四  銀鈴、御召列車車中でおやつを作るのこと

【ご注意!】

 ・本作の「目的」は【趣味で執筆】、作者要望は【長所を教えてください!】です。お間違えないようにお願いします。


 ・本作は、予告なく削除することがあります。あらかじめご了承ください。ですので、もしも「まだ読みかけ」という方は、ご自身でWordやテキストエデッタなどにコピペして保存されることをお勧めします。


 ・「作者を成長させよう」などとのお考えは不要です。執筆はあくまでも【趣味】です。執筆で金銭的利益を得るつもりは全くありません。「善意」であっても、【新人賞受賞のため】【なろうからの書籍化のため】の助言は不必要です。


 ・ご自身の感想姿勢・信念が、本作に「少しでも求められていない」とお感じなら、感想はご遠慮ください。

 

 ・本作は、「鉄道が存在する中華風ファンタジー世界」がどう表現できるか? との実験作です。中華風ファンタジーと鉄道(特に、豊田巧氏の『RAIL WARS』『信長鉄道』、内田百閒氏の『阿呆列車』、大和田健樹氏の『鉄道唱歌』)がお好きでないと、好みに合わないかもしれません。あらかじめ、ご承知おきください。お好みに合わぬ場合には、無理に読まれる必要もなく、感想を書かれる必要もありません。あくまでも【趣味】で、「書きたいもの」を「書きたいように」書いた作品です。その点は十二分にご理解ください!

 

 ・あらすじで興味が持てなければ、本文を読まれる必要はありません。無理に感想を書かれる必要もありません。私も、感想返しが必ずしもできるわけではありません。また、感想返しはご随意に願います。なお、ひと言でも良い点を指摘できる作品に限り、感想を書くようにしています。

 

 ・攻撃的、挑発的態度などのご感想は、「非表示」「ブロック」の措置を取りますことを、あらかじめご承知おきください。


===========================================


 御召列車が、長洛を出て約一時間後の午後三時。列車は、最初の目的地、蒼寧(そうねい)へ向けて、一路、西へと走っていた。長洛から蒼寧まで、車中一泊の翌朝、一〇時〇〇分着の予定。所要時間二〇時間。最大大陸横断鉄道の一翼を担う絹街道本線(きぬかいどうほんせん)を、黄蒼本線(こうそうほんせん)との分岐駅、黄蘭(こうらん)まで行き、黄蘭で黄蒼本線に入る。その後、翠塩湖(すいえんこ)に立ち寄り、天届峠(てんかいとうげ)を越え、最終目的地の天陽(てんよう)と卍湖(まんじこ)へ向かう。

 最後尾から三輌目の六号車、鳳凰紋が描かれた皇后用御料車。

 銀鈴は、仁瑜とともに皇帝用御料車に同車するので、皇后用御料車は香々と世話係侍女の茘娘と棗児が使う。

 片側が廊下で、部屋が枕木方向に並んでいた。部屋割は、進行方向側から女官用手洗い所、女官部屋、皇后用手洗い所、御座所――居間――、寝室、厨房。

 皇后用御料車の厨房は、皇帝・皇后の食事作り専用だ。そのため、皇帝用御料車と皇后用御料車は、二輌一対で運用される。

 厨房の炉は、石炭が使われる。鉄の炉は、火で燃え溶けんばかりに真っ赤になっていた。

 銀鈴は、頭を白い頭巾で包み、たすきをかけて、白い前掛けをし、厨房の炉で、黒ゴマを煎っていた。

 御召列車に乗り込むときは、香々ともども、大ぶりの広袖で、金糸、銀糸をはじめ色とりどりの糸で、鳳凰を織り込んだ黄色い足首丈の衣をまとい、鳳凰を模した冠「鳳冠(ほうかん)」をかぶっていた。この装いは、皇帝が外廷で、臣下を引見する際の衣裳に相当する。ただ、乗り込んで、発車して、一息ついたのちには、「動きづらいし、おやつ作りには不便だから」と言い出して、茘娘や棗児とお揃いの小ぶりな広袖の襦――上衣――に裳(スカート)との、緑色の女官衣に着替えていた。

「茘娘、棗児、白玉をお願い」

「はい」

 茘娘と棗児が返事をし、白玉を作り出した。

「汽車の中に、厨房まであるの?」

 香々が、驚きの声を上げた。

「はじめて長洛へ行ったとき、朝餉(あさげ)と昼餉(ひるげ)の二回、汽車の中の食堂車で、ご飯を食べましたけど」

 銀鈴は、鍋の中のヘラで黒ゴマをかき回しながら、答えた。

「食堂車? そんなのがあるって、前に忠元が言っていたわね。汽車の中でのご膳は、銀鈴たちが作るの?」

「いいえ。専門の厨娘(ちゅうじょう)のおばちゃんが乗ってますよ。ただ、今は隣の食堂車に行っています。その間にここを借りて、おやつを作ろうと。まあ、わたしたちも手伝いますけどね。さすがに宴席の宮廷料理は無理ですけど、簡単なおやつやまかない料理ぐらいなら作れますよ。そうよね、茘娘、棗児」

