三  銀鈴、象先導の鹵簿にて長洛駅へと向かうのこと

【ご注意!】

 ・本作の「目的」は【趣味で執筆】、作者要望は【長所を教えてください!】です。お間違えないようにお願いします。


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 ・ご自身の感想姿勢・信念が、本作に「少しでも求められていない」とお感じなら、感想はご遠慮ください。

 

 ・本作は、「鉄道が存在する中華風ファンタジー世界」がどう表現できるか? との実験作です。中華風ファンタジーと鉄道(特に、豊田巧氏の『RAIL WARS』『信長鉄道』、内田百閒氏の『阿呆列車』、大和田健樹氏の『鉄道唱歌』)がお好きでないと、好みに合わないかもしれません。あらかじめ、ご承知おきください。お好みに合わぬ場合には、無理に読まれる必要もなく、感想を書かれる必要もありません。あくまでも【趣味】で、「書きたいもの」を「書きたいように」書いた作品です。その点は十二分にご理解ください!

 

 ・あらすじで興味が持てなければ、本文を読まれる必要はありません。無理に感想を書かれる必要もありません。私も、感想返しが必ずしもできるわけではありません。また、感想返しはご随意に願います。なお、ひと言でも良い点を指摘できる作品に限り、感想を書くようにしています。

 

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 冬晴れの某年一月十八日。

 銀鈴は、仁瑜と一緒に御者席よりも一段高くなった室内の座席に並んで座り、玄雀大路(げんじゃくだいろ)を南下する馬車に揺られていた。銀鈴と仁瑜の乗る馬車は、きらびやかな鹵簿(ろぼ)――皇帝の行列――の中央だった。本を真ん中で開いて伏せたような黄色い切妻屋根を載せ、大きな車輪が左右の側面に一つずつあった。鹵簿は、切妻屋根を載せた馬車が連なり、華やかに着飾り、旗物差しを持った多数の禁軍――皇帝を警護する部隊――の騎馬兵、歩兵が従っていた。

 玄雀大路とは、“天子南面(てんしなんめん)”の語の通り、碁盤の目である長洛の真北にある皇帝の住まいと執務の場であり、官庁街でもある宮城の南正門と、真南にある長洛駅とを一直線で結ぶ、磚(レンガ)が敷き詰められたの長洛一の大通り。また、玄雀大路との名は、北方を司る神獣、玄武(げんぶ)、南の朱雀(すざく)にちなんだもの。

 鹵簿の通行のために運休中ではあるが、玄雀大路の中央には、街車(がいしゃ)の複線線路が敷かれていた。街車とは、一般の汽車の客車比べて、半分から三分の一の長さの乗り合いの車。チンチンとの鐘の音を鳴らし、機関車に牽かれずに走る。大きな交差点ごとに、停留場がこまめに設けられていた。

「仁瑜、ありがとう。みんなもよろこんでたわよ」

「どうした、銀鈴?  改まって」

「聖地巡幸の出発日を、今日の十八日にしてくれたでしょ。元宵節は、楽しみにしていたのよ。特に今年は、大おばさまも蘇ったし」

「いくら聖地巡幸、舞奉納のためとはいえ、年に一度の楽しみを奪うのもしのびないし、元宵節最終日の翌日出発で、元宵節の総仕上げ、てもある。“民とともに祝祭を祝い楽しむ”は、太祖のころからの習わしだ。太祖は、武張ったお方で、普段は質素な生活を好まれたが、祝祭ともなれば、大盤振る舞いされることが常だったからな。元宵節だと、夜光珠を付けた甲冑で身を固めた将兵を率いて広場に現れ、酒樽を開けて振る舞い、菓子や肉まんなどの点心を配られた」

