第14話 花魁女性の過去

 道路を走ってゆく少女を見つけた。僕は自分の目を疑った。その少女は、咲依ちゃんにそっくりだったからだ。


 とにかく今は、咲依ちゃんの保護を優先させよう。


「すみません。僕、ちょっと急用ができたので、ここで失礼します」


「おぃ、狐凪くん待ちたまえ……」 

 逃げるように、少女を追いかけて行った。 



 その時、背後から僕のことを追いかけてゆく影が、路地に映し出された。それを紫紀さんは、見逃さなかった。急に彼の表情がこわばり、部下に尾行の指示を出した。


 ◇ ◇ ◇


 少女の前を走る、黒猫を追いかけているようであった。黒猫は、大通りを駆け抜け川辺の方へと、向かっているようであった。


 僕は、人通りをかき分けて、進むことが困難であった。その少女が咲依ちゃん本人である確証はない、不安が募るばかりであった。


僕は、少女を呼び止めようと大声で叫んだ。

「おぉい、咲依ちゃん!」


 一瞬、少女はこちらに気づき振り向いた。だが、走る速度を緩めることはなかった。ひたすら黒猫を追いかけてゆく。


 振り向いた瞬間、少女の横顔が見えた。確かに咲依ちゃん本人であった。僕は、全速力で少女を追いかけた。


 どうやら黒猫は、この川辺の高架橋を住処にしていたようであった。高架橋の下で黒猫は座り、毛づくろいを始めた。


 その可愛らしい姿に、惹かれた咲依ちゃんが近づいて、やさしく触れていた。


 ようやく咲依ちゃんを捕まえた。そう思った瞬間だった。声をかける間もなく、ある女性が僕の前に立ちはだかった。


「あなたは、この前の……」

 僕と女性は、お互いに驚いていた。なぜなら女性は、この前出会った花魁女性だったからだ。


「まさかあなたが、この子のお兄さんだったなんてね……あなたには悪いけど、首につけている勾玉を大人しく渡してちょうだい」


「………………」


 指示に従わない僕を急かすように、花魁女性は咲依ちゃんに近づき、手荒く髪を引いあげた。咲依ちゃんは、痛みに顔を歪めていた。

「くっ!」


「辞めろ……」

 咲依ちゃんの首元にナイフが突きつけられている。まさかこの人が、こんなことをする人だったなんて思わなかった。


「やめろ!なぜ、こんなことをするんだ?あなたは……」

「私が……なんだって言うのよ?」


 僕の言葉を、無理やり遮えぎり、目を逸らす女性の表情には、どこか苛立ちに似たものが感じられた。 


「……優しい人だと、でも思ったの?お門違いもいいところねぇ……」


「あなたの名前は愛巳さんじゃなくて、真幌さんなんでしょう?白川 真幌!それがあなたの名前なんでしょう?こばとちゃんが待っ……」


「辞めて……」 

 彼女は、その名前に動揺して、ナイフを持った手が一瞬震えた。刃先が首筋に触れ、たらりと血が流れた。


「それ以上は、言わないで!それよりも早く勾玉を渡さしなさい。さもないと、この子の命はないわよ」


 この首飾りは、僕が母さんを探すための唯一の手がかりであった。誰にも渡すことが出来ないものであった。


 僕は赤子の頃に、稲荷神社の御堂に捨てられていた。この首飾りは、僕を包んだおくるみの上に置いて、カゴに入れられていたと、聞かされていた。とても大切な想い出の品であった。


 しかし今、僕にとって大切なのは、咲依ちゃんの命の方であった。思い出などに構っている余裕はない。などと戸惑っていると、背後から何者かが、襲って来た。誰だ!?


「いつまで、そんなガキに手こずっているんだい?こっちには人質がいるんだ!強引に奪い取ればいいだろうが……」 


 その声の主は、僕のじいちゃんの仇でもある、追っ手の声であった。いきなり背後から、首飾りに手をかけ、無理やり奪い取られた。


「夜雀……これは私の仕事だ!邪魔しないでもらえる?」

「あなたこそ、私の獲物を横取りしないでくれるかしら?」 


 夜雀は、満足げな顔をして、奪い取った勾玉を眺めていた。二人の言い争いが、次第にエスカレートしてゆく。


ミャー! 


