第6話 勾玉の記憶

 上空から、複数の黒い羽根が、舞い降りてくる。見上げると、そこには制空権を制した覇者のような振る舞いをする追っ手が、我がもの顔で僕を見下ろしていた。


 追っ手は、ゆっくりと神社の参道へと降り立った。


「強力な霊力を扱う勾玉を、おまえが持っていると聞いた?どこだ。どこにある?」

「そんなものは知らない」


 横暴な物言いで、突拍子もないことを問い詰めてくる。一体こいつは、なんなんだ?


「それよりも、じいちゃんを殺して、勾玉を奪った犯人は、おまえか?」


「あぁ……そうだな!あのじじぃは、私が狩ってやった。だが欲しいまがたまは、あれじゃない。どこだ?どこに隠した?」


 なにを言っているんだ。こいつは……そんな勾玉の存在すら知らないぞ。それよりも、こいつが犯人だと言うことはわかった!


 許せない、許さない、許せない……頭に血が上り、怒りに我を忘れる自分が、そこにいた。仇であるこいつを、どうやって殺すかだ。


 ただ、それだけを考えながら、痛めた足を引きずり、地を這うように後ずさりした。僕の足から流れた血が、参道の石畳を真っ赤に染めあげてゆく。


――チャンスは一度切り!追っ手が、狛狐を通り抜けるその瞬間を狙うんだ!僕は、黄色い勾玉を使って狛狐を操り、追っ手に攻撃を仕掛けようと企んでいた。 


 徐々に近づく追っ手が、参道の両端に置かれた狛狐の間を通過した。今だ……!


「ちゃんと動いてくれよ……」 


 徐々に迫り来る恐怖に怯えながら、黄色い勾玉に祈る想いを込めて掲げた。


 すると勾玉が、音をたてて転がり落ちた。右肩に激痛と痺れるような稲妻が流れた。この痛みは?驚きながら肩に触れてみた。


「なんだ……これは?」


 そこには黒髪のような長い針のようなものが刺さっていた。腕が痺れるのは、これに塗られた毒のせいか?


――こんな奥の手を持っていたのか……


「まさか私の攻撃は、羽根だけだとでも、思っていたのかい?」 


 追っ手は、弱者の僕を見下すよな不敵な笑を浮かべ、眺めていた。


 突然雲が太陽を覆い隠し始め、光が消えていく。僕は絶望感に包まれながら、御堂の中に逃げるように、後ずさりしてゆく。 


「獲物を追い詰むのに、手のうち全てを見せるバカはいないだろう」


 今度は、標的を狩る勢いで、真っ黒に染められたカランビットナイフを抜き、ぐるりと回して舐めた。歩を進め襲いかかろうとした時だった。落とした勾玉を、彼女が踏み砕いた。


 砕けた瞬間、台座に置かれた狛狐の目が赤く光り、荒れ狂ったように暴れ出した。


 思惑とは違ったが、上手い具合に力を発揮してくれた。二体の狛狐が同時に、追っ手に襲いかかった。


 追っ手も一瞬驚いた様子だったが、一体を空高く蹴り舞い上げると、もう一体を僕と共に扉を破り、御堂の中へと蹴り入れた。


 僕は、そのまま御堂の中で、ぐったりと気を失ってしまっていた。激痛にうなされながらも生死の境をさまよった。その時、走馬灯のような夢が駆け抜けた。


 ◇ ◇ ◇


 幼少期の頃、じいちゃんは孫娘が欲しかったようで、僕は赤い着物におカッパ頭で育てられた。


 ある日のこと、僕は、じいちゃんから必死になって逃げていた。しかし幼かった僕は、庭へと飛び出た瞬間に捕まってしまった。


「ヨシ!捕まえたぞぃ。そんなに暴れるでないわ」


「絶対に嫌だからね……そんなもの絶対に、つけないからね……」

「なにが嫌なんじゃ!こんなに、かわいいのに……」


 じいちゃんの手には、かわいい勾玉の首飾りが持たれていた。


 首飾りには、真ん中には、緑色の大きな勾玉があり、左右に八つの黄色い珠が、四つに分けて飾られていた。それを七色の糸で織られた、組紐に通されていた。


「やだよ!僕は女の子じゃなくて、男の子なんだから!かわいいものなんか、つけたくないよ」


「狐凪よ……よぉく聞くのじゃ!この首飾りは、ただの首飾りではない。おまえのことを護ってくれる。大切なお守りなのじゃ!」


「そうなの?」


「そうじゃ!じゃがのぅ、悪しき心で使えば、邪悪なものに染まってしまう。だから気をつけるんじゃぞ……」 


 そのあと無理やりに、つけられたことを覚えている。反抗期だったこともあり、それが、とてもいやな思い出だった。。。


 ◇ ◇ ◇


 意識を取り戻した僕の前には、目を真っ赤に染めた、黒い狛狐が鎮座していた。さらに憐れむような顔をして、こちらを見ている。


『なぜ?そこまで感情的な怒りを燃やす……俺は、あのジジイがキライだ!』


 石像を操る霊術に、このような感情を組込む術式など、施してはいない。これは、勾玉の欠損が引き起こした、不具合なのだろうか?


