十五 銀鈴、舞を奉納するのこと

【ご注意!】

 ・本作の「目的」は【趣味で執筆】、作者要望は【長所を教えてください!】です。お間違えないようにお願いします。


 ・本作は、予告なく削除することがあります。あらかじめご了承ください。ですので、もしも「まだ読みかけ」という方は、ご自身でWordやテキストエデッタなどにコピペして保存されることをお勧めします。


 ・「作者を成長させよう」などとのお考えは不要です。執筆はあくまでも【趣味】です。執筆で金銭的利益を得るつもりは全くありません。「善意」であっても、【新人賞受賞のため】【なろうからの書籍化のため】の助言は不必要です。


 ・ご自身の感想姿勢・信念が、本作に「少しでも求められていない」とお感じなら、感想はご遠慮ください。

 

 ・本作は、「鉄道が存在する中華風ファンタジー世界」がどう表現できるか? との実験作です。中華風ファンタジーと鉄道(特に、豊田巧氏の『RAIL WARS』『信長鉄道』、内田百閒氏の『阿呆列車』、大和田健樹氏の『鉄道唱歌』)がお好きでないと、好みに合わないかもしれません。あらかじめ、ご承知おきください。お好みに合わぬ場合には、無理に読まれる必要もなく、感想を書かれる必要もありません。あくまでも【趣味】で、「書きたいもの」を「書きたいように」書いた作品です。その点は十二分にご理解ください!

 

 ・あらすじで興味が持てなければ、本文を読まれる必要はありません。無理に感想を書かれる必要もありません。私も、感想返しが必ずしもできるわけではありません。また、感想返しはご随意に願います。なお、ひと言でも良い点を指摘できる作品に限り、感想を書くようにしています。

 

 ・攻撃的、挑発的態度などのご感想は、「非表示」「ブロック」の措置を取りますことを、あらかじめご承知おきください。


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 長洛出発の一五日目、一二時三〇分、卍湖駅。

 駅で昼餉を取った後、銀鈴たちは、空州牧の案内で、野営地へと向かった。途中には、釐牛(ヤク)や馬もいる、天幕村が出来ていた。

「鉄道沿線の住人は、奉納舞拝観のために、当然汽車で来ます。ですが、鉄道が通じていない所からは、昔ながらに巡礼団を組んで、荷を載せた釐牛(ヤク)を引き連れ、釐牛(ヤク)や馬の背に乗るか、歩いて来ます。鉄道が通じていない所も多くございますので。殊に遊牧民は、天幕に泊まるのが性に合っております」

 空州牧が説明した。

「こっちの天幕は、黒いんですね?」

 銀鈴が尋ねた。

「はい、左様でございます。翠塩湖の遊牧民は、羊の毛で天幕を作りますが、雲表族は釐牛(ヤク)の毛で作ります。白いのもいますが、釐牛(ヤク)は大抵、黒いですから」

 ルンラグが返答した。


 銀鈴たちは、野営地に着いた。翠塩湖の遊牧民の天幕とは違い、方形で、外の柱で支えられた黒い天幕が建っていた。


 長洛出発の十六日目。

 快晴のもと、卍湖(まんじこ)の拝礼櫓(はいれいやぐら)への参道を、金剛鈴(こんごうれい)、嗩吶(チャルメラ)、鐃鉢(シンバル)の音を奏でる楽僧、法王、案内役のルンラグが先導し、仁瑜の輿、その少し後ろを銀鈴と香々と輿が並んで続いた。その後ろを、青の舞踏衣の組、白の舞踏衣の組、赤の舞踏衣の組、緑の舞踏衣の組、橙――黄の代用――の舞踏衣の組の、五組の女官・宮女、一般の僧侶、尼僧が続いた。

 銀鈴と香々は、鳳冠をかぶり、黄色でふんだんに金糸・銀糸を使って鳳凰を描いた舞踏衣をまとい、玉――緑の翡翠――の首飾りと腕輪を身に着けていた。仁瑜は、古式にのっとった最上級の礼装である冕服(べんふく)姿。また、法王以下、僧侶・尼僧も、最上級の法衣姿だ。

 皇帝の冕服は、冠の上に長方形の板を渡し、顔の前後に旒(りゅう)――玉すだれ状の飾り――がある冕冠(べんかん)をかぶり、通常時の黄色と異なり、黒地の巨大な広袖の上衣と、中央に黄金の竜がししゅうされた薄紅色の裳(スカート)を着た姿。「歴代皇帝肖像画」と聞けば、真っ先に思い浮かぶ姿でもある。

 銀鈴たちの行列は、拝礼櫓の前まで来た。

 拝礼櫓の傍らには、日を浴びて光り輝く巨大な黄金の摩尼車(マニぐるま)がそびえていた。この摩尼車(マニぐるま)の大きさは、塔の高さでいえば五層分、直径は一般的な鉄道の客車の半分強。

 銀鈴は輿から降り立ち、仁瑜や香々、その他踊り手の女官・宮女たちと一緒に摩尼車(マニぐるま)から突き出ている横棒を押し、巨大な摩尼車(マニぐるま)を押し始めた。

(こんな大きな摩尼車(マニぐるま)をよく造ったわね。いくら皆と一緒に回しているっていっても、こんなに軽い力で動くなんて!)

 銀鈴は、摩尼車(マニぐるま)を見上げた。

 銀鈴たちが摩尼車(マニぐるま)を回す間、法王以下、高位の僧侶・尼僧が経を歌うように唱え、楽僧が音楽を奏した。

(歌のようなお経と音楽が合わさって、本当に神秘的よね。仙界って、こんなのかしら?)

 銀鈴は摩尼車(マニぐるま)を回しながら、読経と音楽に耳を傾けて、うなずいた。

 銀鈴たちは卍湖の岸辺へと、法王に導かれた。

 高僧たちが読経するなか、法王が卍湖の水をくみ上げた。

 仁瑜、銀鈴、香々の順で、法王の前へと進み出た。

「天地神仏への奉告、舞奉納の前のお清めでございます。卍湖の水は極めて聖なるもので、武運長久、国運伸長、健康長寿、所願成就、悪霊退散など霊験あらたかでございます」

「悪霊退散って、大おばさまが清めたら消えてしまうとか!?」

 銀鈴は声を荒らげ、法王に詰め寄った。

「ご心配には及びません。太后様は、悪霊ではござりませぬ。卍湖の水で清められば、よりお力が強くなることでしょう」

「それならいいんですけど」

 銀鈴は、法王から柄杓を受け取り、卍湖の水で手と口を清めた。

「銀鈴、心配してくれてありがとう。だいじょうぶよ。このお水おかげで力がわいてきたわ」

 卍湖の水で清めた香々は笑顔だった。

 

 拝礼櫓は、石組で、平屋建ての屋上ほどの高さ。卍湖に面した側を除く三方が階段になっていた。その上には、五色の祈祷旗がたなびき、黄色い布がかけられた供物の山があり、祭壇が荘厳に設えてあった。

 拝礼櫓を囲んで、前面が開け放たれた天幕が張られていた。拝礼櫓に近いほうから、皇帝・皇后・法王用、女官・宮女用、皇族・高級官僚・部族長・名家などの貴賓用、一般僧侶・尼僧用、一般官吏用、一般拝観者用と並んでいた。皇帝・皇后・法王用の天幕は黄色に緑の龍がししゅうされていた。その他の天幕は、白色で五色で吉祥文様がししゅうされていた。

 法王を先頭に高位の僧侶・尼僧が拝礼櫓を昇り、祭壇の前へと進み出た。五体投地の礼を取り、経を唱えた。そして経を唱え終わり、祭壇の左右に分かれて控えた。

 儀典官に促されて、仁瑜が拝礼櫓に昇って祭壇前に進んだ。灯明と線香を捧げ拝礼し、黄色の絹の巻物を手に、奉告文を読み上げた。

 銀鈴、香々、舞う手の女官・宮女たちは、拝礼櫓の階段の下で待機していた。

「朕、各地の産物を供物に捧げ、ここに朕の即位を天地、神仏に告ぐ――」

 皇帝としての威厳に満ちた、堂々たる姿だ。

「天下万民の平穏、幸福を切に願う」

 仁瑜は奉告を終え、玉座に座った。顔は祭壇前の広場に向けていた。

「供物披露!」

 礼部の儀典官が叫んだ。

 礼部尚書が、灯明と線香を捧げ拝礼し、供物目録を読み上げていった。

「空州より乳酪(バター)、干し凝乳(ヨーグルト)、みかん、麦、大根、白菜、冬虫夏草(とうちゅうかそう)。蒼州より塩、毛糸、毛織物――」

 冬虫夏草は薬の原料。

 目録が読み上げられるごとに、当該の供物にかけられた黄色い布が外された。冬虫夏草とは希少な薬の原料。

「火昌王(かしょうおう)より玉(ぎょく)、じゅうたん、バクラヴァ。西砂州より甜瓜(メロン)、干しぶどう、干しいちじく」

 黄色の布が外されると、緑色の玉(ぎょく)――翡翠――の塊、じゅうたんが九枚、バクラヴァの壺、山盛りの楕円形の黄色い甜瓜(メロン)、緑や黒の干しぶどう、干しいちじくが現れた。

 じゅうたんのうち、五枚の下地は、青・白・赤・緑・黄の五色にまとめられていた。青は瑠璃紺色――明るめの紺――、赤は臙脂(えんじ)色、緑は深緑色、黄は黄土色と落ち着いた色。この五色のじゅうたんは、丸、三角、菱形、四角、線といった図形や、唐草を幾何学的に組み合わせた文様。残り四枚は西域の「細密画文様」じゅうたん。豊かな水の噴水、直線の水路、西瓜、甜瓜(メロン)、ぶどう、いちじくといった果物が見事に実った西域庭園で、美女が琵琶を奏で、舞う、庭遊びをしている場面が描かれたじゅうたん。西域の王が臣下を率いて、馬に乗り、狩りをする場面が描かれたじゅうたん。賑わる市場を描いたじゅうたん。砂漠を行く駱駝の隊商を描いたじゅうたん

「うぉー!」

 列席者一同から歓声が上がった。

「大おばさま、甜瓜(メロン)って、冬にも食べられましたっけ? 干したものなら分かりますが」

 銀鈴は首をかしげた。

「そういえば秋以降、甜瓜(メロン)は食べてなかったわね。西域の甜瓜(メロン)は、種類や保存の仕方にもよるけど、皮が厚いものだと最大で一年程度は持つこともあるわ。砂漠じゃ、甜瓜(メロン)は水筒代わりよ。水筒の水を地面にこぼしてしまうともう飲めないけど、甜瓜(メロン)なら割れて中が汚れても、食べようと思えば食べられるしね。砂漠じゃ水は本当に“命”だから。食べ物よりも、水のほうが大事なのよ」

「そうなんですか」

 銀鈴は、香々の答えにうなずいた。

「それはそうと、わたしの子孫はずいぶん奮発したわね。ここからだと少し遠いけど、あの玉(ぎょく)は最上のものよ。あんなのよく見付けたわね。そうそう見付からないわよ。それにあのじゅうたんも、一枚だけでもひと財産よ。最近では細密画をじゅうたんにするのね。昔は暗い赤の下地に、唐草文様や図形文様が多かったけど、今はいろんな色を使うのね。あの庭園を描いたじゅうたんは、まさに“地上の楽園”よ。見てて楽しいわ。領主としての役割は終えたとは聞いてるけど、商売でだいぶ儲けてるわね」

「ほんとですね、大おばさま。あの西域庭園のじゅうたんなんか、敷いてしまうよりも、掛け軸みたいに壁にかけるのがおしゃれですね」

「そうよね、銀鈴。掛け軸、ね。うまいこと言うわね」

 銀鈴は、香々とささやくように話し、うなずき合った。

 これらに続いて、各地からの米、青梅の砂糖漬け、干しなつめ、干し桃、蓮の実、生糸・絹布、麻糸・麻布、綿糸・綿布、金、銀、銅、鉄、うるし、玻璃(ガラス)、紙、筆、墨、硯、陶磁器、真珠、琥珀、珊瑚、青緑色の貴石など、産物・宝物が次々と披露されていった。

「南方より、甘蕉(バナナ)、ヤシの実、鳳梨(パイナップル)、蕃瓜樹(パパイヤ)、潘石榴(グアバ)」

 礼部尚書が供物目録を読み上げ、黄色い布が外された。

「うおー!」

「南国の果物がこんなに⁉」

 拝観者からどよめきが起こった

「休(きゅう)家より茶。以上でございます」

 礼部尚書は祭壇に深く一礼した。

 休家とは、後宮へも茶芸講師を派遣している宮中御用達の茶商。休家の祖先は、太祖――初代――皇帝の天下取りを軍資金面で支えた義商。 

 供物の披露が終わったところで、銀鈴は香々と一瞬目を合わせて、両腕を目の高さで重ね、仁瑜に向かって頭を垂れたまま、二人して唱和した。

「皇帝陛下万歳、万歳、万々歳!」

 銀鈴と香々の万歳三唱に続いて、法王以下の列席者・一般拝観者一同も起立し、万歳を三唱した。法王はじめ僧・尼は合掌し、文官は笏(しゃく)を持った手を胸の前で合わせ、武官は拱手していた。

「皇帝陛下万歳、万歳、万々歳!」 

(すごい迫力!)

 銀鈴は万歳の唱和を聞いた。

 銀鈴は香々、五色の舞踏女官・宮女たちとともに、礼部の儀典官にうながされて、拝礼櫓に昇り、祭壇に灯明と線香を捧げ拝礼した。

 銀鈴と香々の後ろで八列に並んでいた、五色の組に分かれた女官・宮女たちも拝礼した。

「舞奉納!」

 儀典官の号令に合わせて、ひときわ大きく銅鑼が打ち鳴らされた。

(いよいよね!)

 銀鈴は気合いを入れてうなずいた。

 銀鈴、香々と、五色の組に分かれた女官・宮女は、鈴鼓(タンバリン)を手に、女官・宮女の楽師が奏でる、琵琶、琴、笙(しょう)、太鼓の音に合わせて舞った。

 銀鈴と香々の黄色い大袖、舞踏女官・宮女たちの青、白、赤、緑、橙の大袖がひるがえった。

 銀鈴・香々と、舞踏女官・宮女たちが手にする鈴鼓(タンバリン)の音と、楽師女官・宮女たちの奏でる音とが混じり合い、仙楽(せんがく)となった。 


「銀鈴、いらっしゃい」

 銀鈴は、香々に腕を組まれて、空に舞い上がった。

「えっ⁉ こんなの台本にありましたっけ、大おばさま?」

「ないわよ。とっさに思い付いたの」

「空なんか飛んで、だいじょうぶなんですか?」

「怖い?」

「怖くないですけど」

「それなら良かったわ」

 銀鈴は後ろを振り返った。

「鶴がついてきてますよ」

 多数の鶴が、お供をするかのように、銀鈴と香々の後に続いた。

「あら、そうなの?」

 香々も振り返った。

 銀鈴と香々が、前に向き直った時、この二人の天女を先導するように、龍と鳳凰が現れた。

 銀鈴と香々は、文字通り「卍」字形の卍湖の上空を、龍と鳳凰の先導で、多数の鶴をお供に従えて飛び回った。卍湖は波もなく、鏡のごとく周囲の山並みが写り込んでいた。

 二人の天女が、多数の鶴を従えて空を舞う姿に、拝観者一同が息をのんだ。

 銀鈴と香々が地上に降り立った。

 その瞬間、

「万歳、万歳、万々歳! 万歳、万歳、万々歳! 万歳、万歳、万々歳!」

 だれともなしに、天地を揺るがす万歳と万雷の拍手が鳴り響いた。

 銀鈴と香々は五色の女官・宮女達と一緒に、祭壇に向かって深く一礼し、振り返って列席者一同にも一礼した。

「拝観者拝礼!」

「万歳!」のどよめきが収まり、儀典官が号令し、銅鑼が打ち鳴らされた。

 まず、一般の僧侶・尼僧が、拝礼櫓傍らの黄金の摩尼車(マニぐるま)を回し、拝礼櫓正面の階段下に置かれた焼香台に進み出て、拝礼した。その後、皇族・高級官僚・部族長・名家といった貴賓、一般官吏、一般拝観者の順に、焼香台へ進み拝礼した。

 

 控えの天幕。

 銀鈴、香々、仁瑜はいったん拝礼櫓を降りて、控えの天幕に戻っていた。

「大おばさま、銀鈴を連れて飛ぶとは! 万が一落ちたらどうすんです⁉」

 仁瑜は、巨大な袖をひるがえして、香々に詰め寄った。仁瑜の身振りが大きく、仁瑜がかぶっている冕冠の旒(りゅう)の玉(たま)同士が激しくぶつかり、大きく音を響かせた。

「心配かけて悪かったわね。でも卍湖は、陽の気が満ちていて、銀鈴を連れて飛んでもだいじょうぶなのは、分かってたわ。さすがは寿国一の聖地だけのことはあるわ」

「まあまあ仁瑜、わたしは無事だったし、楽しかったから、いいじゃない。空を飛べるとは思わなかったわよ。大おばさま、また飛んでください」

「しかしだな、銀鈴。いきなり飛んで胃がちぎれそうだったぞ」

「落ち着いてください、陛下。鶴と一緒にお二人が舞われたので、陛下のご威光も高まりますよ。見事な光景でした」

 忠元も仁瑜をなだめた。

  

「お水取りのお時間でございます」

 儀典官に呼ばれた銀鈴、仁瑜、香々は、釣り鐘型外套(マント)をまとい、儀典官の先導で、卍湖の岸辺に立った。用意されていた祭壇に、三人そろって線香や果物を供え、拝礼した。しゃがみこんで、柄杓で水をくみだした。

「銀鈴、太祖も卍湖の水で点てた茶を飲まれたそうだ」

「そうなんだ、仁瑜。それで、この水でお茶を点ててお供えするわけね」

「そういうことだ」

「お水は、舞奉納のまえにお清めしたときにくんでも良かったんじゃないの?」

 銀鈴は香々から尋ねられた。

「それはそうなんですが。ただ、お茶を点てるなら、くみ立てのお水のほうが良いので」

 銀鈴たちは、くんだ水で満たされた桶を儀典官に渡した。


 昼餉にしてはやや遅い時間。  

 銀鈴、仁瑜、香々は、儀典官に導かれて再度礼拝櫓に登った。櫓の上には、卓が設けられ、法王、ルンラグ、野家の当主、茶商休家の主人と娘の玉露、甘露の姉妹が起立して待っていた。

 見るからに武人といった中年男性が香々に深く頭を下げた。

「野家の当主でございます。玉雉の件、おわびの言葉もございません」

「そのことなら、終わったことだし、もういいわよ。むしろ、わたしのほうがお礼を言いたいわ。あなたの家系は、わたしのためにいろいろと骨を折ってくれて、そのせいで苦労した、と忠元から聞いたわよ」

 香々は笑顔で返した。

「畏れ入ります」

 野家当主は、再び深く頭を下げた。

「陛下、銀后さま、香后さま、お待ちしておりました」

「おくみいただいたお水をお預かりします」

 玉露、甘露の順で、銀鈴たちに頭を下げた。

「はい。お願いします、玉露先生、甘露先生」

 銀鈴がそう言うと、卍湖の水が入った桶をささげた儀典官が、甘露と玉露に渡した。

「陛下、失礼いたします」

 休家の主人が、娘の甘露、玉露の姉妹に手伝わせて、櫓の上に用意されていた二つの釜で湯を沸かした。竹の箸を湯が沸いた釜の中に差し込んで、湯をかき回し渦を作り、粉末の茶葉を投じた。適度に泡立った茶を十の碗に注ぎ分けた。

「あれ? 銀鈴たちがお茶を煮出すやり方とは、ちょっと違うわね」

「太祖さまのころの、古いやり方ですよ、大おばさま。後宮太学の茶芸の授業で、一度だけやったことがあります」

 香々と銀鈴が小声で話した。

「陛下、お願いしたします」

 休家主人が、仁瑜に茶が注がれた碗がひとつを載せた盆を差し出した。茶碗は、明るい黄色地に緑の龍が描かれていた。

「太祖が天命を受けられた卍湖にて、太祖を支えた三功臣の末裔たちと会して、宴を開くことを深く喜び、天地、神仏に厚く感謝す」

 仁瑜は受け取った茶碗を祭壇に捧げて、拝礼した。

 仁瑜に続いて、銀鈴たちも祭壇を拝礼した。

 銀鈴たちが席に着き、銅鑼が大きく鳴らされた。これを合図に午餐会が始まった。列席の拝観者一同にも、拝礼櫓と同じ料理が振る舞われる。

「普段のお茶とは違うわね。泡がまろやかね。薄く塩味がついてるわ」

「そうですね、大おばさま」

 香々に話しかけられた銀鈴はうなずいた。

「授業でもお話ししましたが、このお茶は太祖さまのころの古法で煎じたものでございます。塩を少量入れたほうが泡立ちが良くなります」

 甘露が説明した。

 先付けのゆで家鴨(あひる)の水かきの辛子和え、白菜の甘酢漬け、栗の甘露煮、レンコンの甘煮。前菜の蒸し鶏、家鴨の肝臓の素揚げ、豆腐の黄金焼きが出された。豆腐の黄金焼きとは、硬く水切りした豆腐に、卵黄を絡めて焼いたもの。どの料理も、先ほど祭壇に捧げられた茶と同じく、黄色地に緑の龍が描かれた皇家の器に載っていた。

 先付け、前菜の皿が下げられて、ツバメの巣の羹(スープ)が大鉢で出され、給仕の尚食――後宮の食事係――女官が各自の碗に取り分けた。

「あら? ツバメの巣って、食後のお菓子じゃなかった、銀鈴?」

「元日の宴席じゃ、蜜煮でしたからね、大おばさま。今日みたいに、羹(スープ)として、前菜の後に出てくることもありますよ。ただ、かなりお高いので、特別な宴席jじゃないと、出ないですね。美容にいいとは聞いてますが」

「そうなの。羹(スープ)にしてもおいしいわね」

 香々は、レンゲでツバメの巣の羹(スープ)を口に運んだ。

「ツバメの巣は、蜜煮もよろしいですが、ヤシの実の乳(ココナッツミルク)煮もまたいいですよ。温かいとはいえ、真冬の戸外でこう言うのも何なんですが、冷たくして食べるのは夏向きですよ」

「えっ、ヤシの実って乳が出ましたっけ、甘露先生?」

「銀后さま、豆乳はご存じですよね。豆腐の材料にもなる、大豆をすり潰した汁ですね。それと同じような感覚ですよ。ヤシの実の中には汁が入っています。ヤシの木が生える南国では、ヤシの実の汁を水代わりに飲んでいます。飲み終わると、実を割って、中の白い果肉を食べるんです。ヤシの実の乳(ココナッツミルク)は、ヤシの実の果汁と、その白い果肉をすり潰して、荒布で搾ってこしたものです。南国ではお料理やお菓子によく使いますよ」

「ヤシの実って、汁なんてあったかしら? 西から干した実が入ってきて食べてたけど」

 香々が首をかしげて、甘露に尋ねた。

「それは、“ナツメヤシ”ですよ、香后さま。実から汁が出るのは、“ココヤシ”です。単に“ヤシの実”といえば、“ココヤシの実”を指します。ココヤシは湿度が高い南国、ナツメヤシは砂漠のように乾燥した場所に生えます。ナツメヤシの実は大きめのぶどうの実のような感じですが、ココヤシの実は人の頭ぐらいの大きさです」

「詳しいわね」

「商売柄ですよ、香后さま。お茶に合うお料理やお菓子を研究していると、自然と詳しくなります。ツバメの巣も、ヤシの木が生える南国で採れています。採れる場所が近いので、相性も良いんですよ」 

「ココヤシの実って、どんな味かしら? お菓子にも使われるってことは、甘いのかしら? 牛乳や豆乳とはどう違うのかしら?」

「ココヤシの実は、どこで採れたかによって味は変わりますが、花のような風味があり、砂糖を入れなくても甘味はありますね。植物の乳ということで、豆乳と比べても青臭さはありません。お供えで披露されましたので、後ほど出てくかと」

 甘露は、香々の問いに答えた。

「そう。じゃ楽しみね」

 香々はうなずいた。

 主菜は、フカヒレの姿煮、烤鴨(ローストダック)、干し牡蠣(かき)と青菜の炒め物のとろみ塩餡仕立て。

 烤鴨(ローストダック)は、水飴(みずあめ)をかけて一昼夜干され、専用の炉で丸焼きにされる。給仕の尚食女官が、適度な厚さの肉をつけて、烤鴨(ローストダック)の皮を削ぎ、各自の取り皿に盛った。

 銀鈴は、小麦の薄焼の皮の真ん中に、烤鴨(ローストダック)の皮と千切りのネギ、甜麺醤(テンメンジャン)を載せ、封筒を作るように皮を折りたたみ、口に運んだ。

「この間の烤鴨(ローストダック)もどきも、本物の烤鴨(ローストダック)と負けてなかったわね、銀鈴」

「そうですね、大おばさま。こんなごちそうは、こういうときでないと出ないんですから、しっかり食べておかないと」

「そうね。まさかこんな山の中で貝が食べられるとは思わなかったわよ」

 香々は、干し牡蠣と青菜の塩餡かけを口に運んだ。

「牡蠣っていっても、干し牡蠣みたいですね」

 銀鈴は、添えられた品書きを見た。

 皮を削ぎ終わった烤鴨(ローストダック)に、銀の蓋がかぶせられて、下げられた。 

 主菜の後の点心の時間となった。まずは、“軽食”に分類される鹹点心(かんてんしん)が出された。飲茶(ヤムチャ)屋と同じように、給仕役の茘娘と棗児が、粥の鍋、他の点心が盛られた小皿や小蒸籠を載せた台車を押してきた。ひと皿当たりの盛りつけは、ふた口、三口と少なめだ。

「香后さま、今日のお料理には豚は一切使っていませんので、お好きなものをどうぞ」

「そうなの、茘娘? あら、お粥が二種類もあるのね?」

「はい。お粥のほうは、干しアワビのお粥と、烤鴨(ローストダック)のお粥です」

 烤鴨(ローストダック)の粥は、主菜で出され、下げられた烤鴨(ローストダック)を再調理したもの。烤鴨(ローストダック)は、主に皮を食す。ただし、肉や骨も無駄にしない。一般の料理屋でも、一羽、半羽の単位で注文した場合、皮を削ぎ終わった烤鴨(ローストダック)を、どう料理するかと聞かれる。

「じゃ、両方とももらおうかしら」

「それじゃ、わたしもお粥は二つとも。それから空心餅(コンシンビン)も」

 銀鈴と香々の前に、粥の小碗、大根の味噌漬け、搾菜(ザーサイ)の小皿が置かれた。

 銀鈴も、香々に続いて、台車の上の点心を指差した。

「銀后さま、そぼろは羊と鶏のどっちにします?」

「鶏をお願い」

 銀鈴は棗児に答えた。

 銀鈴の目の前には、小碗によそわれた烤鴨(ローストダック)粥、干しアワビ粥、それから空心餅(コンシンビン)の小皿と小鉢の鶏そぼろが置かれた。

 空心餅(コンシンビン)とは、焼き麺麭(パン)で、焼餅(シャオビン)の一種。丸くて、掌よりも、ひと回りか、ふた回り小さく、表面にゴマがたっぷりついている。

「あれ、このお粥、普段食べているものよりも、かなり薄いわね。お粥というよりも、“羹(スープ)”に近いわね。烤鴨(ローストダック)粥も、干しアワビ粥も、おだしがしっかり出ていて、おいしいけど」

 粥を食べた香々がつぶやいた。

「そうですね。でも、肉まんとか、餃子なんかがたくさんあるので、これぐらいがちょうどいんじゃないんです?」

 そう言って、銀鈴は空心餅(コンシンビン)の腹を軽く割き、外側と同じ生地で出来た中の団子を取り出して、口に放り込んだ。そして、空洞になった空心餅(コンシンビン)の中に鶏そぼろを詰めて食べた。

「それもそうね。蒸し餃子をもらえる? 茘娘、棗児、ふたりともちゃんと食べてる?」

 香々は、台車の小蒸籠を指差した。

「だいじょうぶです。交代でいただいていますから」

 茘娘と棗児が、香々の前に羊餡の蒸し餃子と干し貝柱の蒸し餃子の小蒸籠を置いた。干し貝柱の蒸し餃子は、抹茶を皮に練り込んだ緑色の“翡翠餃子(ひすいギョウザ)”。蒸し餃子の皮は半透明に透き通っていた。

 銀鈴は、蒸し小籠包(ショウロンポウ)と焼き小籠包(ショウロンポウ)を食した。レンゲに載せ、箸で皮を少し破って中の羹(スープ)をすすって、本体を口にした。

 小籠包(ショウロンポウ)は、中に熱々の羹(スープ)が入っている。熱々のままひと口にほうばってしまうと、口の中を火傷してしまう。

 ほか出された鹹点心(かんてんしん)は、肉春巻き、ひと口大の小肉まん、野菜餡の蒸し饅頭、葱花餅(ツオンホァンビン)ーー平べったいネギ入り焼き麺麭(パン)――、羊肉、鶏肉、干し貝柱の焼売(シューマイ) 鶏餡のゆで餃子・蒸し餃子、羊餡のゆで餃子、野菜餡のゆで餃子に蒸し餃子、羊肉の串焼き。

「猊下(げいか)、野菜の餃子や饅頭も良いものでございますな」

「左様ですぞ、休大人(たいじん)。空州では、お茶と麦と、肉しか食わぬことも珍しくないですからな。肉まんを二つ食すなら、一つを野菜饅頭にすれば良いのですが。お供えのおさがりをいただくのは、実にありがたいですな」

 休家主人と法王が、野菜餡の餃子や饅頭を食べていた。今日の宴席の野菜の一部は、祭壇に捧げられたもののおさがりだった。

 猊下とは高僧――ここでは法王――の敬称、大人とは年長者や有力者の敬称。

 鹹点心(かんてんしん)が終わり、“菓子”に分類される甜点心(てんてんしん)が出された。杏仁豆腐、蒸しあんまん、柿子餅(シーズピン)、揚げ白玉ゴマ団子、くるみ入り小豆餡の春巻き、ゴマ汁粉、桃饅頭。お供えのおさがりの果物。生の果物は、今が旬のみかん、保存が効く西域の甜瓜(メロン)、年じゅう温暖な南方の甘蕉(バナナ)、ヤシの実、鳳梨(パイナップル)、蕃瓜樹(パパイヤ)、潘石榴(グアバ)。干し桃、干しなつめ、干しぶどう、干し柿、干し龍眼も出された。

 柿子餅(シーズピン)は生地に熟柿を練り込んだ焼きあんまん。桃饅頭(ももまんじゅう)とは、桃の果実を模し、小豆餡やハスの実餡を包んだ蒸し饅頭。 

 銀鈴は、食べやすい大きさに切り分けられて大皿に盛られた甜瓜(メロン)に、手を伸ばしてほおばった。橙色の果肉だ。

「まさか冬に、こんなにおいしい甜瓜(メロン)が食べられるとは思いませんでした」

「そうね。旬の夏の採れ立てに比べると歯触りや味は少し落ちるけど、じゅうぶんおいしいわよ。よっぽどうまく保存してたのね。砂漠じゃ瓜は水筒だから、味なんて二の次、三の次よ。水が取れれば、それでいいからね」

 香々も甜瓜(メロン)を口にした。

 銀鈴たちが甜瓜(メロン)、みかん、干し果物を食べ終わり、皿が下げられ、南方の果物が出された。

「南方の果物って、見たことも、聞いたこともないんだけど⁉ 銀鈴、食べたことあるの?」

「甘蕉(バナナ)ぐらいはありますけど、大おばさま。今の時季の果物は、みかんですからね。後宮太学の茶芸授業で、竹筒茶を作ったときに、甘蕉(バナナ)葉っぱだけでなく、実のほうも玉露先生と甘露先生が持ってきてくれました」

 銀鈴は、驚きの声を上げた香々に答えた。

 ここでの竹筒茶とは、摘み立ての茶葉を甘蕉(バナナ)の葉で包み蒸し焼きにしたのち、竹筒で煮出したもの。

「干し果物も悪くないのですが、生の果物がみかんと、西域の甜瓜(メロン)だけだと、どうしてもさみしいですから。南方の果物で華やかになりましたよ。どうぞ。葦の管で吸ってお飲みください」

 給仕女官が説明した。

 銀鈴たちは、給仕女官からヤシの実を渡された。ヤシの実は、頭に穴が開けられて、葦(よし)の管が差し込まれていた。葦とはすだれの材料にもなる植物。

「ほんの少し、お砂糖とお塩を入れたお水?」

 銀鈴は、葦の管を吸ってヤシの実の汁を飲んだ。

「よく冷えているわね。お水よりは、少し甘くて、香りも甘いわね」

 香々もヤシの実の汁を飲んだ。

「飲み終わりましたら、実をお渡しください」

「えっ? じゃ、お願い」

 銀鈴は、ヤシの実を給仕女官に渡した。給仕女官は、受け取ったヤシの実をナタで二つ割りにして、銀鈴に戻した。

「白い部分をお召し上がりください」

「先ほど申し上げましたが、この白い果肉をつぶして、中の汁と一緒にこしたのが、ヤシの実の乳(ココナッツミルク)です。まずは、白い果肉を何もつけずに食べてみてください」

 甘露が言った。

「プルプルはしてるけど、味はあんまりしないわね」

「そうね、さっきの汁よりもさらに薄い感じ」

 銀鈴と香々は、ヤシの実の白い果肉を匙(さじ)ですくって、口に運んだ。

「甘味が足りないようでしたら、黒蜜や蜂蜜かけられてもよろしいかと。甘いものがお好みでなければ、酢醤油や辣油(ラーゆ)も良いかと」

 甘露からそう聞いた銀鈴は、黒蜜をかけてヤシの実の果肉を食べた。

「蜜をかけるとちょうどいいですね」

 香々は、バナナを手にした。

「どうやって食べれば?」

「貸してください。こうやって――」

 銀鈴は、香々の手からバナナを取って、皮をむいて香々に手渡した。

「ありがとう、銀鈴。甘くて冷たい馬鈴薯(じゃがいも)って感じかしら?」

 香々は、笑顔で甘蕉(バナナ)を食べた。

「大おばさま、ほかの南方果物もおいしいですよ」

 銀鈴は、鳳梨(パイナップル)と蕃瓜樹(パパイヤ)、潘石榴(グアバ)を手当たり次第に口に放り込んだ。

「鳳梨(パイナップル)って、切る前はとげとげしい感じがしたけど、甘くておいしいわね」

 香々は、食べやすいように切られた鳳梨(パイナップル)に手を伸ばした。

「ほんと、寿国は広いわね。この真冬に、しかもこんな山の中に新鮮な生の果物をあんなにたくさんどうやって取り寄せたのよ? 昔だったら、早馬でも無理なんじゃない」

 香々は深くうなずいた。

「今は汽車がありますからね」

 仁瑜は、香々に答えた。

「そういえば、お芝居にはわがままな后・姫が、都で取れなかったり、季節外れだったりする果物を欲しがるって話がよくありますね」

 銀鈴は茶を飲んだ。

「今なら、多少季節外れの果物を食べたい、と言われても、少々のわがままぐらいで済むけどな、銀鈴。これは師兄の受け売りだが」

「越先生のほうが詳しそうね、仁瑜」


  いつしか拝礼櫓を夕日が照らしていた。

 楽師たちが奏でる穏やかな調べ、列席者の談笑が、銀鈴の耳にも届いていた。

「遅い昼餉か、早い夕餉か分からなくなっちゃいましたね。あれだけごちそうを食べては、さすがに夕餉は入りませんよ」

 銀鈴は、茶を飲んだ。

「あら、さすがの銀鈴もそうなの? こんな山の中で、山海の珍味を集めて、これほどの宴席をよく開けたものね。それはそうと、ちょっと寒くなってきたわね」

 香々は、襟巻を首に巻いた。

「この間も申し上げましたが、晴れて風がなければ、外とはいえ結構暖かいです。ですが、日が暮れると同時に一気に寒くなりますから」

 ルンラグが説明した。

「大おば様、今日の宴席にお気づきになりませんか?」

 仁瑜は、香々に問うた。

「えっ、何?」

 香々は、首を傾けた。

「銀鈴、分かるか?」

「分かんないわ。普段食べられないものがたくさん出て、お腹いっぱいよ」

 銀鈴は自らの腹をさすった。

「……銀鈴らしいな」

 仁瑜は苦笑いをして続けた。

「大おば様、この宴の献立は、寿国全体を表しています。前菜・主菜の家鴨(あひる)料理や、乾貨(かんか)といって、干しあわび、ふかひれ、干し牡蠣、ツバメの巣は、寿国料理の代表とされています。ですが、もともとは南江(なんこう)下流の江南地方の料理です。一方、肉まんや餃子といった粉ものは、長洛が属する中原(ちゅうげん)地方のものです。さらに、羊肉というのは、西域や、北方の遊牧民のものです。果物も、西域の甜瓜(メロン)、ぶどう、いちじく。南方の甘蕉(バナナ)、ヤシの実、鳳梨(パイナップル)、潘石榴(グアバ)。中原の柿やあんず、龍眼です」

