第2話囚われの詩姫

 商店街を抜け大通りへと出た。そこではサーカス団による、お渡りが行われていた。ピエロ達が、おどけながら、チラシを路上にばら蒔いてゆく。そのお渡りを多くの民衆が群れを成して見物していた。


 見るもの全てが、優しい音色に心を奪われ、虚ろな表情で、我を忘れて眺めていた。僕もその中に混じり、一緒になって聴いていた。


 どこかで聴いたことがある声だなぁ。とても優しくて懐かしささえ感じる……


 そうか?今朝見た夢で助けを求めて来た女性の声に似ている。でも、どうして彼女が、僕に助けを求めて来たのだろうか? 


 木枯らしが荒れ狂い、寒々しい北風が檻の中をすり抜けてゆく。檻の中にいる少女は、背丈からして咲依ちゃんと同じくらいの年頃なのだろうか?一人で、遠い空の彼方を眺め、悲しげな表情のまま、歌を奏で続けていた。


 少女は肩くらいまでの黒髪で、綺麗な赤い衣装を身に着けていた。しかしそれとは似つかわしくない奴隷の首輪が、はめられていた。


 カラカラと音を立てながら揺れる荷馬車の車輪が回る。少女の歌声は、僕の心を奪い去り、一瞬で僕は少女に魅了されてしまった。

 ちょうど僕の前で、荷馬車がぴたりと止まった。団長らしき中年の男が、集まってきた民衆を相手に、口上を述べ始めた。


「さぁさぁ!お立ち会い……明後日から行われる博覧会にて、我ら殲獄堂サーカス団の公演が始まります……」 


 荷馬車の上空では、複数のカラスが弧を描き不気味な鳴き声を放っていた。


 彼女の体には、殴られたアザやムチで打たれた傷が、痛々しくつけられていた。


「酷い傷だね……大丈夫?痛くない?」


 その問い掛けで彼女が、僕に気づいた。知らぬ間に、僕は彼女の前に歩み寄っていた。


 弧を描いていたカラスの一羽が、ガス燈の上に舞い降りて、ジッとこちらを観察するように眺めている。


 彼女は屈み檻の鉄格子から手を伸ばし、僕のことをジッと見つめ、そして優しく頬に触れてきた。


「あなたこそ、大丈夫?」

「えっ?!」

「涙が……流れてるよ」


 彼女は流れ落ちる涙をそっと拭い、にっこりと微笑んでくれた。


 僕はどうして泣いているのだろうか?痛々しい彼女の傷跡を見たから?それとも優しい歌声を聴けたから?いや違う……無くしていたパズルのピースをようやく見つけたような不思議な感覚を感じていた。


「どうしてだろう……わかんないよ」


 僕の泣き顔を、彼女に見られていた。それが恥ずかしくて、思わず作り笑顔で誤魔化した。


「そう……でも、来てくれておおきに」

 彼女もまた、にっこりと微笑む。だが、その笑顔は、とても痛々しいものに、見えてならなかった。


「……どちらさんも胸踊り、心弾む公演をご覧ください!」 

 公演に胸踊らせた民衆から、割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。どうやら口上が終わったようで、御満悦な団長が大手を振って応えていた。