 厨娘とは、女性の料理人のこと。年齢は関係ない。なお、男性なら厨師(ちゅうし)。

「はい。そうですよ。わたしたちも手伝いますよ」

「肉まんや餃子、炒飯ぐらいなら作れますね。厨娘のお手伝いなら、お皿洗いや皮むきぐらいですけど」

 茘娘と棗児が答えた。

「それにしても、三人とも手なれているわね。汽車の中では、揺れるのにね」

「おやつを作るの楽しいですよ。それに前に一回、試運転の時に練習していますし」

 銀鈴は、香々の問いに答えた。

 黒ゴマが二、三分煎られて、香ばしい香りが漂ってきた。

 銀鈴は、煎り終わった黒ゴマを鉢に移した。そして、クルミを鍋に入れて、三分ほど煎って、これも鉢に移した。

 黒ゴマとクルミを、すり鉢に入れて、すり出した。黒ゴマとクルミが粉状になるまで、銀鈴、茘娘、棗児の三人が交代しながら、何回かに分けてすった。

 銀鈴は、小鍋に、黒ゴマ、クルミの粉、熱湯を入れ、煮立てた。水で溶いた上新粉を少しずつ小鍋に入れ、とろみを調整し、最後に黒砂糖を入れた。四人分の碗に汁粉を盛り、白玉を浮かべた。それから蓋椀を四つ用意した。

 この間に、棗児が冷蔵庫からだいだい色のまんじゅうを取り出し、油をたっぷり入れた鍋で揚げ焼きにした。これは、長洛周辺の冬の名物で、生地に熟柿を練り込んだ焼きあんまん、柿子餅(シーズピン)だ。

 冷蔵庫には、「保冷符」という呪符が貼り付けられていた。この保冷符の効き目があるうちは、中は冷たく保たれる。

 銀鈴と茘娘は、汁粉、柿子餅(シーズピン)、茶器が入った岡持ちと熱湯が入ったやかんを持ち、後ろの

七号車の皇帝用御料車に向かった。香々も一緒だ。棗児は、火の番のために、厨房に残った。

 皇帝用御料車の部屋割も、皇后用御料車とあまり変わらない。前方側から、手洗い所、侍従部屋、皇帝用手洗い所、御座所、寝室。鳳凰の意匠を主として、家具は褐色の紫檀でまとめられた皇后用御料車に対し、皇帝用御料車は、天井に鮮やかな龍を描き、床にも明るい黄色地に緑色の龍のじゅうたんが敷かれ、黒紫の紫檀の家具が用いられていた。

「おやつ持ってきたわよ」

 岡持ちを持った銀鈴は、そう言いながら御座所に入った。

 仁瑜と忠元は、窓際の卓に向かい合って、書類仕事をしていた。

「もうそんな時間ですか? 陛下、少し休みましょう」

 忠元は、帯に挟んだ懐中時計を手に取りながら、仁瑜に言った。

「そうだな」

 仁瑜はうなずいた。

 忠元が卓の上の書類を片付けた。銀鈴と茘娘が、汁粉、柿子餅(シーズピン)、茶器を並べた。香々は忠元の隣に座った。汁粉と茶を並べ終わった銀鈴は、仁瑜の隣に腰を下ろした。

「では、失礼いたします」

 茘娘は、そう言って、頭を下げて、退出した。


「お茶は、どれにします? 龍井(ロンジン茶)と茉莉花(ジャスミン)茶がありますが」

 銀鈴が卓を囲む一同に聞いた。

 龍井(ロンジン)茶とは、緑茶の最も有名な銘柄の一つ。また、単に「茉莉花(ジャスミン)茶」と言った場合は、緑茶に茉莉花(ジャスミン)の香りを移したものを指す。

「じゃ、茉莉花(ジャスミン)茶をお願いね」

 香々は、銀鈴に告げた。

「龍井(ロンジン)茶を」

「私も、陛下と同じものを」

「それじゃ、わたしは大おばさまと同じで茉莉花(ジャスミン)茶にするね」

 銀鈴はそう言って、茶筒を手に取り、自分と香々の蓋椀には茉莉花(ジャスミン)茶を、仁瑜と忠元の蓋碗に龍井(ロンジン)茶を入れ、やかんから湯を注いだ。

「かなり暖かいわね。まるで春ね。冬の汽車だから、もっと寒いのかと思ってわよ」 

 香々は、山水が描かれた青花(せいか)の蓋碗を受け皿ごと持ち上げ、蓋で浮いた茶葉を反対側へ寄せて、隙間から茶をすすった。

 青花とは、白地に青い絵の具で絵や模様を描いた磁器。

「暖かいのはいいんですけど、すぐにのどが渇くんですよね」

 銀鈴は、レンゲで汁粉を食べた。

「汽車の中は、暖房が良く通っていますから、喉が渇きますからね。喉が渇いたら、我慢せずにお茶を飲んでください。これから、高地へ行きますから、山酔い防止のためにも、乾燥地帯でもありますから、どんどんお茶を取ってください。茘娘や棗児に言えば、すぐ用意してくれますよ」