 点心には、肉まんや餃子などの鹹点心(かんてんしん)と、あんまんや月餅などの甘い菓子類の甜点心(てんてんしん)の両方を差す。

「それって、お芝居のなかだけじゃなかったの?」

 銀鈴は首を傾けた。

「何を言ってるんだ、銀鈴? 公式記録の『太祖実録(たいそじつろく)』にもちゃんと載っていることだ。後宮太学の授業を聴いていたのか? 『太祖実録』は、しっかり授業に出てくる。だた、多少は話は盛っているかもしれないが」

「ああ、確かに歴史の授業で聴いたけど、お芝居の話とばっかり思ってたわ」 

 銀鈴は照れて笑った。

「おいおい師兄の胃が痛くなるな。『教えたはず』とぼやくぞ」

「仁瑜、黙っておいてよ。補習授業や追試は受けたくないわよ。越先生なら、だいじょうぶじゃない? 汽車に乗れば、どんなに体調が悪くてもすぐに元気になるわよ」

「それもそうか。師兄は無類の汽車好きだからな。本業の裁判よりも、今回の聖地巡幸の準備のほうが熱心だったぞ。汽車旅の準備だからと」

「ほんとよ。越先生は楽しそうだったわよ」 

 銀鈴と仁瑜は笑った。師兄とは兄弟子に対する敬称。忠元は、仁瑜の兄弟子。

「太祖さまの話といえば、天陽教の開祖さまが真夏に大河を凍らせて、太祖さまの軍を渡らせたとか、太祖さまの軍が暑さにバテたときに、氷を取り出して、氷に乳をかけて凍らせて振る舞ったとか、吹くはずのない風を吹かせて、火計を成功させたとか、雲一つない青空のお天気で、雷を落として敵軍を追い払ったとか」

「芝居ではだいぶ大げさにはなっているが、一応『太祖実録』には元になる話はあったぞ」

「そうなんだ。今度、『太祖実録』はちゃんと読んでみようかしら」

 

 馬車は、錦をかけ、金の蓮の花を背中に乗せた象の先導で、元宵節で使われた華やかな灯篭が飾られたままの玄雀大路(げんじゃくだいろ)を、沿道の民の歓声のなか、北の宮城から南の長洛駅へと、ゆっくりと進んでいった。通りの両側には、黒瓦、白壁、真朱の柱の二層建て楼閣の商店や、高い白壁で囲まれた邸宅が立ち並んでいた。

 宮城の南正門と長洛駅のほぼ中間地点、緑の瑠璃瓦、真朱の柱に壁の堂々たる八角、九重(こののえ)の塔、都心塔(としんとう)を過ぎたあたり。“九”は最上の聖なる数字。

 高さだけを純粋に判断すれば、長洛で最も高い建物は、この都心塔と、宮城の正殿である平屋建ての「太極殿(たいごくでん)」がほぼ同じ高さで並ぶ。太極殿は、塔の二層半ぶんの高さの基壇の上に載っていて、天井が非常に高く、内部で塔四、五層ぶんぐらいの高さの櫓を組むことができる。

 都心塔は、別名「鐘塔(しょうとう)」ともいい、別名の通り朝夕に時を知らせる鐘を鳴らす。南北を貫く玄雀大路と、東西を貫く龍虎大路(りゅうこだいろ)が交わる交差点の真ん中にそびえている。なお、龍虎大路の名も、東の神獣、青龍(せいりゅう)、西の神獣、白虎(びゃっこ)にちなんでいる。


「あっ、太祖さま! 玉露(ぎょくろ)先生! 甘露(かんろ)先生!」

 銀鈴は叫んで手を振った。そこには、宮中御用達茶商、休(きゅう)家の本宅兼本店の「休家茶房(きゅうけさぼう)」があった。店の前には、休家の主(あるじ)夫婦と後宮太学茶芸講師を務める休玉露と甘露の双子姉妹が並び、巨大な蒸籠が湯気を揚げ、並べられた長椅子に腰かけた大勢の見物人が居た。

 そして太祖を描いた巨大な絵灯篭が飾られていた。甲冑姿で床几(しょうぎ)――折りたたみ椅子――に腰かけた太祖に、商人の男が抹茶碗で茶を献じている場面だ。

 絵灯篭とは、絵を描いた紙を枠に貼った灯篭。夜には中に明かりを灯す。また、古い時代には茶葉を湯に浸すのではなく、餅茶(へいちゃ)――円盤状に固まった茶――を粉末にして、釜で煮立てて飲む。

 乱世を収め、天下を統一し、長く続いている泰平の世の礎を築いた太祖は、建国の英雄として、敬われ、親しまれている。後宮劇団でも、太祖を題材とした芝居や講談はお馴染みの演目だ。

「おい、銀鈴。おしのび歩きじゃないんだから、少し押さえろ」

 銀鈴は、隣の仁瑜に袖を引かれた。

「いいじゃないの、仁瑜。ここからじゃ、せっかく錦で飾られているのに、象さんのお尻しか見えないし。そこの休家茶房の二階からだったら、鹵簿も良く見えたのに。飲茶(ヤムチャ)を食べながら、見物したかったな」

 銀鈴は不満顔で、休家茶房を指差した。

 ここの休家茶房は、一階で茶葉、茶器、肉まんや串焼き肉など持ち帰りできる点心――軽食――を売り、二階が飲茶(ヤムチャ)屋になっている。なので、二階の窓際は鈴なりの人だかりだ。

「そう言うな、銀鈴。予行演習の時にしっかり見ただろう? ずいぶんりりしく作ってあるな。休家の初代が、戦場(いくさば)の本陣で太祖に茶を献じている場面か? 太祖は酒好きで、茶好きだからな。前の日の晩に、将兵と酒宴を張って、二日酔いの朝、かもしれないな。茶を飲むと二日酔いは楽になるし」

 仁瑜も絵灯篭に目を向けた。

 休家の初代は、茶のほか、塩、鉄、絹、麻などを手広く商い、軍資金の面で太祖の天下取りを支えた商人。“義商”として知られる。太祖による天下平定後は、商売の利益を元手に戦災者の支援、孤児院の設立、産業振興を行った。現在の休家は茶商で、この功績で宮中出入りの御用商人の筆頭。

「仁瑜のほうが格好いいわよ」

 銀鈴は顔を赤らめた。

「まだまだ太祖には及ばぬよ。見た目も、中身も。それはそうと、眠くないか? 昼は聖地巡幸の準備、夜は灯篭見物に、交代で元宵節の会場で歌や踊りの公演だったじゃないか。私も、昼は政務、夜は灯篭見物で、少し眠いが」

 仁瑜は、首を軽く左右に振って、銀鈴に尋ねた。

「仁瑜も立派な天子さまよ。よそへ行けるのが楽しいから、眠くないわ。駅に着いたら、昼餉(ひるげ)でしょ。寿眉を淹れてあげるから」

「寿眉も持ってきたのか? それにして元気だな」

「おじさんみたいなことを言ってんるじゃないわよ、仁瑜。元宵節でみんな睡眠時間が短いし、旅先でお肌が荒れることもあるかもしれないから、師叔(ししゅく)が持たせてくれたのよ、それもいっぱい」

 師叔とは、銀鈴、香々、皇太后の侍女頭を兼ねる総女官長の薛霜楓(せつそうふう)のこと。銀鈴にとっての師父(せんせい)は、後宮太学長。なので後宮太学長の妹弟子に当たる霜楓は、銀鈴から見て叔母弟子になる。

「そうか。じゃ頼む」

「分かったわ」

 

 午前一一時ごろ、長洛(ちょうらく)駅。

 寿国鉄道の象徴にして、帝都・長洛の玄関口である長洛駅は、閉じたほうを北に、開いたほうを南の城壁に向けた、「凹」字型の三合院(さんごういん)。瑠璃瓦の屋根は瑠璃紺――明るめの紺――、軒は緑、柱は真朱の“鉄道院駅舎基本様式(てつどういんえきしゃきほんようしき)”。五行で、水を表す瑠璃紺、火を表す真朱を、木を表す緑が取り持っている。

