奈落の烙印(八咫烏の詩姫と三大霊獣の一人から寵愛を受けし者)

三毛猫69

第1話 プロローグ

この話は、僕が体験した出来事と知識を元に、書き記された御伽噺である。それでは早速、物語を開示する!心して刮目せよ。

 


 むかし昔………………遥か昔の御伽噺である。神々と妖、さらに人族が共存していた時代から、絶えまない戦の火種が生まれては消えていった。


この状況を重くみた神々の始祖アメノミナカヌシは、この狂気と狂乱に満ちた世界に、終止符を打つための会議を提案した。


 その会議の代表に選ばれたのは、神族の代表に天照、妖族の代表には八咫烏の王、人族からは空海が選ばれた。招集された者達が集い、和睦会議が始められた。


 その後何度かの会議の結果、和睦条約が締結され、均衡と平和がもたらされるようになった。 


 それから千年の刻が流れ、時代は近代文明が満ち溢れた時代へと姿を変えた。


 その時、その均衡を破ろうとする愚かな者が、姿を現し、新たな乱世の時代が始まろうとしていた。


 ◇ ◇ ◇ 


 僕の名前は速玉 狐凪はやたま きづな十六歳。僕が赤子の頃に、近くの稲荷神社に捨てられていたところを、じいちゃんに拾われたそうだ。


 その日はとても寒くて、発見が遅れれば凍え死ぬところだったらしい。そんな僕に、じいちゃんは速玉 狐凪はやたま きづなという素晴らしい名前をつけてくれた。


 僕は、じいちゃんの家で部屋を借りて、三人で暮らしていた。

 

 そんなある日の朝、僕はとても心地いい夢を見ていた。見知らぬ女性の声が聞こえてきた。僕の心を落ち着かせる女性の声だ!それはまるで英雄にでもなったかのような気分になっていた。 


『助けて…だれか……お願い……助けて』


 だが、そんな儚い夢をぶち壊す、おぞましい事件が起こった。 


「だからイヤだって、誰か助けてよ……えぃ、たぁァ……!」


 僕の部屋へと勝手に入ってきた彼女が、暴れ回り、辺り一面をぐちゃぐちゃにしていたのだ……とは言いたいところなのだが、本当にぐちゃぐちゃにしていたのは、他でもない僕自身であった。


 片付けるのが苦手な僕は、部屋の真ん中に布団を敷いて、飽きスペースに乱雑に積み上げられた、たくさんの本と作りかけの発明品が放置されていた。   


「痛ぇ……」 

 ジンジンと腫れ上がる額を摩り、痛みを堪えながら目を覚ました。目の前にはひとりの女性が立っていた。


「痛いよ。咲依さよちゃん」


 しかし夢の中に出てきた女性は彼女ではない。 彼女の名前は速玉 咲依はやたま さよ十歳。彼女は、じいちゃんの孫娘で、僕にとっては妹のような存在だ。


 と言うのも彼女の両親は、五年前に蘭都帝國に材料の仕入れに行った帰り道、盗賊に襲われ命を落としたらしい。 


 じいちゃんの名前は、速玉 源蔵はやたま げんぞう六十八歳。じいちゃんは雲玉堂うんぎょくどうの店主で勾玉工房を営んでいた。


 そのため屋号の玉造部 源蔵たまづくり げんぞうで呼ばれることの方が多かった。


 じいちゃんは、短気な性格の所もあり、喧嘩っぱやいことでも有名だった。


それでも、たくさんのお弟子さんに囲まれて、勾玉作りをしていた。僕にとっても大切な家族であり、師匠であった。

 

「ごめんなさい。大っ嫌いな、あいつがまた出ちゃったのよ。だから成敗しとかないとね!」


「あいつ?」


 僕の手のひらに、ヌメりとした気持ち悪い感触が残っていた。そこにはゴキブリが他人には見せられない、惨めな姿で潰れていた。


「………ぎょぇ!ゴキブリ?!」


 驚く僕を尻目に安らぎに満ちた笑顔で、丸められた本を誇らしげに掲げる、彼女がそこにいた。


「ちょっ、ちょっと、さっ咲依ちゃん!その本……」

「えっ!あぁ、そこに転がってたから使わせてもらったの、ありがとうね」

「ありがとう……じゃないよ」


 どうやら昨夜、その本を読みながら寝落ちしまったようだ。涙目で丸まった本を取り上げ、元の形へと修復した。


「ごめん、ごめん、お兄ちゃん!緊急事態だったから仕方ないでしょう!」

「緊急事態って……この本は僕にとってバイブルなんだからね。全くもぅ……」 


 修復した本を、元の本棚に戻したあと、神に祈りを捧げるように拝んだ。そこにはあらゆる分野の化学や発明の傑作が書き記されており、言わゆる化学者の聖書であった。

  

