(間 平成二十七年)

ひき逃げ

 着信は、妻からだった。


 パチンコは、いつ当たりが来るか分からない。ここに俺がいる間だけは、絶対に電話をかけてくるなと何度も言っているのだが、どういうわけか妻は全く聞く耳を持たない。


 所詮遊びでしょ。せっかくケイタイを持っているんだから、ちゃんと出なさいよ。


 妻の言い分だ。


 携帯電話が普及して以来、俺はずいぶんと不便を感じるようになった。四六時中、誰かに見張られているような感じだ。


「うるさいなあ」


 俺は、細かく震えるそいつを無視し続けた。


「おい豊彦、電話出なくていいのか?」


 一緒に打っている腐れ縁の信正が指摘してきた。


「いいんだよ。どうせ出たら出たで、買い物かなにか頼まれるだけなんだから」


 しかし、その日は少し様子が違った。


 いつまでも、バイブが終わらない。今日はあいつもヤケに粘る。


「……おい、いいから出てやれ。俺が集中できねえよ」


「すまん」


 大して当たっていないため、今日の俺は身軽なものだった。台の見張りも信正に託さず、俺は店の外に出た。


「お前いい加減にしろよ。パチ行ってる間は電話かけてくるなって言ってるだろう」


 半ギレで開口一番、文句を垂れた。

 だが、


「何言ってんのよ!こんな時に、よくパチンコなんか行けるわね!」


 逆に向こうに食ってかかられてしまった。


「……お前、何言ってんだ?こんな時って、今日何かあったか?」


 あまりの剣幕に、俺の怒りのトーンがしぼむ。


 そこへ、妻が言った。


「いいから、すぐに病院来て!美咲が車に撥ねられたの!」



 ……。

 ……なんだと?



 美咲というのは、俺のひとり娘の名前だ。


 去年まで都市部に出てひとり暮らしをしていたが、今は俺たちと一緒に暮らしている。


 娘は、心に傷を負っている。当時付き合っていた男性が殺人を犯してしまい、彼女の人生は大きく狂ってしまったのだ。


 しかもこの男、人殺しだけでは飽き足らずに、美咲を刃物で脅して死体遺棄を手伝わせた。それが災いして、娘は前科持ちになってしまった。


 もちろん、情状酌量の余地ありという事で、彼女には執行猶予付きの判決となった。が、悪いことに、男の方が死体遺棄の現場で心臓発作を起こして突然死してしまっていたため、娘の主張は、なかなか認めてもらえず、裁判は長引いてしまった。


 男の死因に危険ドラッグがかかわっていたため、娘には薬物の所持、使用の疑いも持たれた。当然容疑は晴れたのだが、彼女の心はズタズタに引き裂かれてしまった。


 美咲は仕事を辞め、実家に帰ってきた。しばらくはここで軽いアルバイトでもさせながら、心身ともに回復した頃合いを見て再就職をさせようと思っていた。

 

 そこへ、今回の事故である。


 妻が電話で言うことによると、娘はバイト帰りに撥ねられたということだ。車側の信号無視、しかも犯人はひき逃げで逃走。娘に落ち度は一切なかった。


 あいつは、どうしてこんなに運がないんだ。俺は、彼女の不幸をひたすら呪いながら、車で病院へ向かった。

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