 改札口、切符売り場、駅長室、貴賓室など重要な施設がある母屋の北棟は、最も格式の高い寄棟屋根。東棟と西棟は、一般的な切妻屋根。三層の楼閣で、発車を待つ列車が最後尾を改札口に向けて止まり、到着列車は先頭の蒸気機関車が頭を改札口に向けて入ってくる頭端式――行き止まり式――だ。

 寄棟屋根は、切妻屋根よりも構造が複雑で、最も格式の高い屋根。母屋や本堂といった、重要な建物で用いられる。

 駅前広場を囲むのは、鉄道院本院と長洛地方鉄道局が入っている鉄道合同庁舎、郵政院と長洛中央郵便局が入っている郵政合同庁舎。ともに、母屋が寄棟屋根、他は切妻屋根。

 駅前広場の長洛駅停留所には、木造で、檜皮(ひはだ)色の街車が多数待機していた。

 昨夜まで開かれていた元宵節の灯篭や山車(だし)も残され、美しく飾り立てられた長洛駅前広場。山車には、鉄道院出品の蒸気機関車や開放型展望台(デッキ)付き一等展望車、旅人の守護神、草鞋大王(そうあいだいおう)の神像。長洛の各商家、町、団体出品の龍、桃、西王母、仙人、女仙など、華やかで縁起物の飾り灯籠が載っていた。 禁軍将兵と鉄道地内の犯罪捜査・治安維持に当たる鉄道公安官吏が警衛し、鉄道院総裁、丞相――宰相――および尚書――大臣――、長洛府尹――府の長官――、長洛地方鉄道局長、鉄道公安局長、長洛駅長、長洛鉄道公安署長が、整列していた。

 丞相以下、文官は官等に応じた色の円領(えんりょう)――円い衿(えり)――、広袖、足首丈の袍(ほう)――上衣――の朝服姿。ただし、鉄道院総裁以下、鉄道官吏は武官朝服と同型で、円領(えんりょう)、筒袖、膝上丈の袍――上衣――。色は一律で濃紺。胸には、鉄道院の徽章(きしょう)である機関車の動輪を官等に応じた色でししゅうされていた。なお、文官朝服と比べて、武官朝服は細身仕立てで、丈も短いため動きやすく出来ている。

 鹵簿の軍楽隊が、太鼓、銅鑼、嗩吶(チャルメラ)を賑やかに奏しながら、長洛駅前広場に着いた。

 鹵簿の到着の合図として、華やかに爆竹が鳴らされた。

 銀鈴と仁瑜が、龍の紋章が描かれた馬車、香々と茘娘、棗児が鳳凰の紋章が描かれた馬車から降り立った。

 皆、分厚い毛皮で裏打ちされ、膝と足首の中間の丈で、頭巾付きの釣り鐘型外套(マント)にくるまっていた。寿国の衣は、大袖、筒袖と、袖の形や大きさの種類が多い。よって、袖の形、大きさにかかわらず用いることができる、釣り鐘外套(マント)が好まれている。銀鈴と香々は黄色地に鳳凰の紋様、仁瑜は黄色地に龍の紋様、茘娘と棗児は緑色の釣り鐘型外套(マント)だ。

 銀鈴、仁瑜、香々、茘娘、棗児、その他の女官は、長洛駅長の先導で仮説櫓に登った。

 

「銀鈴、昼間に見る山車もいいけど、やっぱり山車は夜のほうが幻想的できれいよね。元宵節で夜ふかしが続いたので、少し眠いわ。山車や灯籠を見て回るのが、楽しくて、寝る間がもったいなかったわ」