 僕の夢は化学者になることだ!そして自作した乗り物に乗って、色んな場所を見て回ることが夢なんだけど……


じいちゃんは僕を店の跡継ぎにして、咲依ちゃんと結婚させようと企んでいるらしい。しかし本人が、どう思っているかは分からない。


「そういえば、じいちゃんはどこ?」 

「そうそう!!おじいちゃんなら、もうとっくに会場に向かったよ。お兄ちゃんを叩き起して早く会場へ来るようにいえ!って言ってたよ」


「やばい……今日は、ブースの準備を手伝うことになってたんだ……めんどくさいよなぁ。行きたくはないけど、行かないとまた怒られるよなぁ」


 この虎白共和國こはくきょうわこくで、今まさに行われようとしていた催しがあった。それは妖魔博覧会である。


昔は時の支配者たちがアーティファクトや戦利品を展示することによって、自らの権勢を誇示する手段であったが、今では平和の象徴とした世界各國の交流の場となっていた。


「そうそう。明後日が開幕式なんだから、しっかり準備して置かないとね」 


 僕は、渋々愛用の書生服に着替え、愛用の眼鏡を掛け、会場に向かおうとした。


「お兄ちゃん!忘れ物だよ」

 咲依ちゃんが持ってきてくれた物は、いつも着けている勾玉の首飾りであった。この首飾りは、僕が生まれた時、お守り代わりとして、一緒に包まれていた物らしい。


「あぁ……ありがとう」


 受け取った首飾りを首に掛け、大きく深呼吸をした。すると空の青さがとても気持ちよく感じられた。


 しっかり者の咲依ちゃんは、いつものんびり者の僕を助けてくれる。有難い存在だ! 


「咲依ちゃん!それじゃぁ、いってきます」

「うん、いってらっしゃい。あとでお弁当を届けるね」

「ありがとう、楽しみに待ってる」


 咲依ちゃんは、にっこりと微笑み僕を見送ってくれた。僕も大きく手を振って答え、じいちゃんが待つ会場へと走り出した。


――急がないと、またじいちゃんに怒られる。


 ◇ ◇ ◇ 


 僕は急いで会場に向かう途中、向こうから急ぎ足で歩いて来る女性とぶつかり、女性の胸に埋もれていた自分に気付いた。


 初めて触れた女性のふくよかな胸の感触は、僕は心臓を高鳴らせていた。 


「慌てていたもので、すみません」

「大丈夫よ、よくあることだから、気にしないでね」 


 その女性は白銀の短髪で、すらっと背が高く、花魁の黒い和服を崩し着したハイカラな女性であった。年は、二十五歳くらいの美人であった。


「私も急いでいるから、それじゃね!お嬢ちゃん」

 彼女は慌てたように立ち去ってしまった。


「お嬢ちゃん?」

 確かに僕の容姿は中性的で、よく女性と間違われることが多かったが、お嬢ちゃんはないだろう。


 そんなことより、僕も急いでいるのは同じであった。この角を曲がれば、大きな商店街に出る。そこを通り抜ければ、会場まで行く最短ルートになる。とにかく急ぐことにした。


 ◇ ◇ ◇


 行き交う人も足早に、街はいつもと変わらぬ日常を暮らしていた。


 そこの角を曲がった女性が急に立ち止まり、懐から盗んだ金須を取り出し"チョロいわね"と笑っていた。


 その時、どこからともなく吹いた風が、さくらの花びらを運んできたのだ……

これは、さくら?季節は木枯らしが吹き荒れる真冬の真っ只中、春までは、かなり遠かった。 


 すると微かな歌声が聞こえる。悲しみと慈愛に満ちた歌が街に響き渡った…… 


 近くにある商店街の店先に置かれた蓄音機から、今流行りの歌姫 白星 こばと《しらほし こばと》が歌う、妖魔博覧会のテーマソングが流れていた。


「あれって白鳥 こばとの新曲だろう?」

「誰だそれ?」

「知らないのか?昔、二人組の歌手がいただろう。名前は……そうそうトゥインクルスターって言ったけっか?」


「あぁ、それなら知ってるよ。よく売れてたよなぁ!俺も好きだったよ、こばとじゃなくて、もう一人の背が高くて白銀で髪の長い子……えぇと名前は……」

「白川 真幌だろう?」

「そうそう、その子!今は引退したんだろう?」

「そうだなぁ、何をしているのやらなぁ……」


 通り行く男達の愚痴に似た笑い話が聞こえてきた。彼女は目をつぶり、ため息を吐き捨てると足早に、歌が流れる街をあとにした。


 ◇ ◇ ◇ 


 商店街には食べ物屋が多く軒を連ねており、粉ものを焼く匂いと揚げ物の香ばしい香りが、僕の鼻をくすぐってくる。


 商店街は、馴染みの店も多く、店のおじさんやおばさんが気軽に声をかけてくれるのが嬉しかった。


「狐凪ちゃんおはよう。この前、直してもらったたこ焼き器のコンロ調子がいいよ!ありがとうよ」


「おじさん、おはようございます。それはよかったです。結構火力を出せるように設定してありますから気をつけてくださいね」


以前、たこ焼き器の火力が上がらないとボヤかれ、火力に使う勾玉を細工と強化をしてあげたのだ。


「お、おぅ!わかってるよ。おわっ!」


 調子に乗ったおじさんが、火力調整を間違えた。大きな炎が立ち上った。少し驚いたが、誰も怪我がなく、たこ焼きも焦げてはいないようでよかった。


「大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ。それよりも、お腹空いてないか?たこ焼き食っていかねえか?」 


 その言葉にお腹のムシが唸った。そういえば、今日は、まだなにも食べてなかった。


「ひとつ頂きます……あれ?」

 無い……懐に入れていた金須が見当たらない。うちに忘れたのだろうか? 


「いいよ。いいよ!これひとつ持って行きな!」

「ありがとうございます」


 たこ焼きを一舟もらい、熱々を頬張りながら先を急いだ。いつも好意的に商品を、もらうことが多かったので助かっていた。

 

その時、僕は不思議な歌を耳にした。ゆっくりとした曲調の中に、悲しみと慈愛に満ちた気持ちが伝わってくるようで、僕は心を奪われてしまった。


 知らぬ間に僕は、食べかけのたこ焼きを捨て、歌声を求め走り出していた。


  

 

 

 

 





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