第11話 邏察隊の事情聴取

「キミは、雲玉堂の狐凪くんじゃないか?」


 眩しい光が目に飛び込んできた。その光を腕でさえぎり、目を凝らして見た。それは懐中電灯のライトの光で、それを照らしていたのは……


「紫紀さんこそ、どうして、ここに?」

「あれだけ、大きな爆発音と火災を起こせば、邏察隊が動くのは当然だろう……」


 紫紀さんの後方から、多くの邏察隊消化班が駆けつけ、消火活動に追われていた。


「向こうの林道にまで、火の手が回ったぞ!早く消火しろ」


 神社の麓には、多くの邏察隊関係者や消化用機材を載せた車両が続々と集まり、現場の封鎖や避難誘導が行われていた。


「かなり酷い怪我をしているようだね。待っていなさい。すぐに救護班を回すから」


 少しすると救護班のお姉さんが、やってきた。救命用の勾玉から緑色の柔らかな光が溢れた。すぐに怪我が完治していた。


「すみません。ご迷惑おかけしました」

「いいのよ……」


 救護班のお姉さんが後片付けを始めた頃、再び紫紀さんがやってきた。険しい顔つきをして、何やら不吉な書類を片手に持っていた。


「狐凪くん!すまないが、君にはある事件の疑いがかけられている。悪いけど、その子と一緒に署までご同行願えるかな?」


「えぇっと……」


 桜が、気まずい雰囲気を悟り、僕の背後に隠れた。その時の桜の手が、かすかに震えているのを感じた。


「大丈夫、桜は僕が護るから安心して!」


 僕は優しく、桜の震える手を握って、微笑んで見せると、彼女も不安そうな表情でうなづいた。


 資材置き場の事件のことか?それとも、桜を檻から連れ出して誘拐したことなのか?


 どちらにせよ。このまま逃げ通せるものでもない。僕達は覚悟を決めて、邏察隊本部に行くことにした。


「わかりました」


 ◇ ◇ ◇


 街の湾岸に位置する場所に、かなり古いレンガ造りの建物が、邏察隊本部事務署であった。


 僕達は、机と椅子だけが置かれた、殺風景な取り調べ室に入れられた。聴取を取る隊員が来るまでの間、僕達は緊張に身をすくめて待っていた。


「すまない。待たせたね」


 紫紀さんが、取り調べの担当をしてくれた。この状況下でも、少しは安心出来た。



 僕は、現場の第一目撃者として、事情聴取に呼ばれたようだった。現場状況を説明すると、瓦礫に埋もれた崩落事故の線が濃厚と判断されていた。 


 しかしあれは事故に見せかけた他殺であることを僕は知っていた。 


「いや……あれは事故なんかじゃないです。僕は見たんです。じいちゃんは、黒い羽根を使って殺されたんです」


「うーん……黒い羽根ねぇ?しかし現場に、そんな羽根なんてなかったし、霊気の痕跡もなかった」


 紫紀さんは、調査資料と今の話を比べて困惑した顔をしていた。確かに黒い羽根は消え去り、霊気すらも残っていなかった。信じろという方が無茶な話だ!


「わかった。その件については、もう一度洗い直しておこう。それよりも……だ!この子は、どこから連れて来たんだい?まだ幼いようだけど……」


桜の耳がぴくりと動いた。


「すみません。この子は、サーカス団にいた子なんです。でもサーカス団が、奴隷取引に関与していると知って...…だから、こんなに小さな子供たちが売られていくのを許せなかったんです」


 また桜の耳がぴくりと動いた。


「確かに……そんな情報も入ってはいるにはいるが、証拠がなければ、動くことはできないのが現状だ」


「うちは知ってる。妖や女の子が売られ、泣きながら連れ出されて行く所を、何度も見た」


「うーん、その話は興味深い。あとでじっくりと、話を聞かせては貰えないだろうか?」


「うん!ええよ。そやけどもや……うちは、もう幼子やない。もう十七やから子供扱いせんといて!」


 えっ……十七歳?僕よりも年上なの?身長や言動からすれば咲依ちゃんと同い年くらいだと思っていたのに……


 桜の頬を膨らませ、可愛らしい怒りを見ていた。僕がクスりと笑うと、桜は呆れたような顔で、睨んできた。 


「なに?うちのこと、ちっちゃいって思ったやろ?」  


「いや、ごめんね!そんなことは絶対に思ってないよ。僕より、ひとつ年上だったんだね」


「えぇ!狐凪は、うちより年下なん?うちのこと姉上さまって、読んでもかまへんよ」


 誇らしげに、お姉さんぶる彼女も、また可愛かった。しかしそれだけは絶対に断る。僕よりも、背丈が低くて幼く見える彼女を、どう見ても年上には思えなかった。


「惚気け話は、そこまでだ!」


 紫紀さんが、二人の仲睦まじい姿に、呆れ返っていた。僕と桜は顔を見合わせ、恥ずかしそうに頬を赤らめ、そっぽを向いた。



 夜更けすぎには取り調べが終わり、大吾さんが僕の身元引受け人として、迎えに来てくれてた。 


「桜さんには悪いんだが、所属がまだ、サーカス団にあるうちは、このまま彼と一緒に帰すわけにはいかない。もう少しだけ、ここに拘束させてもらうよ。あといろいろと諸事情も聞きたいからね」


