第45話 決意

《side ザイール》


 魔王城の一角、俺は豪華な部屋で腰を下ろし、広げられた新聞を無造作に眺めていた。その見出しには、信じがたい内容が並んでいる。


「勇者ザイール、人類を裏切り魔王軍に寝返る!」


 こんな大袈裟なことを書き立てて、あいつらもよっぽど暇なんだな。


 人類を裏切るも何も、俺はもともと「人類を救う」なんて偉そうなことを言うつもりはなかった。


 俺はただ、自分の自由を求めてこの異世界を楽しみたかっただけだ。


 それが、どうしてこうなったのか、俺自身も少しばかり困惑している。


 もっとも、魔王軍に寝返ったというのは、事実とは少し異なる。


 魔王と手を組むことはしたが、だからと言って魔王軍に忠誠を誓ったわけじゃない。俺は俺のやり方で、この世界を楽しんでいるに過ぎないんだ。


「ふむ…トールのやつ、また挑むつもりか」


 俺は次の見出しを目で追った。


 そこには「英雄トール、再度魔王に挑む!」と大きく書かれている。


 どうやらトールはまだ諦めていないらしい。トールが再び魔王に挑むと宣言したことが、新聞に大々的に取り上げられている。


 俺の胸には複雑な感情が渦巻いていた。


 やはり俺とトールは決着をつける必要があるようだ。


 トールが再び魔王に挑むというなら、俺もいよいよ決断を下す時が来たのかもしれない。


 その時、ドアが静かに開かれ、ルナが部屋に入ってきた。

 彼女の顔にはどこか不安げな表情が浮かんでいる。


「ご主人様…」


 ルナが近づいてきて、俺の手元にある新聞に視線を向けた。


「あの男と…再び戦うのですね」


 彼女の声には、俺を心配する気持ちが滲んでいた。ルナは俺のことを大切に思ってくれている。それは嬉しいが、同時に彼女に負担をかけたくないという思いもあった。


「そうだ。あいつは諦めの悪い男だからな。何度でも立ち上がるさ」


 俺は苦笑いを浮かべながら、新聞を畳んだ。


「でも、ご主人様…」


 ルナが言葉を続けようとしたその時、部屋の奥からもう一つの声が聞こえてきた。


「ザイール、お前も決める時が来たんじゃないか?」


 部屋の奥、闇の中から現れたのは魔王だった。彼女の姿は相変わらず美しく、その目には冷たい光が宿っている。


「魔王…」


 俺は彼女に視線を向ける。魔王は冷静な表情を保ちながら、俺に問いかけてきた。


「トールが再び挑んでくるというのなら、戦いは避けられない。だが、今のお前には選択肢がある。私と手を組み、共に戦うか、それとも…」


 彼女の言葉が途切れ、沈黙が部屋を包む。魔王が何を言いたいのか、俺には分かっていた。


「俺があいつと戦うべきか、ということだな」


 俺は静かにそう答えた。


「その通りだ。お前の実力は十分に認めている。だが、お前があの男との決戦に臨むことを選ぶなら、それはお前の自由だ」


 魔王は静かに言い放ち、俺の反応を待っているようだった。


 俺は考え込むように視線を落とし、しばらくの間、沈黙を守った。だが、心の中で決断はすでに下されていた。


「魔王、お前に感謝しているんだ」


 俺は顔を上げて彼女に微笑みかけた。


「決めたぜ。俺はあいつと戦う」


 その言葉に、ルナが驚いた表情で俺を見つめた。


「ご主人様、本当に…?」

「ああ、俺は逃げるつもりはない。俺は結局トールと決着をつけなければいけない。俺も正面から受けて立つさ」


 俺の決意を感じ取ったのか、ルナは静かに頷いた。


「なら、私はご主人様の側にいます。どこまでもお供します」


 彼女の言葉に、俺は優しく微笑んだ。


「ありがとう、ルナ。お前がいてくれると心強い」


 その時、魔王が再び口を開いた。


「ザイール、お前の選択を尊重しよう。だが、最後に一つだけ忠告しておこう」


 彼女の目が鋭く光り、俺に向けられた。


「決して、命を無駄にするな。お前にはまだやるべきことがある。それを忘れるな」


 魔王の言葉に、俺は静かに頷いた。


「分かってるさ。俺はまだ死ぬつもりはない。やるべきことが終わるまでは、絶対に生き残ってみせる」


 そう言い切った俺の言葉に、魔王は満足そうに微笑んだ。


「いいだろう。それならば、戦いの行方を見届けるとしよう」


 その言葉を最後に、魔王は静かに部屋を後にした。


 残された俺たちは、しばらくの間無言で過ごしていた。だが、その沈黙の中で、俺の心はすでに決まっていた。


 トールとの決戦、それは避けられない運命だ。そして、俺はその運命を受け入れる覚悟ができた。


「ルナ、行こう。俺たちも準備をしなければならない」


 俺は立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。ルナはその手を取り、静かに微笑んだ。


「はい、ご主人様。どこまでもお供します」


 そして、俺たちは共に歩き出した。


 戦いの幕が開く時が迫っていることを感じながら、俺は新たな一歩を踏み出した。

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