第4話 邏察隊
神、妖、人様々な種族が存在するこの世界では、異種族のいざこざが、絶え間なく行われていた。
各國では、治安と秩序の維持を目的とした組織が存在した。ここ虎白共和國にも、邏察隊という名の警備組織が存在し、不穏分子鎮圧に務めていた。
◇ ◇ ◇
広報活動を終えた殲獄堂サーカス団の隊列が、荷馬車を連れて戻ってきた。
鍵が外され、檻の中から桜が降りてきた。目の前には、怒り狂った団長が待ち構え、彼女を見るなり、怒鳴り散らした。
「おい!おまえ、あの小僧はなんだ?どういう関係だ!」
「別に……なにも……」
言葉少なに、団長と目も合わそうともせず、宿舎となっているゲルのテントへ戻ろうとしていた。
その態度が気に入らず、グッと後ろ髪を掴み、荷馬車の車輪に叩きつけた。
「なにもないだと。あんなに楽しそうに話をしていたではないか……」
彼女が苦痛で顔を歪め、小さく体を竦ませて身構える姿に、彼は自分の感情を抑えきれなくなった。
桜に、複数の蹴りを入れ、鬱憤を当たり散らしていた。
「暴力は、いけませんね」
邏察隊の声に驚いた団長が、急に足をピタりと止めた。桜が見上げると、あの団長が、恐怖に青ざめて硬直しているように見えた。
そこには複数の邏察隊と、案内役の白いスーツを着た男が立っていた。
「すみません。この者には私から、きっちりと言い聞かせておきますので……」
「よろしくお願いしますよ」
「もちろんですとも……」
白いスーツの男は、一見すると優しそうな笑顔をした二十代後半で、今回のイベントを取り仕切る運営責任者の役員であった。
「困りますね……街へ出て揉め事を起こして帰ってこられては……イベントを台無しにするおつもりですか?」
街中での騒ぎが、運営に苦情として上げられており、邏察隊が警告を兼ねた視察に来ていたのだ。
「申し訳ごさいませんでした。今後トラブルは起こさないように注意しますので、今回ばかりは穏便にお願いします」
団長に、さっきまでの勢いはなくスーツ男に謝罪して、その場を穏便に凌いでいた。
「わかりました。今回だけは、上に報告せずにおきましょう。今回だけは……ね」
スーツの男は、にこやかな笑顔で笑い、悠長に肩についた埃をハンカチで払い、チラりと彼女を眺めてお辞儀をした。
しかし、にこやかな瞳の奥に渦巻く、恐怖に似た威圧感が、桜の背筋を凍りつかせた。
「おや?この子は、見かけない子ですね。新入りですか?」
「ハイ!最近うちに入った看板娘にございます」
団長は、そそくさと桜に"早く行け"と合図を送り、隠すようにゲルへと追いやった。
スーツの男は、もう少し彼女に話を聞きたそうな様子であったが残念そうな顔をして、次の訪問先へと邏察隊員を案内して行った。
男達が、見えなくなると団長の怒りが、またじわじわと込み上げてきた。
「偉そうにしやがって、忌々しい奴らだ!えぇいクソ……」
怒りの矛先を荷馬車の車輪に向けて、足元にあった石ころを蹴り飛ばした。しかしその石は運悪く跳ね返り、団長のおでこに命中した。
「痛てぇ……」
スーツの男は、次の目的地へ案内する際も、桜のことが気にかかり、ゲルに入る姿を目で追っていた。
◇ ◇ ◇
会場を後にした僕は、近くにある川へと向かった。いつもは人気の少ない川なのだが、妖魔博覧会が近いせいだろうか?やたらと巡回中の邏察隊が目に入った。
誰も来ない間に、血塗られた顔を洗うことにした。その水はとても冷たかった。しかし混乱した意識が、スッキリと清められる感覚を感じていた。
突然現れた一匹の黒猫が、河川敷に生えた小さな木の下に座り込んだ。彼は、鉄橋を見つめながら、静かにその景色を楽しんでいた。
その光景を、ぼんやりと眺め、黒猫相手に愚痴をこぼし始めた。
「ねぇ聞いてよ。いきなり、じいちゃんが殺されてさぁ、下手をすれば僕が犯人になりそうで……もう、どうすればいいのか、分からないよ」
黒猫に愚痴をこぼしても、聞いているのか?いないのか、分からない様子で、他人事のように僕を眺めては、後ろ足で頭を掻いていた。
遠くから汽笛の音が聞こえてきた。それは川に架かる鉄橋を通過する、霊気機関車の音色に違いなかった。
「すげぇ!霊気機関車だぁ。僕も、いつかはあの列車に乗って旅がしてみたいなぁ……」
霊気機関車を見たことで、僕の心にもほんの少しだけ、ゆとりができた。気づけば、一緒に眺めていた黒猫も姿を消していた。
そろそろ僕も行こう、とした時だった。
「キミキミ、こんなところでなにをしているだ?」
後ろから職務質問のような感じの声が、聞こえてきた。振り向くと、そこには邏察隊の制服をきた白犬の妖が立っていた。
彼は犬神族の
「ん?なんだ、雲玉堂の狐凪君じゃないか?こんなところでどうしたんだい?」
「じいちゃんに頼まれて、ここの石を取りに来たんです」
僕は、加害者にされることを恐れ、咄嗟に嘘をついて誤魔化した。
「確かに、ここにある精霊石は、豊富な霊気が詰まっているからね。いいものが見つかるといいな!」
「柴紀さんこそ、こんなところをパトロールするなんて珍しいですね」
「もうすぐ妖魔博覧会が開催されるからね。そのために、警戒体制を強化しているのさ」