 忠元は、銀鈴と香々に向かってそう言った。

 山酔いとは、高山病のこと。

「この汽車の中には、ほかに何があるの? 見てみたいんだけど」

「じゃ、この後ご案内します。ずっと座ったままだと、血の巡りも悪くなりますからね。鉄道院官吏も同乗しているので、目立たない普段着にお召替えを」

「分かったわ。お願いね」

 香々は、忠元にそう言った。


 普段着に着替えた香々が、六号車の皇后用御料車の御座所から出てきた。

「茘娘、棗児、部屋を見せてもらえますか?」

 忠元が、茘娘と棗児に尋ねた。

「はい。構いませんよ。どうぞ、こちらです」

 茘娘と棗児はそう言って、女官部屋を案内した。

「女官部屋の構造は、一等寝台の二人部屋と同じになっています」

 忠元が香々に、そう説明した。

 室内は、窓を挟んで枕木方向に二台の榻(とう)――寝台兼用の長椅子――がおかれ、窓の下には小卓があった。

 榻の真ん中にも四角い小卓が置かれ、その小卓を挟んで、座布団が敷かれていた。

「寝る時はどうするの?」

 香々が問うた。

「夜になりますと、列車給仕が来て、榻の上を片付けて布団を敷きます。ちょっと失礼」

 忠元はそう言って、榻の上の小卓を持ち上げ、その足を折りたたんだ。

「こうなっているんですよ」

 そして、小卓の足を戻して、小卓を元の位置に置いた。

「荷物はどうしてるの?」

 香々が重ねて問うた。

「荷物は、廊下の上や榻の下が荷物置き場になっているので、そこに」

 茘娘が、女官部屋の内側から扉の上や、榻の下を指差した。

「そこを開けてもらえますか?」

 忠元が指差し、棗児が窓下の卓の蓋を開けた。

 中から、洗面台が現れた。

「そんなものまであるのね」

 香々は、しきりにうなずいた。


 五号車の食堂車。

 構造は、車輛の三分の二が食堂、三分の一が厨房、それらとは別に、車輛間通り抜け通路の側廊下がある。

「食堂車よりも前の車輛は、多少の改装はしていますが、一般の車輛の色を塗り替えて使っています」

 忠元が、そう説明した。

 鉄道院の客車は、基本的に栗皮色。

 銀鈴は、食堂入り口の勘定場兼売店を見た。壁には短冊形の品書きが下げられ、棚には商品が並んでいた。焼き芋、焼き栗、肉まん、あんまん、麻花(かりんとう)、緑豆ガオ(リュードウガオ)、紅棗馬蹄ガオ(ホンザイマーティーガオ)、栗カオ(リーカオ)、茶葉蛋(チャーイエダン)、搾菜(ザーサイ)、麺麻(メンマ)、叉焼(チャーシュー)、火腿(ハム)、干し柿、みかん、塩炒り豆、醤油炒り豆、味噌炒り豆、龍井(ロンジン)茶、茉莉花(ジャスミン)茶など自席に持ち帰ることができる各種軽食・菓子・飲み物、新聞、雑誌、手ぬぐい、チリ紙、木製の湯呑などの日用品が売られていた。

「まだ、準備中? 焼き芋と焼き栗を買おうと思ってたんだけど」

「まだ食べる気? さっきお汁粉と柿子餅(シーズピン)を食べたばっかりでしょう」

 香々があきれ声でツッコんだ。

「止まる駅が少ないから、窓から買えないんですよ。秋・冬に汽車に乗ったら、焼き芋や焼き栗を買わないと」

「窓から?」

 香々は疑問を口にした

「大きな駅では、売り子が列車まで軽食、菓子、新聞・雑誌、日用品や土産物を売りに来るんですよ。列車の乗客は、窓や扉越しに、それらを買うことができます」

 忠元は香々に説明した。

「前に、汽車に乗ったときには、売りに来なかったわよ」

「売りに来るのは、長距離の列車です。短距離の普通列車だと、列車まで売りに来ることはないんです」

 忠元は、香々へ説明してから、銀鈴に向かってツッコんだ。

「だいたい止まったところで、この列車は『御召列車』ですからね。窓まで売りに来るわけないでしょう。歩廊(ホーム)は、関係者以外立ち入り禁止ですよ。陛下が拝礼を受けられる場合もありますからね。どれだけ、底なしなんですか? まあ、秋や冬の歩廊(ホーム)の香りと言いえば、焼き芋、焼き栗なんですけどね」

「何よ、二人とも!」

 銀鈴はむくれた。

「本もあるの? 借りられるの?」

 香々が「貸出用図書」と書かれてた本棚から、本を手に取った。並んでいる本は、案内記(ガイドブック)、紀行文、風景画集、地図、詩集、小説。

「売り子に言えば、タダで貸してもらえます。長距離になると、景色にも飽きて、退屈ですからね。西のほうの荒野や砂漠なら、一時間ぐらい昼寝しても、景色が変わらないこともあります。汽車の中では、寝る、本を読む、おしゃべりぐらいしかやることがないですからね。手持ちの本がないときは、借りられるから助かります」

 忠元が貸し出し用図書の本棚を指差した。多くは小型の袖珍本だった。

「そうね。長洛への道中の砂漠は、右を見ても、左も見ても、砂ばかりの同じ景色だったわ。自分の足で歩くか、駱駝に乗っても落ちないようにしないといけないから、退屈するヒマはなかったわ。それに、砂漠で行列からはぐれて迷子になると、飢えや渇きで、まず死ぬわよ」

「あれ? だったら、この本は何なんですか、越先生?」

 むくれ顔の銀鈴が貸し出し用本棚から、本を三冊取り出し、忠元に詰め寄った。三冊とも、著者欄には「越忠元」とあり、題名は『古今鉄道旅行記案内』『官用出張紀行』『鉄道犯罪事件簿』だった。

「……これですか? どれもこれも、鉄道院出版局に頼まれて書いたものでして。貸出本は、鉄道や旅、沿線を題材にした小説が選ばれやすいですね。当代火昌王殿下が、お若いころに書かれた『絹街道本線殺人事件』もありますよ。五十年は前に書かれたものですが、沿線について、かなり綿密に取材されていますから、“架空の話”とはいえ、当時の絹街道本線の様子を知るには、格好の書なんですよ」

