第13話 もう一人の歌姫(後編)

 ◇ ◇ ◇ 

 僕と少女が歌い終えると、たくさんの拍手喝采の賞賛を浴びた。少女は、彼らの歓声に応えて大きく手を振り、笑顔で観客に応えていた。


「すごいね。あの詩、知っていたの?」


 少女は呆れながら、僕の目を見つめ、重い空気が二人を包み込む。彼女は眉を潜め、深いため息をついた。 


「ハァ?あなた、なに言ってんのよ。この曲は、さっきたまたま聴こえてきたものよ。私が知ってるはずないでしょう」


「それでも歌えるの?」

「私にはね。絶対音感があるから、どんな歌も一度聴いたら覚えているし、歌えるわよ!」 


 ドヤ顔で自慢げに答える、その少女に向けて『こばとちゃん』コールが始まり、賞賛の声が湧き上がりっていた。


 感が鈍い僕には、それでも今の状況がわからなかった。


「みんな~今日は、ありがとう!とっても楽しかったよ。またどこかであいましょうね」


 手を振るこばとちゃんだが、それでも収拾がつかず、サインや握手をねだる観客が押し寄せてきた。


「きみは、もしかして……」

「もしかして……じゃないわよ。早く逃げるわよ」


 こばとちゃんは、"私も、まだまだってことね"と言いたげな顔で、深いため息を吐きを吐いた。そして僕の手を取り、ギター片手に観客をかき分けながら走り出した。


「そうよ!私が白星こばと……よ」


 えっ!まさかよくラジオから聴こえてくる、あのアイドル歌手『白星こばと』ちゃんなの?……あまりの驚きに言葉が出なくなっていた。


「名前くらいは覚えておきなさいよね……」

「僕は……」


 僕は自分の自己紹介をする間もなく、戸惑う僕を連れて逃げ出した。


「早く来なさい。捕まちゃうわよ……」


 確かに本物のこばとちゃんなら、追かけられても仕方がない。ここはしっかりと逃げ切らないと……


「えぇ!ちょっと、なになになんなのよぉ……」


 僕は、こばとちゃんの手をしっかりと握り全速力で駆け抜け、狭い通路へと逃げ込んだ。


 すると、こばとちゃんが驚いた顔をして、急に止まった。狭い路地を抜けた先の車道に、黒塗りの高級車が停車して、僕達を通さないように道を塞いでいる。


「まずい見つかったわ……」 

 引き返せば観客達に捕まる、先にも進めない。完全に追い詰められた袋のネズミとなってしまった。


 黒い車から黒いスーツを着た、ガタイのいい男が二人現れて、今にも襲いかかろうとしていた。


 僕は、とっさに小さな小袋を男達に投げつけた。袋から白い粉が舞い上がり、男達の視界を遮った。


「うわぁ!なんだ、これは……」

「慌てるな。ただの小麦粉だ!」


そう、今はただの小麦粉だよ。それでも……鞄から取り出した勾玉に向けて言霊を唱えた。勾玉から小さな火球が飛び出し、黒いスーツの男達に向かってゆく。


 放たれた炎が、小麦粉に引火、次々と爆発を誘発してゆく。それはまるで、マジックを見ているような光景であった。


「今のうちに!逃げるよ」

「えっ!」


 僕達は、男達の横を走り抜けた。あとは車の横をすり抜けるだけ!と思っていた。しかしそれは、間違いであった。


「待って、その人は……ダメ!」


 目の前に一人老人が現れ、僕達の行く手を阻む。だが相手は、ただの老人だ!なんとかなる。僕は、こばとちゃんの制止も聞かず、単身で詰め寄った。


 そして眼前で両手を打ち鳴らし"猫騙し"を使って老人を、ひるませようとした。


 だが、老人が細い目を見開き、鬼の形相に変わると、僕の体が弧を描き蝶のように宙を舞っていた。そして地面に叩きつけられて倒れた。


 老人は、なんの躊躇いもなく止めを刺そうとした。


「待って爺や!」

 こばとちゃんの一言で、老人の拳が寸前で、ピタりと止まった。


「その人は、私の友達なの手荒なことは、よしてちょうだい!」 


 そして鬼のように険しかった老人の表情も、ほんのりと和らいでいくのがわかった。


「そうでしたか。てっきり、よからぬ者かと……申し訳ごさいません」


 黒いスーツの男は、白星財閥の使用人で、その老人は、こばとちゃんの世話係で爺やと呼ばれていた。


「わかればいいのよ……」

 こばとちゃんは、辛そうな顔をしながら、僕の傷つき汚れた顔を、ハンカチで拭ってくれた。


「お嬢様、そろそろリハーサルのお時間でございます。会場にお戻りくださいませ」


「わかったわ」


 こばとちゃんは、表情を曇らせて拒もうとしたが、お姉様なら、きっと私情よりも仕事を優先させるはず、そう思って捜索を一時残念することにした。


「爺や!この子を早く車に乗せなさい。会場で、傷の手当をします」


 爺やは、こばとちゃんの指示には従わず、ご主人様からの命令を優先させた。