「はぃ……」


 彼女は、僕との別れが寂しいのか、さっきまでの覇気がなくなっていた。彼女は、名目上サーカス団に所属している。それを僕の勝手で、連れ回すことは誘拐犯と同じだ。


「大丈夫だよ。また会いに来るからさ」

「ほんまに?絶対やよ」 


 僕は寂しがる桜の頭を優しく撫でてあげた。すると彼女は、ムスッとした顔をして、手を払い除けた。


「もぅ頭撫でんといてよ。なんか子供扱いされとるみたいやんか!」


 僕より年上でも、どうしても幼く見える彼女を、子供扱いしてしまう。


「ごめん、ごめん……それじゃ、またね」

「うん……」


 僕は、桜に大きく手を振り、笑顔で別れた。その後、紫紀さんに、ご迷惑をかけたことを謝罪の意味も込めて、一礼をして帰ることにした。


 その帰り道、寂しそうな表情をしている僕を、大吾さんが見かねて、肩を組んで励ましてくれた。 


「おまえも大変だったなぁ!」


「すみません……ご迷惑おかけました。それより咲依ちゃんは、大丈夫ですか?じいちゃんが亡くなり、悲しんでいるんじゃないですか?」


「そのことなんだがなぁ、お嬢は昼前ブースに弁当を持って来たあとから、行方が分からなくなってしまったんだ。今、店の者達に、探してもらっている最中だ!」


「なんだって……僕も探してきます」

「おまえは、ダメだ!」


 大吾さんは、僕が疲れ果てていることに気づき、みんなと一緒に咲依ちゃんを探すのをやめるように説得してきた。


「どうしてダメなんですか?」


「おまえは、精神的にまいっているだろう。咲依ちゃんは俺達で探す。おまえはうちに帰って寝ろ!」


 大吾さんに諭された僕は、とぼとぼと家路についた。その頃、咲依ちゃんが会場に作られた異次元空間の一室で、もがき苦しみ激痛に耐えていたことを、誰も知るよしはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 まだ夜も開けきらぬ朝方、鳥達のさえずりさえも聞こえてはこない。


 勾玉工房の炉に火が灯っていた。小さな玉が、火の粉を撒き散らして紅く燃え上がっていた。


その玉を急激に冷やして器となる珠を作り出す。さらに言霊を使い精霊を呼び起こし、素材の息吹を霊気に変え、珠の器に封じ込めることで勾玉となる。


 ようやく黄色みがかった勾玉を完成させた。それを朝日で透かして見る。高品質の完成度で、珠は仕上がっていた。


「うん、とてもいい出来だ!」


 僕は大吾さんから、早く寝ろと言われ眠りに就こうとしていたが、どうしても眠れない。そこで玉作りに専念して気を紛らすことにしてした。


「狐凪!こんな朝早くから工房で何している?おまえには寝ろと言ったはずだが……」


「すみません。少しは寝ましたから、もう平気です」


「嘘を言え、おまえはまだ ”疲れている” と言った顔をしているぞ……」


 確かに、ほとんど寝てはいないので、嘘と言えば嘘になる。それでも咲依ちゃんのことが気がかりで眠れない。


「僕のことよりも、咲依ちゃんは見つかりましたか?」


「…………」


 大吾さんは深刻な表情で黙ったまま、首を横に振った。その様子に不安を抱き、僕も探しに出かけようとした。


「まぁ待て!まだ若い衆が、まだ捜索を続けてくれている。もう少し捜索範囲を拡げて探してみる。だからおまえはうちで休んでおけ」


「わかりました。咲依ちゃんのことよろしくお願いします」

「任せておけ。必ず無事に見つけ出してやる」 


 大吾さんは、無理やり笑顔を浮かべ、僕を安心させようとしていた。しかし、その背中には彼の心情が滲み出ていて、なんとも切なかった。


「なんかお腹空いて来たので、ご飯食べてきます」

「おぉ、そうか!しっかり食べて来いよ」



 大吾さんが頭を抱え、深いため息を吐いた。その時、ふと僕が使っていた工房の様子を眺めていた。


――なんだ!これは……確かにあいつの腕はいいんだが、整理整頓がなぁ。どうしたら工房が、こんなにぐちゃぐちゃに散らるんだ。


「今度一回お仕置してやるか!」 

 嘆きながらも、散らかる工房を片付け始めた。その時、大吾の手が止まった。


「これは……?」

 今度の妖魔博覧会で出品する品物の設計図であった。じいちゃんが最後に残してくれた形見と言っても過言ではない品物だ! 


――あいつ、こんな物を見て、どうするつもりなんだ?


「おぃ、狐凪!」

 食堂に向うが、そこに姿はなかった。なにも置かれていないテーブルと閑散とした空気の中、白い粉だけが宙を舞っていた。


「やられた……どこへ行きやがったんだ!あのアホが……まさか、いや有り得る話しだ」


 大吾さんは、急いで羽織に着ると、すぐに家を飛び出して行った。


 

 








 

 

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