 忠元は微苦笑したのち、本棚から一冊の本を取り出した。

「……五十年も前の本が読み継がれているのね。せっかくだから借りようかしら」

 香々は感慨深げにつぶやいた。

「お邪魔します。見学、いいですか?」

 忠元は、そう言いながら、食堂の扉を開けた。

「はい」

 開店準備中の食堂車給仕と、食堂車給仕の手伝いをしている後宮女官が返事をした。

「これが食堂車ね? 何で女官が、手伝っているの?」

 香々が、疑問を口にした。

「御召列車運転時には、車中で陛下に給仕することもあります。今回は、予定にはありませんが、沿線の有力者を招いて、車中で宴席を催すこともあります。また、国賓来朝時にも、特別列車を運転し、車中での接待に女官が当たることもありますから。列車内ですと、地上と違って揺れますし、狭いので、勝手が違います。なので、こういった機会に練習をしておく必要もあります。試運転の時にも、練習しています。一般の列車でやってしまうと、食堂車に迷惑をかけますので」

 来朝とは、異国人が寿国へと来ること。

 忠元が答えていると、厨房から白い頭巾に白い前掛け姿の厨師長がやって来た。

 厨師長とは、食堂車の責任者。

「閣下、お越しでしたか」

「厨師長、準備中でお忙しいところ、すみませんね。見学、いいですか? それから、本を借りていいですか?」

 忠元は厨師長に本を見せた。

「構いませんよ。一般の列車と違いまして、わりと手が空いておりますので。お客様の数も少なく、あらかじめ決められた定食をお出しするだけですから。では、ご案内します。本の貸し出しでしたら、こちらをご記入ください」

 厨師長から目配せを受けた給仕が、忠元に本の貸し出し伝票を差し出した。

「ありがとうございます。そうですね。人数は、一般の列車の半分いくか、いかないかですよね。お願いします」

 忠元がそう言うと同時に、銀鈴と香々が頭を下げた。

 長洛―天陽間の一般の列車なら、八輌編成中、食堂車と手小荷物車を除く六輌に乗客が乗っている。だが、今回の御召列車では供奉員が乗っているのは、一般列車の半分の三輌。しかも、定員の少ない一等寝台車が一輌半、二等寝台車が一輌半。一般列車なら、乗客が乗っている客車のうち、半数程度は寝台車より定員が多い座席車になる。

 食堂の室内は、木材がふんだんに使われていた。木目を生かし、褐色が基調だ。真ん中には通路、黄土色地にさまざまな吉祥紋様が織り込まれたじゅうたん。車輛間通り抜けの側廊下側に二人がけの四角い卓、反対側には四人がけの四角い卓が並び、椅子には黄土色の座布団が敷かれていた。

 黄色が“皇帝の色”とはいえ、それは“明るい黄色”に限られている。黄土色は“黄”の字が入るとはいえ、色は暗く、黄褐色ともいう。なので、一般の使用も差し支えない。

 また、車輛間通り抜け通路の側廊下の壁にも、内窓がある。なので、側廊下側の二人がけの卓でも、内窓、側廊下、外窓と三枚の窓を挟むが、外の景色を楽しむことができる。

 厨師長は、二人がけの卓の横で立ち止まった。

「お客様によっては、お食事中にのぞき込まれるのが嫌がる方もいらっしゃいますので」

 厨師長は、そう言いながら、内窓脇の黄土色の引幕(カーテン)を引いた。

 各卓の青磁の一輪挿しには、水仙がいけられていた。白い水仙がいけられた卓もあれば、黄色い水仙がいけられた卓もあった。

 銀鈴と香々は、物珍しげに辺りを見回した。

「食堂車に入った瞬間から感じたんだけど、“気”が安定してるわね」

 香々が、感心した口調で言った。

「お分かりになりますか? さすがでございますね。お目が高こうございます。食堂車は、車中における社交の場でもございますので、風水的にそれを意識した色遣いになっております。床、天井、壁、窓枠の茶褐色は、木(もく)の気で、気を安定させます。じゅうたん、引幕(カーテン)、座布団の黄土色は、土の気で、社交運を上げ、心をおおらかにします。一輪挿しの青磁の緑も、木の気で、気の流れを良くします。機関車も、厨房でも、相反する火と水を同時に使いますから。その仲立ちをする、木の気は、鉄道にとっても、食堂にとっても、特に重要ですね。水仙の黄色は、黄土色と同じです。白色は、全ての色の力を引き立てます」

 厨師長は、あれこれ指差しながら説明した。

 銀鈴と香々は、感心した表情でうなずいた。

「さあ、厨房へどうぞ」

「えっ、いいんですか?」

 銀鈴が、厨師長に意外そうに聞いた。

「ええ。構いませんよ。どうぞ、どうぞ」

「じゃ、お言葉に甘えまして」

 忠元は、厨師長に軽く頭を下げた。

「越先生、いつも見学させてもらってるんですか?」

「さすがに、一般の列車ではやりませんよ。御召列車で、身内しか乗っていないので、多少の無理はお願いできますが」

 銀鈴の問いに、忠元が答えた。


「厨師長、そろそろ」

 食堂車給仕の一人が、声をかけた。

「おお、そろそろか。皆様、こちらへ」

 厨師長はそう言って、銀鈴たちを乗降口へと案内した。

 御召列車が、駅に止まった。皇帝専用の特別列車なため、当然乗降はない。

「止まるの?」

 香々が忠元に聞いた。

「運転停車といって、時刻表上は通過扱いですが、鉄道側の都合での停車ですよ。長洛を出てから、もう二時間以上はたっていますからね。さすがに、一組に機関士・機関助士で最初から最後まで、運転させ続けることはできませんので。二時間過ぎたぐらいで、交代するのが例ですよ」

 厨師長は、乗降口の扉を開けた。

「お疲れ様です」

 食堂車営業所の荷運び人が、食材の荷を摘み込んできた。

「お疲れ様」

 厨師長、厨師助手、食堂車給仕が食材の荷を受け取った。

 

