エレベーター

惣山沙樹

エレベーター

 バイトで遅くなった。兄の部屋に行くため、九階のボタンを押して一人でエレベーターに乗った。ぼんやりと表示を見上げた。一、二、三……。八のところで表示がいつまでもぐるぐると回った。


「えっ……?」


 窓を見ると、エレベーターは上昇し続けているようだった。マンションだ、同じような風景ばかりが流れていった。

 もうとっくに九階に着いてもいい頃なのに、一向にエレベーターは止まらない。表示も八のままだ。


「何これ……」


 僕はカチカチと色んなボタンを押してみた。緊急用のボタンもだ。しかし何も起こらなかった。


「ど、どうしよう」


 兄に電話をかけてみた。


「どうした、瞬」

「兄さん! 今エレベーターの中なんだけど、全然着かなくて」

「はぁ? 止まってるのか?」

「逆だよ、ずっと動いてるの!」


 このマンションは十一階建て。こんなに上がり続けているのはおかしいのだ。


「ん……ちょっと行ってみる」

「兄さん、こわいから電話は繋いでてよ!」


 電話の向こうから、ガチャリと扉の開く音がして、兄が部屋の外に出たのがわかった。


「押してみたけど……表示が八のまま変わらねぇな」

「兄さん、助けて兄さん!」

「どうしたもんだか……」


 ドンドンと何かの音が電話からした。


「何してるの兄さん」

「とりあえず蹴ってる」

「えっ、大丈夫なの」

「こういう時は……」


 プツリと電話が切れた。スマホを見ると、電源自体が落ちていた。起動させようと何度もボタンを押したが無駄だった。


「兄さん、兄さん!」


 突然エレベーターが止まり、扉が開いた。その向こうに広がっていたのは真っ暗な空間だった。


「ひっ……」


 僕は後ずさった。すると、ドンと背中を押された。


「えっ」


 僕は黒い空間に吸い込まれてしまった。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 それきり、意識を失った。




「……瞬、瞬!」


 大きく揺さぶられて目が覚めた。僕はエレベーターの中に倒れていて、兄が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。


「ふぅ……気付いたか」

「兄さん!」


 僕は兄にすがりついてぐすぐす泣いた。


「こわかったよぉ……」

「九階に止まってさ、瞬が倒れてたからびっくりしたよ」


 兄は呑気な声を出した。


「で、ななチキ買ってきた?」

「あっ、忘れてた……」

「えー、楽しみにしてたのに。買ってこいよ」

「兄さん、僕このエレベーターもう一人で乗れないんだけど? どれだけこわい思いしたのかわかってる?」

「しょうがねぇなぁ、一緒に行くか」


 それから僕は、兄に迎えに来てもらうか、階段を上るかして徹底的に一人でエレベーターを使うのを避けた。

 点検があったので、試しにその後乗ってみたら大丈夫だった。あの黒い空間は何だったんだろう。早く忘れよう。

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エレベーター 惣山沙樹 @saki-souyama

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