第7話 慚夢の悲劇

 黒い狛狐は、無惨にも粉々に砕けてしまった。粉となった石像が風に舞う。追っ手は、その粉をギュッと握り、勝利の確信に酔いしれていた。


「ふっふっハハッ……!あとは、あいつを締め上げて、珠の在処を……」


 だが……舞い散る狛狐の粉から、邪悪な霊気が溢れ出す。いくつもの粉が塊となり、複数の小さな狐火が生まれた。その炎が追っ手の周りを取り囲む。


「んっ!なんだ、これは?うわぁぁぁ……」 


 小さかった狐火が、やがて勢いを増し、黒い灼熱の業火と化して、激しく身を焦がす。彼女は、熱さのあまり竜巻を起こして、炎をかき消した。


「あの野郎、手こずらせやがって......やっとこの身体を、手に入れた身体だぜ。これから楽しませて、もらわないとなぁ」


 御堂の影から、足音が近づいてくる。とてつもない霊気が、人在らざる気配を感じさせていた。 


 追っ手の腕が震え、足が竦んで動けない。死の感覚に恐怖していた。


「ハハハッ……この私が、あんな奴を恐れるだと……ありえない。絶対に、ありえないことだ!」 


 御堂の薄暗い部屋の中から出てきたのは、先程まで死にぞこないの人族ではない。容姿は、そのままだが、額には鋭い角が、一本生えていた。 


「お遊びの時間は、これからだ!」


 御堂の階段を、ゆっくりと降りてくる。真っ黒な闇の霊気は、見るもの全てを絶望のどん底へと突き落とす。死を覚悟した追っ手に、退路はなかった。


「さぁ、楽しもうじゃないか、絶望が織り成す、死の鎮魂歌で舞い踊れ......」


 激しい連打の嵐によって、追っ手の身体が宙に舞い、恐怖の断末魔が響き渡る。追っ手には、反撃の余地すら与えられず、なすがままに痛めつけられてゆく。


 追っ手は、たまらず口笛を吹いた。木々のざわめきとともに、山の向こうから黒い霧が現れた。


 その正体は黒い雀の群れであった。雀達が、僕に向かい体当たりで、突っ込んでくる。いわゆるバードストライクというものだ!


「なんだ、これは!えぇい、めんどうだ」


 襲いくる無数の雀を、狐火で焼き払った。気がつくと、追っ手の姿が消え、霊気すらも感じられなくなっていた。


 あれほど騒がしいかった境内が、今は嘘のように静まり返り、ただ降り続く雨音だけが聞こえていた。僕は傷つついた手を、恨めしそうに眺め、情けないため息を吐いた。


「やはり人族の肉体では、これが限界か……」



 雨宿りと傷ついた身体を癒すため、御堂の軒下へと戻った。びしょ濡れになりながらも、自分の傷ついた身体を癒すために、手のひらから、薬を取り出し口に含んだ。痛々しいかった傷が、全て回復した。


「やっぱり、おまえの薬は、よく効くなぁ……」

『そうでしょうとも、わっちの薬は世界一なまし』


「あと、こいつに帝様みかどさまの加護も、付与しておいてやらないとなぁ、薬師それも頼む……」

『はいな……』

 また手のひらから湧き出てきた、少し大きめの丸薬を、パクりと口に入れ、眉を細めて渋そうな顔を見せた。


「ん?なんだ、これ……かなり苦いなぁ」


『そうでしょうね。抗体のない体に、投与するのだから、かなり苦いなましよ。あとその薬には、眠気を誘う副作用があるなまし!気をつけて飲むなましよ』


「それを……早く……言え…よ」

 僕は、軒先でバタンと倒れ、そのまま深い眠りについてしまった。


 その時、突然の雷雨が訪れた。雨は強くなり、雷鳴が轟いていた。そして僕の首飾りについていた、八つの黄色い珠のうち、二つの珠にヒビが入っていたことを、後々気づくのであった。