「このように途中駅で、食材を受け取ることもあるんですよ」

 厨房に戻った厨師長は、食材の入った長方形の銅箱の蓋を開けた。

「今晩、お出しする鯉です。車中で一から下ごしらえをするわけにもいかないので、あらかじめ地上の厨房である程度まで、下ごしらえをして積み込みます。特に魚は、鮮度が大事なので」

「鯉ってことは、姿揚げの甘酢餡かけ?」

 香々が聞いた。

「左様でございます。ほかには、水餃子、白菜の炒め物、羹(スープ)をご用意しております。餃子はこのように、あらかじめ生地に餡を包むところまではしておりますので、あとは茹でるだけです」

 厨師長は、餃子が入った銅の箱を開けて見せた。

「お二人とも、せっかくの機会なので、質問はありますか? 厨師長、いいですよね?」

 忠元は、銀鈴と香々に、厨師長への質問を促した。

「はい。何なりとお聞きください」

 厨師長がうなずいた。

「途中で、食材や石炭がなくなったら、どうするの?」

 香々が尋ねた。

「食材が足らなくなったら、通過駅で投げ文して、通過駅の駅員に次の停車駅に連絡してもらいます。そして、停車駅で積み込んでもらいます。石炭は、停車駅で機関車から分けてもらいます。機関車にとっては、桶一杯分の石炭は大した量ではないので、快く分けてもらえますよ」

「じゃ、そろそろ失礼しますので。お忙しいところ、ありがとうございました」

 忠元が、厨師長にあいさつをした。

「ありがとうございました」

 銀鈴と香々も、そろって頭を下げた。

「大してお構いもできませんで」 

 厨師長も、答礼した。


 四号車の一等寝台車。

「こちらが、一等寝台車になります。一輌に八部屋あって、ほかには手洗いと車掌・給仕室があります。客室八室のうち、三室が一人部屋、五室が二人部屋です。二人部屋の構造は、先ほどの女官部屋と一緒です。さあ、こちらへ」

 忠元が説明し、一室の扉を開けた。

「私の部屋なんですが。一人部屋はこうなっています」

 そこには、榻、榻と反対側の壁と向かい合った机と椅子があった。室内は、壁や天井は色を塗らず、木そのままの褐色。床に敷かれたじゅうたんと榻に敷かれた座布団は、深緑。

「こうなっているのね」

「ここで、旅行記や判決文を書いてんですか」

 香々、銀連の順に発言した。

「まあ、そんなところです」

 忠元は、微苦笑して言った。

「窓、曇ってて外が見えづらいわね。せっかく汽車に乗っても、外が見えないんじゃつまらないわね」

 香々が窓を指差した。

「冬の汽車旅は、車内に暖房が良く効いているので、どうしても曇ってしまいますね。そういうときはこれを」

 忠元は小瓶を取り出した。

「中身は酒精(アルコール)です。これをつけた手ぬぐいで拭くと曇りにくくなります。それと、まだここはそこまで寒くありませんが、寒いところでは外窓のほうが凍ることもあります。その場合には、こうやってたわしでこすって氷を取って、酒精(アルコール)でふきます」

 忠元は二重窓の内窓を上げて、外窓にたわしを当てて、こするまねをした。

「良く見えるわね」

 香々はうなずいた。

「ほんとですね。外を見たくて、窓を拭いてもすぐ曇っちゃうので。酒精(アルコール)で拭くのは知りませんでした」

 銀鈴もうなずいた。

「少し余分に持ってきたので、よければお持ちください。足りなかったら強い白酒(パイチュウ)で代用できます。食堂車の売店になくても、言えば途中駅で積んでくれますよ。たわしは洗面台の下に掃除用のがあるはずです」

 銀鈴は、忠元から酒精(アルコール)の小瓶を受け取った。

 白酒(パイチュウ)とは、焼酎の一種。特に強いものは、古くは傷の消毒にも使われていた。

「ありがとうございます」


 銀鈴たちは、四号車の端に来た。

「それが、湯沸かし器です。長距離列車の場合、手洗い所や洗面所と並んで、各車輌に一つはあります。売店はまだ準備中でしたけど、龍井(ロンジン)茶や茉莉花(ジャスミン)茶は、茶葉で売ってますからね。それに、湯呑も売店で売っているので、手ぶらで乗っても、そこのお湯でいつでもお茶を淹れられます」