 その隙に黒猫が横から現れ、夜雀から勾玉を奪い去ろうとした。夜雀は驚きながら、ナイフで黒猫を切り裂いた。


黒猫は、額から真っ赤な血が吹き出した。ナイフが額に当たり、切り裂いたようだった。


 血みどろになりながらも、黒猫は真幌さんの元へと走り寄った。真幌は、咲依ちゃんを突き放し解放し、黒猫から首飾りを受け取った。


「おぃ!黒猫、しっかりおしよ」


 黒猫は、ぐったりと倒れてしまった。その傷は、脳にまで達する深いもので、助かる見込みは薄かった。 


 夜雀は、憎ったらしい黒猫の無様な姿を眺め、嘲笑っていた。


「ハハハッ……少し悪ふざけが、過ぎたようだね。その傷、ざまぁないね」  


 真幌は、傷ついた黒猫を、優しく抱き上げた。怒りのような霊気を夜雀に向けた。


「やってくれたわね……今回のことは、全て彼に報告させて頂きます」


 このことが東雲に知れ渡れば、昇進が遠ざかることは必須、そのことが彼女を、さらに苛立たせた。 


「もぅ、ほんと、忌々しいわね!あんたは……」 

「あら、初めて気があったわね。私もそう思ってたのよ」


 悔しい涙を流す暇さえ与えられず、新たな厄介者がやってきた。


「邏察隊だ!おまえ達、そこを動くな」


 拳銃を構えつつ、近寄ってきたのは、邏察隊の隊員だった。だが、ひとりや二人ではない。僕達を、複数名の隊員が包囲し、銃を構えて威嚇していた。


 するとさっきまで居たはずの真幌さんと黒猫が、姿を消した。どうやら、光学迷彩の布を使い、この混乱に乗じて行方をくらましたようだった。


 ここで容疑者の夜雀を取り逃がすことは、邏察隊の名誉に関わる。夜雀が、逃亡を計らぬようにと、慎重にことを進め包囲網を強化する。


「あぁ、もう!こうなったら、やけくそだ。ここにいるもの全て皆殺しにしてやる」


 夜雀は、決死の覚悟を決め、口笛を吹き鳴らし、黒い雀を呼び寄せた。さらにカランビットナイフを使い暴れ狂ったかのような猛攻撃で、斬り掛かってきた。


 僕は、咲依ちゃんを護りつつ、様子を伺っていた。だが、かなりいた邏察隊が、黒い雀の大群と夜雀のナイフの餌食となり倒されてゆく。


「あとはおまえを殺すだけだ!」

 残されたのは、僕と咲依ちゃんだけになっていた。万事休すかにみえた。


 もうダメだ!僕が諦めかけたその時、奇跡が起こった。複数の白い雷光がほとばしり、無数の雀は蹴散らされた。


 呆気に取られて眺めていると、木刀を持った紫紀さんが現れ、夜雀を瞬殺で地面にねじ伏せ、御用となった。


 さすがは邏察隊で、Aランクに所属する隊長さんだ!手際がよくてかっこいい!まさに憧れの存在だ! 


「狐凪くん大丈夫かい?怪我はないか?」

「はい、助かりました。ありがとうございました」


「それはよかった。きみには申し訳なかったが、少し捜査に協力してもらったよ」

「???それって僕を、おとりに使ったってことですか?」

「まぁ、そうなるのかなぁ……」


 僕を、おとりに使っていただなんて酷すぎるよ。さっき憧れの存在と言ったことは撤回しておこう。 


「本当にすまないとは思っている。だが、ちゃんと邏察隊が護衛についていたから、問題はなかっただろう?」


 その護衛役の皆さんは、全て倒されて横たわっている。本当に問題はなかったのだろうか?


「まぁ、何事もなかったから、よかったですけど……もう!こんなことは辞めてくださいよ」


 まぁ、ちゃんと教えてくれて、謝ってもくれたので、許すことにした。


「すまなかった。それと今回のことについて、いろいろと聞きたいことがあるんだ。悪いが署の方まで来てもらいたいんだ」


「わかりました。咲依ちゃん、動けるかい?」


「うっ、うん。大丈夫……」 

「…………?」


 咲依ちゃんの様子が、いつもとどこかが違う。僕は、彼女がいつもと違う雰囲気に、なにか変な違和感を感じていた。


 しかし今は、無事に帰ってきてくれたことを喜ぶことにした。


「わかりました。それじゃぁ、咲依ちゃんも連れて一緒に行きます。それでいいですか?」


「あぁわかった。傷の手当てもしないといけないから、それでいいよ。それじゃぁ、行こうか?」


「はい」


 その後、僕達は紫紀さんに連れられて、邏察隊本部に連行された。二時間程度の事情聴取と、盗られた首飾りの盗難届けを書かされた。


それにしても、二回も邏察隊本部で缶詰状態にあうなんて、最悪だ!僕の気力が持たないよ。 


「狐凪くん顔色が悪いぞ!大丈夫かぃ?」

――そう思うなら、早く解放して欲しいよ。


「はい、大丈夫ですよ」

「それじゃぁ、咲依さんの怪我の治療が終わり次第解放するから、もう少しだけ待ってもらえるかな」


「わかりました。よろしくお願いします」

――よかった。もうすぐ解放されるのか……


 それから数分後、咲依ちゃんは首に包帯を巻き、顔や手に、絆創膏を貼って、痛々しい姿で帰ってきた。


「咲依ちゃん疲れただろう?今日はもう、うちに戻ろうか」

「……はい」


「…………?」

 咲依ちゃんは、じいちゃんの死と自分が人質に取られたことで、心身ともに疲れ切った表情をしていた。


 咲依ちゃんの心に、大きなストレスが溜まっているのは明らかだった。ここは僕が彼女の支えにならないといけない。


「紫紀さん、ありがとうございました」


「辛いことが続くが、無理はするなよ。なにかあったら必ず相談して来てくれ。いいね」

「ありがとうございます」


 こうして僕と咲依ちゃんは解放され、今はいないじいちゃんと僕達の家に帰ることにした。

 

 

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