 その時、団長は荷馬車に触れ、檻いる少女と楽しそうに話をしていた、僕の存在に気づいた。

――ん?なんじゃ?あやつは……


 急に不服そうな面持ちになり、側近にいた道化師に合図をして排除を促した。道化師は民衆に勘づかれぬようおどけながら、荷馬車へと向かった。


 そんなこととも露知らず、僕は彼女との会話を楽しんでいた。彼女も満更でもないように見えた。


「きみの歌とっても上手だね。感動したよ」

「おおきに……でも、あれは……歌やないの」


 その時の彼女の顔が、沈んでいるように見えた。なにか僕、失礼なことでも言ったのだろうか?まずいことしちゃったなぁ。慌てて話題を変えることにした。


「僕は速玉 狐凪!きみ、名前は?」

「…………」

 彼女は少し戸惑った表情をしていたが、またにっこりと微笑むと、重い口を開いてくれた。


「不知火 桜」

「そう……桜ちゃんか。かわいい名前だね」 

「さくら、で……いい」

「うん、わかった。僕も狐凪でいいよ」

「ごめんなさい。うち、八咫……」


「お客さん、困りますね!勝手に檻に触れられては……これは大切な商売道具なのですから……」 

 道化師がひょこひょこと現れ、僕達の仲を邪魔してきた。 


「なにが大切な道具だ!彼女は道具じゃない人間だ!こんな酷い扱いが許されるわけないだろう」

「すみません。それは人族ではなく妖族なのです」

「えぇ!」

 驚いて檻の中を振り返り見た。彼女は、悲しそうな顔で目を逸らした。


 この國は、人族が多く住んでいる國だ。そのため三種族の闘争が、絶え間なく行われていた頃の名残なのか、種族間の迫害が色濃く残っていた。


 今回開催される妖魔博覧会が、この地に選ばれたのは、種族間の迫害を払拭させることが、目的の一つとなっていた。


「きゃー」

 団長が持っていたムチを振るい、鉄格子を打ち叩いた。野次馬以外の民衆達は、怯えた顔で蜘蛛の子を散らすように、退散して行った。桜は、恐怖のあまり小さく疼くまった。 


「これは躾なんですよ。お客さん……このものが言うことを聴かないものですからね。躾は大切です。こんな風にね」


「辞めろ……」

 団長が、ムチを打とうと振り上げた腕に、しがみつき、ムチを取り上げようとした。

「なにをする小僧!」


 そこへ道化師が、僕の背後から近づき、首根っこを鷲掴みにして、空高く舞いあげた。次の瞬間、大空を舞うカラスだけが見えた。

「うわぁー!」 


 なにがおきた?僕はどうなった?状況を整理しようと周りをみた瞬間、頭上から大量の果物がなだれ落ち、大通りへと転がってゆく。道化師が、僕のザマを見て、嘲笑いバカにしていた。


「なんだ、なんだ?どうした!」 

 大きな崩れる音に、果物屋の店主が驚いて、走り出てきた。店主は見た目以上に、ガタイのいい大男で、本当に果物屋の店主か?というような風貌であった。


「くっそ!また、あんたらかい。いい加減にしろ」

 これでなんど目だ?と言う目で睨みつけた。道化師は、ヘラヘラと笑うばかりで相手にならない。


「うちの団員が、ゴミ屑をゴミ籠に捨てただけなんだけどね……なにが不手際がありましたかな!」


「なんだとぉ〜うちの商品が、ゴミだとでも言いたいのか?バカにするのも大概にしやがれ!この貯吾朗ためごろうさんよォ」


 店主は、さらに袖口をまくり上げ、青筋が走る筋肉質な腕に、渾身の怒りを貯め始めた。


 団長の顔色が、真っ青になり恐怖に怯えると、道化師を盾代わりにして、そそくさと後ずさりを始めた。

「ふん!文句があるなら、そこにいる小僧に言うんだなぁ!」


「おい、コラ!まだ話は終わってないんだぞ」

 怒りの叫びも虚しく、団長は聞く耳さえも持たず、逃げ去るように興行活動を再開した。


 格子の隙間から僕の姿を、心配そうに見送る桜の姿が目に焼き付いた。桜の優しい気持ちが、風に舞う花びらのように、僕の心を包む存在に変わっていた。

 

「おい、お前もぼさっとしてないで、早く歌え!」

 団長のイライラした感情がムチに伝わり、激しさを増したシなりが痛々しく響いてゆく。


 そしてまた、桜の歌が始まり、隊列の荷馬車が会場方面に向かって消えて行った。 


◇ ◇ ◇


「はぁ……やられたなぁ。坊主」

 果物屋の亭主は、散らばった商品を片付け始めた。ハッと我に返った僕も、一緒になって商品を拾い集めた。


「僕のせいですみません……後片付け、お手伝いします」

「わるいなぁ。そいつぁ、助かる!俺は割多勝彦わりた かつひこってんだ!八百屋の丸勝で通ってる、よろしくなぁ!」


「僕は、速玉 狐凪です。よろしくお願いします」


 全てを片付けが終わると勝彦は、いっぱいのみかんを大きな紙袋に詰め、抱えてやってきた。


「坊主!いや、狐凪だったか?助かったよ、ありがとうなぁ。こんな傷物で悪いんだが、これはお礼だ!持って行ってくれやァ。」


「すみません。こっちが悪いのに、こんなことまでしてもらって……ありがとうございます」


「なぁに、気にするな。悪いのは、あいつらの方だ……やつらは妖を奴隷にしてサーカスを仕込み、それを見世物にしている……明後日から開催される妖魔博覧会の中で、サーカスの公演をするってんだから洒落にならん!」


「あっ!」

 この騒動で忘れていたが、僕も妖魔博覧会会場に急がないと行けなかったんだった。


「すみません。僕、急用を思い出したので、これで失礼します」

「そうか?すまねぇな!」

「いえ、そんな」

「急ぐなら早く行った方がいい。しかし悪いことは言わね。奴らには関わるな!」

「はい……ありがとうございした」


 勝彦さんにお礼を言って、その場を立ち去った。そうは言われても、桜のことは気にかかる。


 僕はモヤモヤする気持ちを抑えながら、会場へと向かって走り出した。

 ◇ ◇ ◇

 妖魔博覧会会場では、じいちゃんが、僕がまだ来ないことにイライラしながら、出品する勾玉の搬入作業に追われていた。


「狐凪のやつは、まだ来んのかぃ?あいつは、いったい何をしておるんじゃ?」


「貴方が玉造部 源蔵さんですね?」 


 白い革靴に白いスーツを来た貴族風の者が声をかけて来た。その声の主がいる方を見て、源蔵の背筋を凍りつき、緊迫した空気が流れた。


「あぁ、そうじゃが……あんたは?」

 驚く源蔵をよそに、その紳士の男はにっこりと微笑んでみせた。


 

 

 

 


 




 




 

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