第5話 花魁女性と謎の追っ手
この世界において勾玉は、日用品から軍需産業まで、幅広く活用されている重要な産物であった。
五つの属性が取り込まれた霊力を、術式に変換することで、誰でも特殊な能力を扱うことが出来た。
五属性には火、水、風、土、雷があり、稀に光と闇の属性も存在する。
あの霊気機関車や邏察隊無線機も、勾玉の能力を使っている。たとえば霊気機関車は、水と火の属性の力を動力源にして動いている。
また邏察隊無線は雷の属性を、電波に変換して使用しているなど、勾玉の恩恵を受けた産物と言えよう。
それとは別に、強力な呪いの秘術が存在した。特殊な手法を使い、妖自体を勾玉の中に封じ込め、妖が持つ能力を自在に操ることができる勾玉があると言う話だ。
◇ ◇ ◇
僕は家の裏口に周ると、大きな柳の木が植えてあった。うちのじいちゃんは、過保護が過ぎたため、門限と言うものが存在した。
そうあれは、今から二年前のことである。世界初の人口衛生ロケットが、この國から打ち上げられることになった。
僕は単身で、それを見に行ったあと、あろうことか迷子になり、帰りの時刻が午前様となっていた。
「狐凪のやつは、まだ帰らんのか……」
じいちゃんは怒りながら、眠ることなく、僕の帰りを待っていてくれた。
このまま普通に戻れば、怒られることは、確実であった。そこで僕は、とっておきの秘策を使い、部屋に戻ることにした。
結局僕の部屋で、明かりもつけずに待っていた、じいちゃんにこっぴどく怒られたという、黒歴史が残っていた。
◇ ◇ ◇
もうあの時のように、怒ってくれるじいちゃんは、この世にもういない。
僕は、その時の方法を使って、忍び込もうとした。垣根の下を掘り続けると……あった!まだ残っていた。
それは水と土の二属性を併せ持つ勾玉で、植物の成長を、自在に操ることができるものであった。
勾玉に手をあて、言霊を念じ始めると柳の枝が、どんどん伸び、長い猿梯子へと姿を変えた。
僕は、部屋の窓に猿梯子を掛けて、簡単に中に入ることができた。自分で言うのもなんだが、僕の部屋は汚すぎる。もう少し片付けた方がいいと思う。
まずは一反木綿の布で作られた、魔法の鞄を引っ張り出してきた。これは見た目以上のものが、難なく詰め込めて、重量までもが軽くなるという優れものの鞄である。
とにかく鞄の中に、使えそうな物を、かき集めて入れた。
最後に、僕とじいちゃんと咲依ちゃんの三人が写っている、思い出の家族写真を鞄に詰めた。
「おぃ!誰かいるのか?」
不審な物音に、気づいた邏察隊員が、二階へと上がってきた。まずい、このままじゃ見つかってしまう。
「おまえは……」
見つかった、そう思った瞬間、真っ白な霧に包まれた。乱雑に置かれた物の中に、霧を発生させる勾玉が、たまたま転がっていたのだ。それを知らずに踏み潰していた。
「なんだ、この煙は……おいコラ!逃げるな」
僕はここに来る時、使った猿梯子を使い、下に降りようとした。しかし他の邏察隊員が家の周りを包囲して、待ち構えていた。
僕は鞄の中から、爆竹を取り出し、火をつけて放った。邏察隊が、驚きながら逃げ惑っていた。その隙をついて、街の中へと消え去った。
「おい、待ちなさい。話があるんだ」
邏察隊員の声さえも届かないくらい、一心不乱に逃げ続けた。息が荒くなり、もう走れないと思った瞬間、また背後に邏察隊の姿をみた。
まずいと思い、さらに逃げ出す。逃げれば逃げるほど追いかけてくる。そんな気がしてならなかった。
「いたぞ……あそこだ」
背後から響く邏察隊の
僕は人目を避けるため、狭い路地へと逃げ込んだ。だが、足音が段々と近づいき、大きくなってきた。
もうダメだ!と思った瞬間、大きな布が僕に覆い被さり、暗くて狭い闇の世界が広かった。
しかも目の前には、大きな二つの肉まんが押し当てられ、とても息苦しく、眼鏡が潰される。しかしそれは、ふっくらと暖かく、気持ちのいいものでもあった。
「ん?あれっ……!」
『シーッ、大人しくなさい』
なにが起こったのか、まったくわけが分からなかったが、これだけはわかる。その肉まんの正体は、女性の豊満な胸であったことを……
僕の顔は真っ赤で、眼鏡も真っ白に曇り、心臓が高鳴ってしまうほどであった。
「こっちに逃げたと、思ったんだがなぁ……」
邏察隊が、僕を探しているのだろうか?その声から、必死な様子が伝わってきた。
「仕方ない。あっちを探してみよう」
「あぁ……」
徐々に、彼らの足音が小さくなって行った。どうやら助かったようだ。
「そろそろ、いいわね」
大きな布を取り払うと、一人の女性が立っていた。その女性は、今朝ぶつかった花魁女性だった。