「ですよね、大おばさま。昼間は明かりが点いてないですから。汽車に乗れば、昼寝もできますよ。特に今年は、ただでさえ元宵節の見物で寝不足になるのに、聖地巡幸の最終準備もありましたからね」

 銀鈴と香々は小声で話し、うなずき合っていた。

「そうね。銀鈴は元気ね。若いっていいわね。眠たかったらそうさせてもらうわね」

「乗ったら、ゆっくりしてください」

 銀鈴は苦笑しつつ、香々に答えた。

(大おばさまは、三百ニ十五、六歳だから、お年寄りなのよね。お年寄り扱いすると、怒られるわよね。怒られないようにしないと)

「ん? 銀鈴、今わたしのことを『お婆さん』って思ってなかった?」

「そんなこと、ないです、ないです!」

 銀鈴は激しく首を何度も横に振った。

「それならいいけど。いい? わたしはお婆さんじゃないから」

「分かってます、分かってます」

 銀鈴は、今度は首を何度も縦に振った。

(……大おばさまの口調、パッと見は穏やかなんだけど、目が笑ってないから、怖かったわ。気をつけないと)

 銀鈴たちが櫓の上で正面を向いて並び終わり、ひときわ大きく銅鑼が打ち鳴らされた。

 丞相が櫓正面下に進み出て唱えた。

「皇帝陛下万歳! 万歳! 万々歳!」

「万歳! 万歳 万々歳!」

 丞相に続いて、他の官吏、将兵、民衆が喚呼した。

「万歳!」の喚呼が収まると、櫓上に控えていた前礼部尚書――教育・儀礼・外交を司る大臣――が盃を載せた盆を捧げて、仁瑜の前へと進み出た。

「謹んで、陛下に御酒(ごしゅ)を捧げ奉ります」

 前礼部尚書がそう述べ、介添えの儀典官が盃に酒を注いだ。

 丞相が仁瑜に盃を捧げた。

「大儀」

 仁瑜は軽くうなずき盃に口をつけた。

 前礼部尚書は一礼し、櫓上で脇に控えた。

「朕(ちん)、即位奉告のため卍湖へ旅立つ。それに先立ち、太祖の故事にならい祭祀の供物を下賜す。ともに天地を祀り、祝祭を祝おうぞ」

 仁瑜はそう告げて、竹の皮の包みや紙包みを撒き出した。

 銀鈴と香々、茘娘当時をはじめとしたその他女官たちも、仁瑜に続いて包みを撒き出した。

 集まった民衆は、「万歳!」を叫びながら包みを拾っている。「○○さま~」「××さま~」と、女官の芸名を叫ぶ黄色い声も聞こえた。

 包みの中身は、茹で白玉団子、揚げ白玉団子、干しぶどう、干しいちじく、干しなつめ、干し桃、ハスの実の蜜漬け、小粒の飴(あめ)、ひと口大の緑豆ガオ(リュードウガオ)に紅棗馬蹄ガオ(ホンザイマーティーガオ)、栗カオ(リーカオ)の菓子・干し果物、健康長寿、家内安全、開運招福、所願成就の護符、後宮劇団の公演予定表・劇場面の錦絵、鉄道院の袖珍(しゅうちん)簡易時刻表・旅行案内書、割引切符の引き札(チラシ)。「袖珍」とは袖の中に入る小型本のこと。

 白玉団子は、茹で団子、揚げ団子の二種類が用意され、ともに胡桃入りの小豆餡やハスの実餡が包んであった。茹で白玉団子は、元宵節に食べるものを特に「元節」という。揚げ白玉ゴマ団子は、表面にゴマをたっぷりまぶしてある。緑豆ガオ(リュードウガオ)は、緑豆を蒸し潰して固めたもの。紅棗馬蹄ガオ(ホンザイマーティーガオ)はなつめを蒸し潰し、黒くわい――ここでの「馬蹄」は黒くわいのこと――の粉を混ぜて固めたもの。栗カオ(リーカオ)は、煮た栗を蒸し固めたもの。三つとも、鉄道院が東方の島国の和人(わじん)向けに発行した『寿国旅行案内書 和語編』では、「ようかん」と説明されている。