 忠元が湯沸かし器を指差した。

「ほんと、何でもあるのね」

 香々が感心した声を上げた。

「長距離列車だと、三、四日乗り詰めになることはありますから。今回の聖地巡幸も、帰りは四日乗り詰めですよ」


 三号車。

「三号車は、後ろ側半分の四室が二人用一等寝台、前側半分が二等寝台になります」

 銀鈴と香々は、忠元の先導で説明を聴きながら、前方の二等寝台へ来た。

 窓を挟んで、枕木方向に二段寝台が二台向かい合っている。一等寝台のように扉はなく、廊下から丸見えだ。

「お姉さんたち、やってますね」

 銀鈴が、四人の二十代半ばの女官たちに声をかけた。女官たちは、白茶色の座席――下段寝台――に向かい合って酒盛りをしていた。

「どうやって寝るの?」

 香々が、忠元に尋ねた。

「まず、そこを見てください」

 忠元は、上段寝台を指差した。

「寝るときは、そこにある敷布(シーツ)を座席に敷いて、掛け布団をかけます。ちょっといいですか?」

「こうやって、引き幕(カーテン)で寝台を覆えば、寝姿を見られることはないんです」

 忠元は、寝台の端から引き幕(カーテン)を引き出した。

「さあさあ、お三人とも、座ってくださいよ」

 酒盛り女官たちは、そう言って、席を詰めた。

「お邪魔します」

「悪いわね」

「失礼します」

 銀鈴、香々、忠元は、順に断って座った。

「良ければどうぞ」

 酒盛り女官が、銀鈴たちに焼き栗を勧めた。

「あれ、まだ売店は開いてなかったでしょう?」

 香々が首をかしげた。

「出発前に、宮市(きゅうし)で買い込んでいたんです」

 酒盛り女官の一人が、香々に答えた。

 宮市とは、後宮内の商店。

「良かったわね。さっき買い損ねたでしょ」

 香々は、銀鈴に言った。

「はい。じゃ、いただきます」

 銀鈴は焼き栗をつまんだ。

「明日以降は、標高も上がるので、山酔い防止のために、基本的に禁酒ですよ。今のうちに、飲んでおいてくださいね。でも、あまり飲み過ぎないようにしてくださいね」

 忠元は、酒盛り女官たちに告げた。

 酒盛り女官のひとりが、足元の籠から白い大根を取り出して、小刀でまな板も使わずに、器用に竹の皮へと切り落とした。

「こちらもどうぞ」

「ありがとう。ほんと甘いわね。『大根好きは梨を食べない』って聞くけど、ほんとね。西の砂漠じゃ、西瓜(スイカ)や甜瓜(メロン)が水筒代わりだけど、こっち(東)では大根よね」

 香々は、勧められた大根を口にした。

「ほんとですね。水気もたっぷりで、へたな梨よりおいしいんじゃないですか。辛い大根もありますが、これは果物大根ですから」

 銀鈴も大根を食べた。

「青くて細い、辛味大根を丸かじりするのもオツですよ」

 忠元も、甘い果物大根をつまんだ。 


 銀鈴たちは、二号車の二等寝台車を通り抜け、一号車の入り口まで来た。

 忠元は、一号車の入口の扉を二回叩いて、扉を開けた。

「見学、いいですか?」

「これは、閣下。構いませんよ」

 列車給仕が応じた。

「いや、すみませんね。お邪魔します」

 忠元は、列車給仕にそう返した。

「この車輛は、前半分が荷物室で、後ろ半分が三等寝台です。といっても、供奉員用ではなく、厨師や食堂車給仕、車掌や列車給仕の予備員、随行の鉄道院官吏用です」

 忠元が、銀鈴と香々に説明した。

「どうぞ、ご覧ください」

 列車給仕が、銀鈴たちを空いている区画に案内した。

 先ほどの二等寝台と同じように、窓を挟んで寝台が並んでいる。ただし、こちらは二段ではなく、三段だ。中段は、窓の下から三分の二ぐらいの高さだ。

「中段が、案外人気なんですよね。上段だと外が見えませんし、下段だと頭がつかえないのはいいんですが、昼間は座席として使いますからね。横になれないんですよね。中段だと、いつでも横になれるし、外も見えますからね」

 忠元が、寝台を指差しながら言った。

「せっかくですので、寝台の組み立てをお見せしましょう」

 列車給仕は、そう言うと、上段に置かれていた真っ白い敷布を取った。手早く、上中下段の座席に敷布を敷き、掛け布団と枕を並べ、引き幕(カーテン)を引き出した。

「速いわね。こんなに直すぐ済むの?」

「えっ、もう終わり? こんなに速かったなんて知りませんでしたよ。食堂車に行っている間に、寝台は出来ているので」

 香々、銀鈴の順に驚きの声を上げた。

「左様でございます。お客様が食堂車へ行かれている間に、お待たせしないように、手早く整えるようにしております」

 列車給仕が答えた。

「敷布の洗濯はどうしてるんですか?」

 銀鈴は、列車給仕に尋ねた。

「使用済みの敷布は、車中一泊の列車であれば終点で降ろします。二泊以上の列車であれば、途中駅で降ろして、洗濯済みのものを積み込みます」


 銀鈴たちは、一通りの車内見学を終えて、六号車の皇后用御料車の御座所に戻ってきていた。

「いろいろ見て目が覚めたけど、やっぱり少し眠いわね」

 香々はあくびをかみ殺した。

「無理もないですよ、大おばさま。お昼寝しては?」

 銀鈴は、香々と窓辺の卓に向かい合って座っていた。

「寝てもいいんだけどね。寝てて、回り灯篭のように次々変わる景色を見ないのももったいないわよ。さっき借りた本も読みたいし。銀鈴は眠くないの?」 

 香々はあくびをかみ殺した。

「よそへ行けるのが楽しいので、眠くないですね。そうでなかったら、眠たかったかもしれませんが」

 銀鈴は香々に答えた。

「香后様、お気持ちは分かりますよ。過ぎゆく景色を眺めるのは汽車旅のだいご味ですからね。それと、『絹街道本線殺人事件』は後宮の書庫にも何冊もありますから、読み切れなくて、返しても問題ないですよ。元宵節のあと二、三日はみんな寝不足ですよ。夜遅くまで、灯篭を見て回ってますから。人によっては、そのまま朝まで飲み明かすこともありますね。一月は、少なくとも二十日過ぎないと役所の機能も戻らないんですよね。元日の儀式に参列した官吏は、元宵節に合わせて帰省することも多いですから。まだこの辺は、人家も畑もあって、景色は変わりますからね」