 ◇ ◇ ◇


 妖魔博覧会会場、運営事務局のとある一室に、明かりもつけず暗い部屋で、あの男がポケットから取り出したものを、不機嫌そうな顔をしながら、睨みつけていた。


 突然、雷鳴が轟き、部屋が一瞬明るくなると、男の顔にほんのりと笑みが浮かんだ。


その時、彼は何かを閃いたようだった。そしてポケットに、それを収めた。


 窓の外は、かなり酷い豪雨となっていた。



 私の名は、東雲 暁闇しののめ きょうあんこの妖魔博覧会にて運営責任者を務めているの幹部である。しかしそれは仮の姿。


私は、ある妖の君主様としてお仕えている。私は君主様に召喚され、仮初めの器に思念体を注いでもらい、半ば傀儡のような扱いを受けていた。


 私は君主様の命を受け、この地を制圧する目的で、この國にやってきた。


 しかしその君主様も、今は床に伏せっておられる。今ならば我が願いを遂行できる。そのために、あの者をここに引き寄せたのだ……



その時、部屋のドアをノックする音がした。


「どうぞ!お入りください」

「失礼します。東雲様、百挺のライフル銃の調達は完了致しました」


 その瞬間、暗雲から稲光が走り、光がその者の素顔を照らし出した。


それは花魁の和服を着崩していた、あの女性であった。今は、運営の白いスーツに袖を通し、偽装していた。 


「それは良かったです。ご苦労さまでした。愛巳さん。いや、真幌さんとお呼びした方がよろしいですか?」 


「意のままに……」


 彼女は過去の古傷に触れられ、痛々しい顔をしながらも、すぐに平常心を取り戻し、淡々と話を進めていった。 


「それと物資の中に、大きなコンテナも混ざっていて、今確認中です」


「あぁ、それなら……何も問題ありません。私が発注をかけた品です。そのまま一緒に運んで置いてください」


「わかりました」


 彼は、四六時中にこやかな表情で、対応していた。そしてポケットから赤い勾玉を取り出した。


それはまるで子供が、新しい玩具を手に入れたような、純粋な眼差しで眺めていた。


「どうです?この色と艶とても上品な物でしょう」 


 東雲は、それを彼女に手渡して見せた。それは源蔵が肌身離さず、身につけていた首飾りについていた勾玉であった。


「これは?」 


「月の石だそうです。見ていて惚れ惚れしてしまいそうですね。これは、目的のものとは違っていたのですが、面白そうなので最後のアトラクションで、使うことに致しましょう」


 真幌は、その勾玉を受け取り、とてつもない霊気を放つ勾玉に、身の毛がよだち恐怖を感じていた。


 彼女はすぐに、その勾玉を東雲に返すことにした。


「本当に、美しいですね。まるで大きな術でも、使えそうなくらいの、霊気が込められていそうですね」


 それを聞いた東雲が、嫌らしい笑いを浮かべた。 


「そうなんですよ。本来ならば、あのコンテナは別の形で、運用する予定でしたが、この勾玉のおかげでいい案が浮かびましたよ。あなたには、御足労かけましたね」


「いえ、とんでもないです」


 東雲は勾玉を、大きなデスクの引き出しに入れ、施錠をかけて大切にしまった。


そして激しい雨が降る外の景色を眺めていた。どうやら帰りの遅い夜雀を気にしていたらしい。 


「やっと帰ってきたようですね」


 東雲が窓を開けると雨と共に、室内へ黒い雀の群れが舞い込んで来た。黒い雀は、やがて夜雀へと姿を変えていた。


 窓辺に立つ、彼女は雨でずぶ濡れになりながらも、壁に寄りかかり傷ついた体を、抱き抱えていた。


「首尾は、どうでしたか?」


「申し訳……」

 すると突然、東雲の顔色が変わり、言葉を言い終わる前に、彼は激しく彼女を殴り、床に叩きつけた。


 その痛みと恐怖で、彼女は声を失い、東雲は彼女を睨みつけ、殺意に似た怒りをぶつけていた。


「言い訳など、聞きたくはありませんよ。私が、聞きたいのは、成果の報告だけです」


 酷く怯えて、ひれ伏す夜雀の髪を掴み、引き上げた。目線を合わすと、凍てつくほどに、冷たい視線が突きつけられる。


 夜雀は、死の恐怖を感じて、頭を床に擦りつけて、謝罪を繰り返し続けた。


「もっ、申し訳ございません。次こそは必ず、成果をお持ちします。うぐっ……」


 地べたに擦り付くほど、低く着けた頭を、彼の白い革靴が踏みにじる。まるで火のついたタバコを、揉み消すかのような扱いであった。


「仕方ありませんね……ですが、次はありませんからね!」


「……はい」


 彼女の言葉に耳を傾けながら、彼は静かにうなずいた。その瞬間、彼女の目に涙が光った。彼女の顔には悲しみが満ちていて、まるで絶望の色が浮かんでいるかのようであった。


「それでは、次の仕事は……そうですね。真幌さんに同行してもらえますか?」


「えっ!」  

 夜雀は、東雲に取り入り幹部の座に、のし上がろうと虎視眈々と、その機会を伺っていた。


 そんな彼女にとって、真幌の存在は邪魔そのものであった。同盟を結ぶなど、有り得ないことであった。 


「なにかご不満でも……?」


「いえ、そんなことは……ありません」


 東雲に対して、意見する権利などあるはずもなく、従う他に方法はなかった。彼は、またケロりと機嫌を直し、にこやかな笑顔を取り戻していた。


「それでは真幌さん、次のお仕事ですよ。ある者から、勾玉を回収して来てください。詳細については、夜雀さんから聞いてください」


「勾玉ですか?わかりました」


「はい。私は、少しばかり所用が出来ましたので、そちらに向かいます」


「わかりました。それでは失礼致します」 


 真幌は、仕事を粉し終えたかのように、淡々とドアを出て行った。夜雀も一礼をして、夜霧に紛れて消えた。


 東雲は、今後の成り行きに想いを馳せつつ、嵐のような豪雨を、嬉しそうな笑顔で眺めていた。

 


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