「何を懐に入れてるんですか!」

 銀鈴は、包みを懐に入れようとして、隣で撒いていた茘娘にとがめられた。

「まあいいじゃない、茘娘。たくさんあるし、一つぐらいもらっても」

「みなさんに配るものでしょ。それに、さんざん味見をしましたよね?」

 棗児は櫓下に集まった民衆を見た。

「試食でたくさんたべましたよね」

 棗児もあきれ顔だ。

「銀鈴、お腹すいたの? これが終われば昼餉でしょ。食いしん坊さんね」

 香々が微笑した。

「そんなに食いしん坊扱いしないでください、大おばさま⁉ 茘娘も、棗児も⁉」

 銀鈴がむくれた。


 銀鈴たちは、長洛駅長先導、鉄道院総裁、長洛地方鉄道局長、鉄道公安局長、長洛鉄道公安署長追従で、貴賓室に入った。

 銀鈴たちは午後一時三十分、貴賓室での昼餉(ひるげ)を終え、駅長先導で歩廊(ホーム)へ向かった。

 頭端式の歩廊(ホーム)には、牽引する蒸気機関車を入れて、八輌の客車の御召列車と、御召列車に先行し、線路点検を行う指導列車が、歩廊(ホーム)を挟んで向かい合って待機していた。最後尾が駅舎のほうを向いている。

 御召列車の先頭には、その優美な姿から“貴婦人”とも称される牽引機の特別急行・急行用の蒸気機関車。煙を吹き立てて、顔が写るほどピカピカに磨き上げられ、寿国の国旗が交差して掲出されていた。国旗は、黄色地に緑色の昇り龍と下り龍の二頭一対で描かれていた。機関車の後ろには、供奉員用の三等寝台車兼手荷物車一輌、二等寝台一輌、一等寝台車兼二等寝台車一輌、一等寝台車一輌、食堂車、皇后用鳳凰紋が描かれた御料車一輌、皇帝用龍紋が描かれた御料車一輌の順で、最後尾には宮城なら謁見の間に当たる、展望台(デッキ)付き展望車。客車はすべて、皇帝の色である黄色だ。

 一方、指導列車は、特別な装飾はなく、一般の列車と同じ格好だ。先頭に機関車、栗皮色の客車が八輌。後ろから、白帯を巻いた一等寝台車一輌、青帯の二等寝台車が三輌、食堂車、赤帯の三等寝台車二輌、手荷物車一輌。

「銀鈴、先に行くから」

 銀鈴は、警護に当たっていた芬秋水(ふんしゅうすい)から、声をかけられた。銀鈴と秋水は、後宮太学の同期で、寮では同室が縁で、親友の間柄。

「分かったわ」

 秋水は、そう言って指導列車に乗り込んだ。

 銀鈴たちは、列車に乗り込み、最後尾の展望車の展望台(デッキ)に立った。見送りの皇族、丞相―、尚書、長洛府尹、その他留守番の女官・宮女たちが、展望車の近くに集まっていた。

 一三時五〇分、汽笛が一声鳴って、指導列車が発車した。

「道中、つつがなく巡幸を続けられますよう」

 丞相が仁瑜に奏した。

「留守中、諸事遺漏なきように」

 仁瑜が答えた。

 歩廊(ホーム)の時計が、一四時ちょうどを差した。

 展望車横に立っていた長洛駅長が、片手を高く挙げた。

 機関車が、長音汽笛を一声ならした。

 丞相以下、見送り人たちは一斉に拱手の礼――腕で輪を作り、両手を胸の前で重ね合わせる礼――を執った。

 御召列車は、一路西へ向け、走り出した。

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