「……申し訳ごさいません。それはできませぬ、ご主人様より、お嬢様に悪い害虫が付かぬようにと、キツく仰せつかっておりますゆえ……」


「また、お父様なの……」


 こばとちゃんは、そっと僕の乱れた髪を整え、その優しい手つきに包まれていた。彼女の心配そうな悲しい目が、痛めつけられた僕の体を見つめていた。 


「申し訳ごさいません。ご主人様もお嬢様のことを心配してのことでございますゆえ、ご配慮くださいませ」


 こばとちゃんは、後ろ髪を引かれる想いで、立ち上がり、爺やの言葉に渋々従がった。


「……わかったわよ。でも、もう少し待ってちょうだい!」


 こばとちゃんは、車から救急箱とひざ掛けを持ち出し応急処置を施してくれた。そして僕が風邪を引かないようにと膝掛けを体にかけてくれた。


 朦朧とする意識の中で、こばとちゃん達が急ぐ声が聞えてきた。


――なんだ家の人だったのか……命を狙われているんじゃないんだね。よかった。


 その後、僕の意識が薄れ、眠りについた。


「お嬢様、早くこちらへ……」

「わかってるわよ!」


 その時、こばとちゃんがどさくさに紛れて、僕の頬に口づけをしたことは、誰も気づいていなかった。


 その時の記憶は曖昧で覚えていないが、投げ飛ばされた時に見た空の青さが、とても綺麗だったことだけは、はっきりと覚えていた。  


 こばとちゃんは、黒いスーツの男達に護衛されつつ、車に乗り込み立ち去ってしまった。


 ◇ ◇ ◇ 


 数分後、なにやら騒がしく、動き回る人の声が聞こえて目を覚ました。


 するとそこにこばとちゃんの姿はなく、僕の手に、こばとちゃんが持たせてくれたであろう小さな封筒があった。


 その中には、小さなメモ用紙が、入っていた。


『今日はありがとう!楽しかったわ。もしどこかで私のお姉様にあったら、私が探していたことを伝えてくれると嬉しいわ。またいつかどこかで演奏しましょう……』


 さらに封筒の中には、かなり古びたブロマイドが入っていた。そこには美しい銀髪の髪がとても長い女性と、その人の名前らしきものが書かれていた。


その名前とは……「しらかわ……まほろ?」


 その昔"トゥインクル スター"で一世を流行らせたアイドルデュオのメンバーの名前であった。そのブロマイドに描かれた女性を僕は知ってる。


 確かにアイドルだから、どこかで見ているはずなのだが、そうじゃない。


 ここ最近どこかで、あった気はする。しかしどうしても思い出せない。そんなことを考えていた時だった。


「すまないが、大人しくしていてもらおうか!」


 たくさんの邏察隊隊員が、僕のことを包囲しているではないか。これは一体どういうことだ?


 状況としてはあまりよくない。

「先程ここで大きな爆発があったと通報があってね。キミの仕業かい?」


――大きな爆発?それって、さっきの粉塵爆発のことか?多分、追いかけてきた観客の一人が驚いて邏察隊に通報したのだろう。


「すみません。あの爆発は、僕が起こしたものです」


「またキミが、やったのか?」


 通報者の事情聴取を終えた紫紀さんが、頭を掻きながら、困った顔をしてやってきた。


「すみません」


「キミは、ここで何をしていたのかなぁ?この近くで、白鳥 こばとが居たと言う目撃情報も寄せられているんだがね……?」


 僕は、彼女に恋愛スキャンダルで迷惑がかからないようにと、嘘の証言をして誤魔化すことにした。


「違うんです。あれはうちの妹です。とても歌が美味かったので、こばとちゃんと間違えたらしく、歌い終えると、あの人達に追いかけられたので驚いて落とした勾玉が爆発したんです」 


「なるほどね。勾玉が……ね」


 今の話が嘘偽りであったことは、紫紀さんには全てお見通しであったが、それ以上なにも問い詰められることはなかった。


「勾玉には、強大な霊力が蓄積されているからね。扱う時は気をつけて貰わないと困る。それと……」 


 それから僕は、半時間ほど、紫紀さんの説教を、こってりと聞かされた。これ以上続けられては、精神的に参ってしまう。


「すみませんでした」

「分かればいいんだ。今後からは気をつけるようにね」


「はい、これからは気をつけます。それから桜は、どうなりましたか?また邏察隊本部にいるんですか」


「あぁ、あの子には悪いが、サーカス団に戻ってもらうことにしたよ。先程団長さんが身元引受け人としてきてくれたよ」


「そうですか……」 


 確かに、桜はサーカス団に所属している奴隷だ。それでもやっぱり僕は彼女を助けてあげたい。


 複雑な心境に心を悩ませていると、狭い路地を抜けた先で、走り抜けてゆく咲依ちゃんの姿を見た。



「咲依ちゃん?」






 

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