彼女は、光学迷彩の細工が施された布を、小さく折りたたみ懐に収めた。
「あっ!助けてくれて、ありがとうございました」
「えっ……あぁ、いいのよ。助かったのは、私の方だから……」
「…………?」
その時、彼女が目を逸らしながら、気まずそうに微笑んでいたことが、とても印象的だった。
「あら、あなた……よく見たら、今朝のお嬢ちゃんじゃない」
「お嬢ちゃんは、酷いです。僕、こう見えても男の子なんですよ。速玉 狐凪と言います。狐凪と呼んでください」
「あら、そうだったの?ごめんなさいね。私は黒岩
黒岩愛巳と名乗る、この女性に、どこか引っかかるところがあった。しかしそれがなんなのかは、よく分からなかった。
「愛巳さんは、いつも忙しそうに走り回ってるみたいですけど。どんなお仕事をしているのですか?」
「そんな大人の事情に、首を突っ込むものじゃないわよ。大変なことが、起こるかもしれないからね」
大変なことって……一体なにが起こるって言うんだ?でも、他人のプライベートに、あまり深入りするのは、よくないことだ。気にしないでおこう。
彼女は、懐から取り出した懐中時計を見て、なにかを思い出したように驚いていた。
「あら、もうこんな時間?そろそろお
彼女はまた急いで、街の中へと消えて行った。残された僕は、これからどうするか迷っていた。
そういえば邏察隊の無線で『……容疑者が、複数目撃されているもようです』そう言っていた。
それは僕以外にも、誰か犯人がいるということだ。運営の白いスーツの男だろうか?それでも、まだ情報が足りない。
とにかく今は、もっと情報を集めよう。そう思っていた矢先に、また気分が悪くなてきた。さらに殺気に満ちた気配が、背後から近づいてくる。
この気配は、資材置き場で感じた感覚に近い、次は僕を狙っているのか?
目的は口封じだろうか?それとも、僕を真犯人に仕立てて殺すつもりなのだろうか?どちらにせよ。とても気持ちが悪いし、ここで目立つわけにもいかない。
そこで僕の狙う追っ手を、町外れの山裾に奉納されている、稲荷神社へと誘い込むことにした。
その神社は、僕が赤子のころに捨てられていた神社で、よくイタズラをして遊んでいた場所であった。
『見つけた……』
鋭い視線が、背後から襲いかかってきた。まずい追いつかれる。取り出した勾玉を地面に投げつけた。
一瞬の光りが
追っ手は、眉をひそめながら舌打ちした。そしてクナイのような物を投げつけてきた。
運悪くクナイが、左足を掠めてゆく。焼けるような熱さと激痛が、足を襲って速度が落ちる。もう少しだ!もう少しで神社に辿り着ける。
そこまで行けば、なんとかなる。しかしその前に捕まってしまう。僕は、神社手前のある茂みの中に飛び込んだ。
僕を追い立てるように、茂みの中までクナイが襲ってくる。だが手前でクナイが弾かれる。この神社には、簡易の防御結界が張られていた。
――焦った……死ぬかと思った……
この結界は子供の頃に、僕が仕掛けた防御結界であった。じいちゃんが、作っていた物を見よう見まねで作りあげ、それを使って遊んでいたのだ。
「なに!……忌々しいやつだ」
さらに茂みを抜けると、石垣がそびえ立っていた。その上に神社が建てられていた。だが、この怪我では、ここを登ることはできない。後ろには、追っ手が、迫って来ている。
地面に手をあて、言霊を込めた。大地が緑色に輝き竜巻が起こすと、僕の身体を宙に舞い浮かせた。
神社の境内は、もうすぐそこだ!上手く境内に着地できた。
僕は急いで、参道にある狛狐の石像を、目出して歩み寄る。そして狛狐の鼻先にそっと触れると黄色く光った。
それに呼応するように、僕の首に掛けられていた首飾りの珠も、鈍い光を灯し始めた。
ちょこまかと逃げる僕に、苦戦を強いられた追っ手は、苛立ちを隠せずにいた。
追っ手は、上空からクナイを飛ばしてきた。僕は一瞬驚くが、すぐに身をかわして危機を脱した。
しかしこの技しかないのか、というほど単調な攻撃ばかり行ってくる。
階段に仕掛けた、泥沼や滑り台などの罠は、飛んで追いかけてくる追っ手には効かない。
なら、これならどうだ?地面を手をあて言霊を込め始める。茂みの中から投石が放たれた。茂みに隠れていた時に、仕込んでおいたものを放ってみた。
しかし追っ手は、投石を難なくかわして、クナイを波状攻撃で撃ち込んできた。
――何度も同じ手は食わないよ!
放たれたクナイが、境内に突き刺さってゆくのが見えた。そう……これは資材置き場で見つけた。あの黒い羽根であった。
――じいちゃんを殺した犯人は、お前か……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます