第3話 妖魔博覧会

 ここは三大大陸の一つ桜魔大和大陸おうまやまとたいりく、その西部に位置する地域に商業國家、虎白共和國こはくきょうわこく、そのさらに西側の海に面した場所に、僕達が住む夢波区ゆめなみくの街があった。


 この國に住む大半は、人族であり、妖族を忌み嫌う者たちが、根強く残っていた。人族と妖族の関係は緊張感を持ちながらも、何百年もの間続いてきた。 


 そのような中、今まさにこの國で、妖魔博覧会ようまはくらんかいが開催されようとしていた。


 会場の上空を、うるさく飛び回るヘリコプターに乗った報道関係者は、緊張と興奮が高まる生中継を配信していた。


『ハイ!こちらは、妖魔博覧会の上空に来ております。海に作られた正五角形の会場の中に、大きなリング状の建物が配置されております。その中には六芒星の魔法陣が刻まれています。それはまるで中世に造られた、サークルストーンのように感じました。また魔法陣の中央には、大きなステージが設けられており、ここでオープンセレモニーが開催される予定です。また皆さんが関心を寄せています、空飛ぶ車やバイクなどを、展示しているブースや、これからのエネルギー関連事業において、欠かせない勾玉の神秘に迫るブースも展示予定となっており、来場者の期待が高まっているようです。中継は以上で終わります。あとはスタジオに戻します』 


 ◇ ◇ ◇


 妖魔博覧会会場へ通じる経路は、二本の大きな橋が掛かっており、ここを通らなければ、会場に入ることが出来ない。


僕は、北側の大きな橋を通り、裏口にある関係者専用通路から中に入って行った。


 あちらこちらのブースでも、搬入作業が着々と進められていた。僕が興味を引いたのは、空飛ぶバイクであった。


バイクと言ってもタイヤがある訳ではない。ホバーリングする機能で、浮遊して移動するのだ。僕は、そのバイクに胸ときめかせながら、勾玉ブースへと向かた。


 勾玉ブースは、会場の北西部にあった。雲玉堂では……かなり画期的な商品を開発したらしいのだが、じいちゃんは、まだ秘密だと言って教えてくれなかった。


 雲玉堂のブースでも、搬入作業が行われていると思っていたのだが……二時間ほど、遅れてやってきた頃には、ほぼ作業は終わりを迎えていた。


 閑散とした雰囲気の中、ブース脇でぷかぷかと煙草を吹かしている人を見つけた。


 大吾さんだ!僕はすぐに彼の元へと駆け寄った。


「すみません。遅れました」

「おぉ、狐凪か?何してたんだ?心配してたんだぞ」


 大吾さんは、責任感が強く、じいちゃんの一番弟子で信頼度も高い。今は、このブースで責任者を任されるほどの実力者だ。


「すみません。いろいろとありまして……」

「これ差し入れです。皆さんで分けてください」

「差入れなんか、気にしなくていいのに……まぁ、ありがとうよ!」  


 僕は勝彦さんからもらったみかんを、大吾さんに手渡した。寝過ごした上に、途中の寄り道で騒動を巻き起こした。


などと言えるはずもなく、申し訳なさで頭が上がらなかった。


「いえいえ!それで搬入の方は、どうなっているんですか?」

「こっちは、もう大丈夫だ!一段落着いたよ。それよりも遅刻してきたことを、親方に謝ってきた方がいいんじゃないのか?」 

 

 ホッと、胸をなぜ下ろすしたのも束の間、じいちゃんを早く見つけて謝らないと……絶対に、あの人のことだから、怒っているに違いない。


「そうですね。そうします。それで、じいちゃんは、どこにいますか?」

「あぁ、親方なら……あれ?さっきまで、この辺に居たんだがなぁ……」


 大吾さんは、当たりを見回して探していたが、見当たらないらしい。


「おい!誰か、親方を知らないか?」

「親方なら、さっき白いスーツの男と、資材置き場の方へ歩いて行きましたよ」


 見習いの新入りが、お茶を手渡しながら、答えてくれた。


「あぁ、誰だ?運営の者か?昨日も搬入作業が遅れているって、ボヤいていたからなぁ……」


 今日僕が、ここに呼ばれたのも、遅れた搬入作業を手伝うためであった。作品の制作に、時間をかけ過ぎて、搬入作業が間に合わなくなっていたのだ。


「僕、ちょっと様子を見てきます」

「それがいい、親方は短気だからなぁ、放っておいたら、喧嘩になりかねん」

「そうですね。ここまで設営を進めておきながら、中止なんて言われたら元も子もないですからね」

「ハハハ……それだけは勘弁して欲しいよ!」 


 大吾さんは、僕の皮肉を笑い飛ばして、優しく肩を押してくれた。


「さぁ!早く行ってこい」

「わかりました。行ってきます」 


 資材置き場に、どんな用事があるんだろうか?なんか嫌な予感がする。一抹の不安が過ぎりつつも、じいちゃんを探しに行くことにした。


 メイン道路の奥にある路地を、曲がった先に資材置き場はあった。近づくにつれ嫌な気配が漂ってくる。さらに近づくと禍々しい気配に、体が震え始めた。


「なんだ?この感覚は……気持ちが……悪い」


 資材置き場に到着して、まず目にしたものは……コンクリート破片や、ボロボロに崩れたブロックの瓦礫が、吹き飛ばされた光景であった。


 さらにこれから使われるであろう材木が、全てなぎ倒され、荒れ果てた場所と化していた。


 まるで妖が現れて乱闘騒ぎを、起こしたような状態だ!もしかすると、この惨劇にじいちゃんが巻き込まれた可能性がある。不安が過ぎる中、当たりの隈無く探し回った。


 ◇ ◇ ◇


 僕が、資材置き場に向かった直後であった。咲依ちゃんが、会場のブースに重そうなお弁当を持ってやってきた。お腹を空かせ待っていた大吾さんが、手を振って彼女を出迎えた。