 忠元も口を挟んだ。

「それで、この線路、火昌につながってるんでしょ? 三百年もたってると、大分変わってるでしょうけど」

「長洛から火昌まで、この絹街道本線で、三十五時間ぐらいですから、出発時間にもよりますが、車中一、二泊というところです。この御召列車は、分岐駅の黄蘭(こうらん)で、黄蒼本線(こうそうほんせん)に入りますが」

「ほんと速さにはついていけないわね、忠元。それにしても便利になったわね。駱駝から落ちることも、迷子になることも心配せず、寝てても、読書してても目的地に連れていってくれるんだから。わたしが花嫁道中で火昌から長洛まで来たときは、半年ぐらいかかったわよ。まあ、花嫁道中ということで、普通の隊商の倍の時間をかけてたけど。さすがに、今は駱駝を連ねた隊商はいないでしょうね」

 香々は物思いな表情で、窓の外を眺めた。

「おっしゃる通り、汽車のおかげで旅が格段に楽になりました、香々様。この辺りでは荷を運ぶのは、馬や驢馬(ろば)ですよ。昔の隊商ほどの規模はないでしょうが、駅で荷を受け取って、馬や駱駝で目的地まで運んでいますよ。駱駝は砂境関(さきょうかん)より西側です。お二人とも、寝不足は旅の楽しみを半減させるので、夜はしっかり寝てください。では、失礼します」

 忠元は、窓に目線を合わせてから、銀鈴と香々に一礼した。

 砂境関とは、いにしえの絹街道の関所――というようり城塞――で、現代の絹街道本線の主要駅。古くは、砂境関より東側が寿国の直轄地、西側が冊封国――属国――。そして、その名の通り、砂漠地帯と荒草原(ステップ)地帯との境。“西域”の定義は曖昧だが、少なくとも“砂境関より西側”とされる。

「分かりました。夜更かしはしません。越先生、説明ありがとうございました」

「ちゃんと夜は寝るわよ。説明ありがとうね」

 銀鈴と香々は答え、忠元は退出した。


 時は、夕刻。

 銀鈴は皇后用御料車の厨房で、茘娘と棗児とともに、夕餉作りを手伝っていた。

「茘娘、羊の餃子を」

 銀鈴が、茘娘から羊の餃子を受け取って、次々とゆで上げていく。網ですくって、湯を切って、皿に盛っていった

(一つぐらい、いいわよね)

 銀鈴は、ゆで上がった餃子をつまもうとした。

 その瞬間、銀鈴の頭にお玉が飛んできた。

「お行儀が悪い!」

 銀鈴は、鯉を揚げていた厨娘 のおばちゃんの一喝を受けた。彼女の頭を一撃したのは、予備のお玉だった。

「ごめんなさい!」

 銀鈴は頭を押さえた。だが、顔は笑っていた。

「銀鈴、食い意地はってるわよ」

「そうよ」

 茘娘と、甘酢餡の準備をしていた棗児も、大笑いした。

「おいしそうな香りがするわね」

 香々が、空中から現れた。

「大おばさま、もうすぐ出来ますよ」

「銀鈴が茹でてるの? 餡は何?」

「今茹でてるのが羊です。茘娘、鶏の餃子を。これから茹でるのが鶏です」

 銀鈴は、茘娘から鶏の餃子を受け取り、鍋に入れ茹で始めた。

「餃子を包むなら、呼んでくれれば、わたしも包んだのに」

「餃子は、“あとは茹でるだけ”な状態で、積んでいるので、包むことはないんです」

「これは、香后さま」

 厨娘 のおばちゃんが、香々に頭を下げた。そして続けた。

「ご覧の通り、汽車の中では場所に限りがありますので、皮を作るのがやりにくいんですよ。ですから、あらかじめ作っておいたんです」

 二枚の大皿には、茹でられた餃子が山盛りになっていた。

「あら、茹で汁は捨てないの?」

 香々は、銀鈴に問うた。銀鈴は、餃子の茹で汁に、細かく刻んだ白菜を入れていた。

「捨てるのはもったいないですよ。餃子から味が出て、とろみも付いてますから。ネギを散らしただけでも羹(スープ)として食べられるんですよ」

 銀鈴はそう言いながら、溶き卵を鍋に入れた。

 厨娘 のおばちゃんは、鯉を揚げ終わって、白菜を炒めていた。

 棗児は、鯉のから揚げを大皿に盛り、白ネギの千切りを飾り、甘酢餡をかけた。

「じゃ、行きましょ」

 銀鈴は、そう香々に声をかけた。茘娘と棗児と、料理を入れた岡持ちや羹(スープ)の入った鍋を持ち分け、皇帝用御料車へと向かった。


「夕餉、持ってきたわよ」

 銀鈴は、そう言いながら、皇帝用御料車の御座所に入った。

「そんな時間か?」

 仁瑜は、史書を読んでいた。

 銀鈴は、茘娘と棗児と一緒に、夕餉の料理を卓に並べた。

 主菜は、鯉の姿揚げ甘酢餡かけ。副菜は、白菜の炒め物、鶏だしの煮豆、搾菜(ザーサイ)、麺麻(メンマ)、溶き卵と白菜の羹(スープ)。主食は、水餃子。

 寿国では、餃子は肉まんや麺類、米飯と同じ扱いで、“主食”に分類される。

「では、失礼いたします」

 茘娘と棗児が退出した。

「さあ、食べましょ」

 銀鈴は、大皿から料理を仁瑜と香々の皿に取り分け、羹(スープ)を注ぎ分けた。

 窓の外は、いつしか闇となっていた。


 長洛出発の翌日。蒼寧到着まで、あと一時間ほど。汽車は車輪のめぐりも速やかに、寿国最大の塩湖、蒼塩湖(そうえんこ)の湖畔を走っている。

 銀鈴と香々は、皇后・太后としての黄色い衣裳に着替えて、最後尾の展望車の回転椅子に腰かけて、窓と向かい合って、外を眺めていた。

(湖が凍るなんて⁉ その中で、暖かいのはいいんだけど、暑いわよ)