 乾貨とは、交易品として金銀にも匹敵する価値を持つ乾物。主として海産物。

 給仕の尚食女官が、仁瑜に小声で何やら告げた。

 仁瑜が、茶を飲み終え、碗に蓋をした。これを合図に、午餐会のお開きを知らせる鉦(しょう)が打ち鳴らされた。

 仁瑜が立ち上がり、祭壇に一礼し、拝礼櫓を降りた。銀鈴たちも続いて、祭壇に一礼し、拝礼櫓を降りた。

 拝観者には引き出物として、肉まんなどの点心、バクラヴァや桃まんじゅうなどの菓子類、生の果物、干し果物の折り詰めが配られた。 


 奉納舞の日の夜、野営地の温泉露天風呂。銀鈴たちは、岩を組んで造られた湯船の無色透明で清らかな湯につかっていた。

「奉納舞も、無事終わったわね、銀鈴」

「緊張しましたけど、うまくいって良かったですよ、大おばさま」

「少しぬるめですけど、お肌がツルツルですね」

 茘娘は、自分の頬をなでた。

「満天の星空もきれいですね」

 棗児は、夜空を見上げた。湯船には屋根はかかっていなかった。

「ルンラグさん、いい体をしてますよね。胸も大きいし、形もいいし。……わたし、胸はぺったんこだし」

 銀鈴は、自分の胸に目を落とした。

「わたくしなんて、それほどでもございません。むしろ胸は、太后さまのほうが大きいかと」

 ルンラグは、目線を香々へと向けた。

「確かに、この中じゃ大おばさまの胸がいちばん大きいし、茘娘と棗児もわたしよりも大きいわよ。というより、大おばさまの胸は後宮の中でも、いちばんの大きさで、形ももっとも美しいんじゃない?」

「銀鈴だって、まだまだこれからよ。形は悪くないし、肌だってきれいよ」

「みんな見てますし、恥ずかしいからやめてください!」

 銀鈴は、香々に抱きしめられた。

「まあまあ銀鈴、女同士いいじゃない? それに男の目はないわよ」

「……それはそうですけど、大おばさま」

「皆さま、仲がおよろしいですね。お風呂はいつもご一緒で?」

 ルンラグが、銀鈴たちを見渡した。

「うん、皇后に選ばれてからも、ずっと。わたし一人のために、お風呂を沸かすのももったいないですし」

「火昌にいたころも、侍女たちと一緒に蒸し風呂に入っていたわ。火昌も砂漠で、水が貴重だしね」

「後宮にも、もともと共同浴場がありますから」

「そうそう」

 銀鈴と香々が答えたのち、棗児の茘娘も続いた。

「それはそうと、長湯が過ぎると山酔いで眠れなくなる、って、越先生が言ってましたね」

「そうね、茘娘。でも、出ると寒いのよね。昼間はかなり温かかったけど、日が暮れたら急にすごく寒くなったしね。出るに出られないわよ。お湯の中に入っているのはいいんだけど、上がるのが怖いわね」

 銀鈴は、脱衣所の小屋を見てつぶやいて、湯船に体を沈めた。

「湯冷めはそれほど心配されなくても、だいじょうぶですよ。すぐに脱衣小屋に入ってしまえば、火も入っていますし。ここのお湯は、体を芯から温めてくれますので。とはいえ、長湯はほどほどにされたほうが良いでしょう」

 ルンラグが湯について説明した。


 長洛出発の十七日目。

 奉納舞の翌日、午後三時ごろ。

 銀鈴たちは、温泉の源泉に来ていた。湯温が高く、湯気がもうもうと立ち込めていた。

「すごい湯気!」

「ほんとね。昨日のお風呂はこんなに湯気はなかったんじゃない?」

 銀鈴と香々が声を上げた。

「こちらは源泉ですので、湯温が高く、湯気も濃いいです。ここからお湯を、あちらの湯船へと引いております。水路を伝う間に、ちょうど良いお湯加減になりますので」

 ルンラグが、源泉と少し離れた所にある露天風呂を指差した。源泉から、湯が水路を伝って露天風呂へと流れていた。

「お待ちしておりました。ちょうどゆで上がっております。さあ、お召し上がりください」

 先着していた女官が、源泉から籠を引き上げた。中から、大量の温泉玉子が出てきた。

「じゃ、いただきます。固ゆで一歩手前で、ちょうどいいわ」

 銀鈴は温泉玉子を割って食べた。

「味が薄いようでしたら、こちらをお使いください」

 女官が、塩、甜麺醤(テンメンジャン)、豆板醤(トウバンジャン)の小瓶を差し出した。

 周りでは、女官・宮女たちが岩や日干し磚(レンガ)の長椅子に腰かけ、温泉玉子をほおばっていた。

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