「あっ、大吾さん!」

「お嬢!お弁当を持ってきてくれたのかい?重かっただろう。大丈夫だったか?」

「大丈夫だったよ」


咲依ちゃんが、お弁当を手渡すと、大吾さんは、にっこりと微笑み受け取った。


「そうかい、ありがとよ!道には、迷わなかったかい?」

「もぅ、私は子供じゃないんだから、迷子になんかならないわよ」

「おぉ、それは悪かった」


 大吾さんは、彼女のかわいらしい膨れっ面を見て、年頃の女性の複雑さに戸惑いながらも、頭を掻き思わず笑みをこぼした。 


「お兄ちゃんとおじいちゃんは、どこにいるの?」

「それが……」


大吾さんは困り果てた顔で答えた。


「親方は、運営の人が資材置き場に連れて行ったみたいで、狐凪も親方を探しに行ったまま、帰って来ないんだよ」


「わかったわ。お兄ちゃんはまだ子供だからね。迷子になってるんだよ。仕方ないから、私が迎えに行くわ」

「ハハハ……」


 咲依ちゃんは、笑顔で手を振り、僕達を探しに出かけて行った。


――十歳であのしっかり者だ!将来は狐凪も尻に敷かれて大変だろうなぁ……と大吾さんに同情されていた。


 どうやら大吾さんも僕と咲依ちゃんが結婚するのだと思っているようだ。この先で起こる悲劇を知るまでは……


 ◇ ◇ ◇


 そんな幸せそうな話をしているとも知らずに、瓦礫の中を必死になって、じいちゃんを探していた。


 ふと気づくとたくさんの鳥の羽根が、あちらこちらに見られた。黒くて小さな羽根が、辺りに散らばっている。


 その横には、立てかけていたであろう木材が無惨にも崩れ、山のように重なり合っていた。


 その隙間から、真っ赤な血が流れ出ていた。


「じいちゃん、じいちゃん……じいちゃん……!」


 僕は必死に叫んだ。しかし返事がない。誰かが倒れているのは、間違いないはず。早く助け出さなないと、死んでしまう。


 倒れた木材を片付け終わる頃には、散乱していた黒い羽根が、跡形もなく消え、悪かった吐き気も治り始めていた。 


 じいちゃんが、要救助者ではないことを祈りながら、身元確認を行った。しかし……



「…………じいちゃん!?」

 僕の願いも虚しく、倒れていたのは、じいちゃん本人であった。心音も途絶え、冷たくなっていた。 


 遺体には、複数の切り傷と、なにかが突き刺さったような傷跡が残されていた。


さらに、いつも身につけていたはずの、勾玉の首飾りが消えている。犯人が盗み出したのだろうか?


 震える手で、じいちゃんを抱き起こした。震える手が、どうしても止まらない。込み上げてきた涙が溢れ出し、じいちゃんの頬を濡らした。


 どうしてこうなった。

僕が寝坊しなければ……

じいちゃんと一緒に、ここにいれば……

こんなことにはならなかったのだろうか?


 後悔ばかりが、浮かんでは消えゆく。夢なら早く覚めて欲しい、そう願うばかりであった。


「………………」  


 放心状態で頭が回らず、真っ白になった。どうしたらいいのか解らない。


 溢れ落ちる涙を、拭おうとした手に、べっとりとした血が、頬を赤く染め上げた。


その血塗られた手をみて、さらに僕の心が動転した。その場を、逃げることしか、思いつかなかった。


 早く逃げなきゃ、邏察隊に見つかったら犯人にされて捕まってしまう……動揺した気持ちが、的確な判断力を奪い去っていた。


 資材置き場を飛び出した僕は、会場のメイン道路に出てきた。そこへ二人を探しにやってきた、咲依ちゃんに見つかってしまった。


「お、兄ちゃん……?」


 咲依ちゃんは驚いた表情のまま、いつもと様子が違う僕を見つけた。心配そうに僕の後を追いかけてきた。


 しかしメイン道路は、雑踏と荷馬車が多く行き交い場所で、追いかけることが困難であり、すぐに姿を見失ってしまった。


「お兄ちゃんの……あほう!」


 僕を見失ってしまった、咲依ちゃんは仕方なく、じいちゃんを探すため、資材置き場へと向かう。


 資材置き場に到着すると、そこには事件現場となる匂いを感じさせる人々が群がっていた。道を塞ぐように野次馬共が集まり道を塞いでいた。


「なんか、えらいことになってるなぁ……」

「早く邏察隊を呼んだ方が、いいんじゃないのか?」 


 混乱の中を、慌ただしく動き回る人々の声と雑踏が入り交じっていた。


 ここでなにか事件が起こっている。彼女が、そう理解するのに、時間はかからなかった。人混みの中へと飛び込み、人をかき分けて先へと進んでゆく。


 その雰囲気が、なにか不吉な知らせであることを教えてくれた。 


 そこで彼女が見たものは担架で運ばれてゆく、今は亡き祖父の亡骸であった。


「おじいちゃん……!?」 


 その悲惨な現状を実際に目の当たりにした彼女の顔から血の気が引いてゆく。 


「いやぁぁああぁあぁあああぁああぁ…………」 


絶望と悲しみで意識を失い、その場に崩れ落ちた。


「おぃ!大変だ。こっちにも救護班を回してくれ……」



  

 

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