 銀鈴は、しきりに黄色地に鳳凰が刺繍された絹張のうちわで顔をあおいだ。

 窓外には、氷に覆われた湖、肉まんの生地を作るときのように、打ち粉をした麺台のごとく、薄っすらと雪が積もった茶色の地面が広がっていた。

「銀鈴、暑い? こっちにいらっしゃい」

 香々は、銀鈴を呼び寄せた。

 大きめに造られた窓から日差しが注ぎ、車内も暖房が良く効いていた。

「気持ちいい? 外じゃ湖は凍っているし、雪も積もってるのに、汽車の中は春よね。寝たまま移動できるなんて、まるで夢ね。こんなに楽に移動できて、いいのかしら」

 銀鈴は、香々に抱きしめられた。

「……気持ちいいです。冷たくて。でも、恥ずかしいです」

 銀鈴は、香々に抱かれて気持ちよさそうな表情を浮かべた。

 展望車内は、後ろから、開放型展望台(デッキ)、謁見の間の役割を果たす展望室。展望室内は、皇帝の象徴である“龍”の意匠がふんだんに使われていた。展望台(デッキ)への出口手前には、龍が寿国全国図を守る構図の屏風を背に、皇帝・皇后・太后用の玉座が三脚。窓を背に、回転椅子と小卓とが交互に並んでいる。窓を背にしているとはいえ、窓との間には十分なゆとりをもって、回転椅子も、小卓も配置されている。なので、窓と向かい合うこともできる。また、茶が出された場合、二人で一卓を共有することとなる。 床には、明るい黄色地に、緑色の龍が描かれたじゅうたん。

 複数の足音が聞こえた。

 銀鈴は、慌てて香々から離れた。

(仁瑜? それとも越先生? 危なかったわ。恥ずかしいところを見られるところだったわよ)

「もうすぐ、蒼寧に着きますから、お支度を。銀后、香后様、昨夜(ゆうべ)は良くお休みになられましたか?」

 忠元が、銀鈴と香々に声をかけた。

「ええ、よく眠れました。大おばさまはどうです?」

「駱駝の背や馬車に比べれば揺れないのだけど、ひと晩じゅう揺れてるから、やっぱり気になっちゃって。寝ては覚めて、覚めては寝る、だったわ」

「そうですか。わたしは、その揺れるのが気持ち良くて、ぐっすりと」

「うらやましいわね」

 香々はうなずいた。

「汽車に乗り慣れていない人が夜行列車に乗ってひと晩明かすと、お二人のように感想が分かれますよね。銀后のように、揺りかごのように揺れが心地よくてぐっする眠れる人と、香后様のように揺れが気になって眠り浅い人と、に」

「忠元はどうなの?」

 香々が忠元に尋ねた。

「私は、ぐっすり眠れましたよ。汽車の揺れも、車輪の響きも心地よいですから」

「さあ、外套(マント)を」

 茘娘が銀鈴に、棗児が香々に黄色い毛皮の釣り鐘型外套(マント)を手渡した。

 御召列車は速度を落として、蒼寧駅の構内に入っていた。

 車掌長が忠元に何やら話しかけた。

「もう止まりますから、展望台(デッキ)へ」

 忠元が、銀鈴たちに促した。

 列車は、蒼寧駅の歩廊(ホーム)に差しかかった。歩廊には、朝服(ちょうふく)姿の官吏たちが出迎えに来ていた。

 列車は動揺もなく、静かに止まった。

 銀鈴と香々は、絹張うちわで顔を隠すようにかざして、仁瑜の後ろに立っていた。

 銀鈴たちは、列車から降り立った。

「寒い」

 銀鈴は、首をすくめてつぶやいた。

「銀鈴、無理せず頭巾(フード)をかぶれ。大おば様もご無理なさらずに」

 仁瑜は振り返った。

 銀鈴と香々はうなずいて、頭巾(フード)をかぶった。

「陛下、蒼州牧(しゅうぼく)夫妻よりごあいさつ申し上げます」

 展望車展望台(デッキ)に立っていた仁瑜に、横から忠元が告げた。

 州は、最上位の地方行政単位。州牧は、州の長にして、地方長官

「陛下ご一行のご安着、恐悦至極に奉ります。これは家内でございます。家内ともども、当州内でお供を務めさせていただき、ご案内申し上げます。皇后さま、太后さまのご案内は、家内が務めさせていただきます」

 太后とは、香々のこと。

 蒼州牧が拱手し、隣の州牧夫人を見て述べた。

「不肖の身ではございますが、わたくしが皇后さま、太后さまのご案内を務めさせていただきます」

 蒼州牧夫人は、拱手して深く頭を垂れた。

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いね」

 銀鈴と香々は、蒼州牧夫人に答礼した。

「続いて、鉄道院蒼寧地方鉄道局長よりごあいさつ申し上げます」

「謹んで、ご安着をお祝い申し上げます」

「これよりは、蒼州内、蒼寧地方鉄道局管内は、蒼州牧、蒼寧地方鉄道局長が随行し、ご案内に当たります」

 忠元が仁瑜にそう言うと、蒼州牧、蒼寧地方地方鉄道局長が頭を下げた。

「出迎え大儀」

 仁瑜が、蒼州牧に答礼した。

一行は、蒼州牧の案内で、行在所――宿所――へ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る