行き先の知らぬ外出
いわの妹、はな。
何から何までいわとは対照的な女性である。農夫の娘とは思えないほどの素晴らしい美貌を備えながら、その性格は無口で控えめで慎ましい。その為、とにかく男性の受けが良く、ゆくゆくは彼女を嫁に……と目論む若い衆は多い。草太郎さんは冗談めかして言っていたが、実際にこの二人を並べてしまえば、はなの方が先に結婚するだろうと、きっと誰もが言うはずだ。
だから、いわの方が先に縁談がまとまったというのは、俺という変わり者が彼女と巡りあった故の奇跡なのだ。はなは全くこちらには顔を出さず、甲斐甲斐しく台所で動いている。良くできた子だとは思うが、俺はずけずけと父親や兄にものを言ういわのような女が好みなのである。はなのように黙って男についていく女は、むしろ苦手だ。
「栄之進君、いわが明日、一緒に行って欲しい場所があると言っていたが、何か聞いたかい」
食事の乗っていた皿があらかた空になった頃合いで、重右衛門さんが尋ねてきた。
「いえ、何も」
「そうか。すまんが、後で確認してみてくれないか。あれの事だから君に直接声をかけるとは思うが、なにしろ君から話を切り出してくれた方があれは喜ぶのでな」
「分かりました」
「親の贔屓目で恥ずかしいんだが、君といる時のいわは美しいんだ」
「それは確かに贔屓目ですなあ、父さん」
「お前は本当に容赦が無いな、草太郎」
この家の人たちは、お互いに言いたい事を言い合いながら、常に笑顔だ。俺もこうありたいと強く思った。
*
重右衛門さんの家で一晩泊めさせてもらった、その翌朝。
朝食をいただいた後、俺といわは家を出た。
いわの先導に従い、足を進める。目的地は教えてもらっておらず、皆目見当がつかない。
「いわ、どこへ行くんだ」
「もうすぐ着くから」
何度聞いてもそれしか言わない。最初のもうすぐからどれだけ時間が経っていると思っているんだ。
いわは俺の前を、振り返りもしないまま歩き続けた。次第に俺は不安になる。
「なあ、いわ」
いわは返事をしない。
「こんな離れたところまで俺を連れてきて、何か身内に聞かれたくない話でもあるのか?」
いわは、何も答えない。
俺は苛ついて、彼女の後ろ髪を引っ張った。
「痛い!ちょっと何するのよ!」
ようやく、いわがこちらを見た。二人の足が止まる。
「こうでもしないとお前、返事しないじゃないか!俺の質問に答えろよ、いわ!」
「そりゃ悪かったけど、他にやり方あるでしょうが!」
「なんだと?」
いよいよケンカになりそうな雰囲気だったが、ここで始めてしまったら話が止まる。俺は自分の頭を強く引っ掻き、一回気持ちを落ち着かせた。
「いや、そうじゃない。いわ、答えてくれ。一体俺たちは、どこへ行こうとしているんだ?」
改めて俺が聞くと、いわは唇を噛み、再び黙ってしまった。
表情がいつになく神妙だ。
「……いわ?」
俺は逸る気持ちを抑え込み、彼女の次の言葉を待った。
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