
「はい、ご察しの通り酒呑童子と茨木童子にございます」
「やはり、そうかぁ……」
唐澤さんの顔が険しいものに変わった。
「狐凪殿が、奴らと絡んでいるとなると、かなり厄介なことになりそうだ!」
「そうですね。調べておきますか?」
「やってくれるか?」
「はい、お任せを……あっそれと、これもお持ちください」
勝彦さんは、特製クレープを持ってやってきた。
「ん?これは……」
「唐澤さまのために、作り置きしておいたものに、ございます。お召し上がりください」
「あ、あぁ……」
唖然とした顔で、唐澤さんは作り置きされていたクレープを受け取ったのだが……
――すまん。甘い物は、あまり好きになれん。
唐澤さんは渋々お持ち帰りすることにした。
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