鈴木家
僕たちが鈴木与平の家に着いたのは、日も暮れようかという時間だった。
「久しぶり、輝ちゃん」
出迎えてくれたのはいとこの政子だった。彼女は鈴木家に嫁いで間もない新妻だ。
「しばらくぶりだね、政子。どうだい、こちらの家は」
「畑仕事のお手伝いは大変だけど、お義父さんもお義母さんも良くしてくれるから大丈夫だよ」
「それはなによりだね。政子、こちらは僕がいつもお世話になっている、民俗学者の寺田先生だ」
「寺田です。ご厄介になります」
「いつも輝ちゃんがお世話になってます。この人、相手に合わせるっていう事を知らないから、一緒にいて大変じゃないですか?」
「はは。まあ、その辺はお互い様ですから」
「政子、さっそくで悪いけど、ちょっと休ませてもらっていいかな。早朝に家を出てから今日はずっと歩き詰めなんだ」
「えええ、ちょっと無理しすぎじゃない!?」
政子はひょうきんなくらい目を丸くして驚いた。
「二人ともおつかれでしょう。とりあえず夕飯の準備は出来てるから、あがってちょうだい」
「うん。お邪魔します」
政子に促されて家に上ると、鈴木家の面々が皆食卓を囲んで、すでに僕らを待ってくれていた。
「やあ、久しいね輝彦さん」
「治朗君、久しぶり。与平さん、今日はありがとうございます」
「ああ、気にしなさんな。一晩でも二晩でもゆっくりしていきなさい」
「恐れ入ります」
そこには、生家ではあまり見ることのなかった家族団欒の姿があった。
僕と先生は、晩御飯一食に加え風呂までいただいた後、客間の一室に布団を並べてもらい、そこへ横になった。すでに明かりも消しているのだが、僕らは語り合いを続けていた。
「皆、良い人たちですね」
先生も、ここの一家を気に入ってくれたようだった。
「そうですね。黄泉小径から近いという理由で、ここを今日の宿にさせてもらったのですが、みんな実の家族同然に接してくれるので、頼みやすかったというのもありました」
事実、ここから黄泉小径までは、目と鼻の先と言って良い距離である。
「なるほど。さて、いよいよ明日はその黄泉小径ですか」
「はい。この村で一番危険とされている場所なので、先生も気をつけくださいね」
隠田を開拓していた当時、駆除されたキツネは竹藪の奥にまとめて捨てられていたという。それをしばらく続けているうちに、この世とあの世の境界線がそこだけぼやけてしまったと言われている。僕が聞いた黄泉小径の伝承のひとつである。
「竹田君、ひとつ聞いても良いですか」
「何でしょう?」
「黄泉小径には、おゆいさまと呼ばれる少女がいると以前聞きましたが、彼女はキツネが化けた姿なのでしょうか」
「あ……そう言えば、どうなんでしょう」
言われてみれば、確かに謎だ。
おゆいさまという名前は聞くのだが、それがキツネたちとどういう関係なのかは全く分からない。伝承はその辺がすっぽり抜けていて、見当のつけようがない。
いったい、彼女は何者なのだろうか。
僕が返事に困っていると、隣から寝息が聞こえてきた。
「おっと」
思わずひとりごちる。
何だかんだ言って、やはり先生も疲れていたようだ。
僕は口を働かせることをあきらめ、目を閉じた。
睡魔が僕を支配するまでに、さして時間はかからなかった。
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