 毒のせいか、頭が上手く回らない。思考が停止したまま、意識が朦朧とする。 


「どうして……そんなことを言うんだ?」

『あのジジイが、俺達を封じ込めた、張本人だからだ。おい!おまえ、この俺様と取引しないか?』


「取り引き……どういうこと?」


『貴様の身体を俺に捧げろ。そうすれば、あの妖の討伐を行ってやる。どうだ?悪い話じゃないだろう。って…………おぃ!』


 朦朧とした意識の中、ぐったりと眠りについてしまった。



 するともう一体、白い狛狐の首が刈り取られ、僕達がいる御堂の中に投げ入れた。


 御堂の入口には、追っ手が仁王立ちで、ニタりと笑い立っていた。


「くだらん、芸当だな!」 

『ごめん!あっしは薬師だから、戦闘には不向きなまし……』


『おまえも、もっと頭を使え!そこの死に損ないを、治療していろ!』


『もう、頭って……強引なましね』 


 中にいた黒い狛狐は、頭だけになった白い狛狐を蹴り飛ばし、僕の頭をかじらせた。

『ガブッ』


 黒い狛狐は、追っ手に頭突きを食らわせ、御堂の外へと飛び出て行った。


 僕は、頭をかじられたまま、べろべろに舐められていた。それがとても心地よかった。


べっとりとした湿感とヌメりとした感覚は、母に抱かれているような懐かしい感じがして……安らぎと癒しに満ちていた。


気がつくと身体の傷が、徐々に癒えてゆくのがわかった。


 目が覚めると、さっきまでそこにいた白い狛狐であろう石像が、粉々に砕け散らばっていた。

 


 太陽を雲が遮り、暗く沈んだ空になると、ぽつりぽつりと小さな雨粒が、こぼれ落ちてきた。 


 腹部を頭突かれた追っ手は、狛狐が置かれていた台座まで吹き飛ばされ、激痛で血反吐を参道に吐き散らしていた。


「グハッ……」

 力の抜けた両膝が、参道に膝まづいていた。そして見上げると、そこには黒い狛狐の冷たい視線で見下されていた。殺気に満ちた霊気が、追っ手の心に突き刺さってゆく。 


 白い狛狐の身体は、ズタズタに切り刻まれた無惨な姿で投げ捨てられていた。その白い狛狐の残骸を見た、黒い狛狐はため息を吐いた。


『やってくれたなぁ……この妖がァ!』


 追っ手は、腹の激痛に堪えつつ、恐怖にひるむことなくナイフを構え襲いかかった。


 黒い狛狐も、牙をむき出しにして反撃する。双方の実力は、ほぼ互角であった。だが、しかし……


だが追っ手の直感が、あれも狩れる!と告げていた。


 その直感通り、ジリジリと押され始め、徐々に両手両足が切り刻まれてゆく。


――ダメだ!この身体じゃ思い通りに動かねぇ。 


 境内の木々がざわめき、北風が嵐の如く吹き荒れた。黒い狛狐が、全霊気を放出した。しかし霊気量に、身体の強度が耐えきれず、表皮が剥がれ落ち、ヒビ割れまでも起こし始めた。


 一瞬姿を消した黒い狛狐が、追っ手の背後に回り込み、首を噛み切ろうと口を大きく広げた。


 突然、風に乗って羽根の刃が舞い上がり、竜巻を起こし、黒い狛狐を巻き上げてゆく。追っ手が勝利を確信した瞬間であった。


 巻き上げられた黒い狛狐は、雨雲を貫き、天高く舞い上がったのち、地上に叩きつけられた。


 拡散していた雨雲も、また集結してゆく。それは追っ手の勝利を、喜ぶかのような大粒の雨が、神社を濡らしていた。


 しかし黒い狛狐には、まだ勝算が残されていた。ニタりと笑って砕け散った。


この笑いが追っ手を、さらなる地獄のどん底へと誘うことになろうとは、 この時誰も知るよしはなかった。

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