その時、柴紀さんが持つ邏察隊無線に、緊急無線が入った。
『こちら邏察隊本部。緊急事態の通報を受けました。妖魔博覧会会場内にて、殺人事件が発生。容疑者が、複数目撃されているもようです』
「了解した。すぐに現場に急行する」
『了解。速やかな対応をお願いします。状況に変化があれば、随時報告をお願いします』
「了解した」
報告を受けた柴紀さんの表情が険しくなった。
「すまない。狐凪君、事件が起きた。僕は、行かなければならない」
「わかりました。頑張ってください」
柴紀さんは、急いで妖魔博覧会会場へと急行した。もしも僕が、容疑者に入っているなら、即逮捕も有り得る話しだ。
今は逃げるしかない。だけど霊気機関車に乗る金須さえ持っていない。そこでひとまず、家に帰ることにした。
◇ ◇ ◇
邏察隊の監査を終えた白いスーツの男は、運営事務所へと戻ってきた。耳に黒い
コソコソと耳打ちを始め、白いスーツの男は深いため息を吐いた。
「わかりました。この報告書を提出したら、すぐにそちらに出向きましょう」
「よろしくお願いいたします」
部下の男は深く頭を下げて彼を見送った。
◇ ◇ ◇
「…………ここは?」
ようやく意識を取り戻した咲依ちゃんが、ゆっくりと目を開き、自分が居る場所を見て驚いた。
たくさんの陰陽術の御札が、ベタベタと張り巡らされた、不気味な薄暗い部屋。彼女は、椅子に縄で縛られ、座っていた。
横には、二本のロウソクが立てられ、風もないのに炎が、ゆらゆらと揺らめいていた。
ここは、運営事務所に置かれた診療所ではあったが、護符の力で隔離された、別次元の世界に繋がる部屋となっていた。
そこは限られた者以外入室が、出来ないよう細工がなされていた。
「ようやく目を覚ませたか?小娘」
部屋の隅で忍びのような装束をまとった妖が、腕組みをして立っていた。彼女は黒い小さな羽を持ち、咲依ちゃんを鋭い眼光で睨み、萎縮させていた。
「玉造部 源蔵の孫娘だなぁ?」
「えっ……」
咲依ちゃんは、混乱と恐怖のあまり、声が出せずにいた。次の瞬間、妖が咲依ちゃんに歩み寄り、胸ぐらを掴み、ぎりぎりと締め上げてゆく。
「強力な霊力を持つ、勾玉があると聞く。それは、どこだ。どこにある?」
咲依ちゃんには、妖がなにを言っているのか分からなかった。怯え苦しむ彼女の前に、光差す扉が開いた。
「暴力は、いけませんね。夜雀さん!お嬢ちゃんが、怯えているではないですか」
咲依ちゃんには、微かな希望の光が差したか、に見えた。が、しかし入って来た男は、絶望と恐怖以外、なにものでもなかった。
「このモノが、
「………………」
なにも知らない咲依ちゃんには、その意味が分からず、戸惑っていた。
「なにも答えてくれないのですね。残念です」
ガッカリとした表情を浮かべていた男は、咲依ちゃんの顔を引き上げた。そして男は、目を真っ赤に染め、彼女の思考を読み解こうと試みた。
過去の記憶や自分の気持ちさえも、全て見透かされ奪われる感覚に、気が狂いそうになっていた。
「この子は、なにも知らないようですね……ですが、このままお引取願うことは叶いません」
男は、残念そうな顔をすると、ポケットから黒い錠剤を取り出した。
「これは妖魔薬と言いましてね。自我と快楽の制約を外すことができる素晴らしい薬なのですよ。特別に、あなたに差し上げましょう」
涙を流して嫌がる咲依ちゃんの口に、その薬を無理やり投げ入れた。火照るような体の熱さと激痛により、一晩中もがき苦しんだという。
「あと、こちらも差し上げましよう。きっとお似合いですよ」
男は咲依ちゃんの左耳に、黒い神呪のピアスを飾り付けた。この黒い神呪のピアスには、装着した者を傀儡化して、自由に操る能力があった。
「いやぁ…………辞めて……」
「そうですか?よくお似合いですよ」
男は、自信に満ちた態度で、不敵な笑みを浮かべた。そして次の瞬間、男の表情が凍りつくような冷たいものに変わり、夜雀をギロりと眺め、静かに指示を命じた。
「夜雀さん、あなたには、次のお仕事がありますよ。速玉 狐凪という男を探し出すのです。その者が、なにかを知っているかも、知れません」
「ハッ!」
周囲の空気が緊張に包まれる中、男は深いため息をつき、再び自分の職務へと立ち去った。
◇ ◇ ◇
そのようなことが行われていたとも知らず、僕は自分の家に戻ることで必死になっていた。
人気のない道を選び隠れながら、ゆっくりと慎重に進んでゆく。疲れた足取りで一歩、また一歩と歩みを進む。
胸が高鳴り、呼吸が荒くなる中、自分の感情が攪乱しないように抑え込もうと必死になっていた。
ようやく家の前まで来ると、邏察隊員が複数名立っていた。どうやら、じいちゃんの身元確認と、僕のことを探しているように見えた。
どうしても自分の部屋に戻りたかった。真犯人を捉えるための道具を、持ち出さなければならない。
だが正面突破は不可能に近かった。そこで裏口に周り、ある方法を使って中に入ることにした。
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