第44話 裏切り

《side トール》


 ザイールが魔王と手を結んだという信じがたい事実を知った俺は、拳を握りしめて怒りに震えていた。彼とは共に戦い抜いてきた仲間であり、俺たちの希望の象徴でもあった。それが、よりによって魔王と手を組むとは…!


「ザイール…お前は何を考えているんだ…」


 呟くようにその名を口にした瞬間、心の奥底から湧き上がる怒りと失望が俺を押しつぶしそうになった。俺は勇者として、人類のために戦い続けてきた。それなのに、あのザイールが、俺たちのすべてを裏切った。


 頭の中では、あの頃のザイールとの思い出が交錯していた。共に戦った数々の戦場で、彼が示した強さと優しさ。そんな彼が、なぜ魔王と…?


「トール、大丈夫か?」


 仲間のアネットが、心配そうな表情で俺に声をかけてきた。その声に、俺ははっとして現実に引き戻された。


「アネット…」


 アネットは優しく俺の肩に手を置き、俺の怒りを受け止めるように静かに語りかけてくれた。


「トール、ザイールのことは辛いだろう。でも、私たちはあなたを信じているわ。あなたが英雄として戦い抜くことを、私たちは信じている」


 彼女の言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。


 それでも、ザイールへの怒りが完全に消えることはなかった。


「アネット…ありがとう。でも、俺はどうしてもザイールを許せない。俺たちの信じてきたものを裏切った彼を、許すことなんてできないんだ」


 俺の言葉に、アネットは悲しそうな顔をしたが、それでも力強く頷いてくれた。


「そうね、トール。あなたがそう感じるのは当然よ。でも、だからこそ、私たちはあなたを支えるわ。ザイールの裏切りを乗り越えて、私たちは共に戦う」


 その言葉に、少しだけ救われた気がした。


 彼女の言葉が、俺の心に希望の光を灯してくれたのだ。


 だが、それでもザイールの裏切りは許せない。彼が選んだ道は、俺たち全ての仲間を裏切る行為だったのだから。


「トール、気をしっかり持って」


 今度はマジュが近づいてきた。彼女は理知的な瞳で俺を見つめながら、冷静な口調で話しかけてきた。


「ザイールが魔王と手を結んだという事実は、確かに受け入れがたいものね。でも、今は冷静になるべきよ。彼が何を考えているのか、私たちには分からない。でも、私たちには私たちの使命がある」


 マジュの言葉には、確固たる決意が込められていた。彼女の冷静な判断が、俺の怒りを少しだけ和らげてくれた。


「そうだな…俺たちは俺たちの使命を果たすしかない」


 俺は拳を強く握りしめながら、決意を新たにした。


「そうだよ、トール」


 ジュナも俺の横にやってきた。彼女の穏やかな声が、俺の心に染み渡る。


「ザイールのことはショックだったけど、私たちはまだ終わっていない。私たちは一緒に戦うんだから、最後まで諦めちゃダメだよ」


 ジュナの励ましに、俺は頷きながら、彼女たちの存在がどれだけ大切かを改めて感じた。


「ありがとう、みんな」


 仲間たちの温かい言葉が、俺の心を支えてくれていることに感謝した。


 それでも、ザイールへの怒りと失望は消えることはない。


「トール、彼の行動が何であれ、私たちには私たちの戦いがある。それを忘れないで」


 セリーヌ王女もまた、俺の肩に手を置いてくれた。その目には確固たる決意が宿っていた。


「セリーヌ…ああ、わかっている。俺たちの使命を果たすために、俺は戦う」


 その瞬間、俺の中で何かが決まった。


 ザイールの裏切りを糧に、俺はより強く、より決意を固めて戦うことを。


「さあ、みんな。魔王城へ向かおう」


 俺たちは気持ちを一つにし、魔王城への進軍を開始した。


 氷で閉ざされた城、その中で待ち受ける真なる魔王。そして、彼女と共に戦うことを選んだかつての仲間、ザイール。


「俺たちは英雄として、最後まで戦う!」


 全員が力強く頷き、俺たちは氷の城に向かって進んでいった。


 氷に覆われた大地を踏みしめながら、仲間たちと共に魔王城へと近づく。その冷たい空気が、俺たちの緊張を一層高めていた。


「ここが…」


 ついに、魔王城の前にたどり着いた。目の前には、巨大な氷の門がそびえ立ち、その向こうに魔王が待ち受けている。


 その時、俺の心は冷静さを保ちながらも、胸の奥で熱い炎が燃え上がっていた。


 ザイール、そして魔王。彼らとの決戦の時が来た。


 俺たちは、ここで全てを決する覚悟でいる。


 玉座の間に向かう途中、城内の冷たさが一層増していく。仲間たちもその緊張感を肌で感じているようだった。


 そして、ついに玉座の間に足を踏み入れた。


 そこで目にしたのは、美しくも恐ろしい魔王の姿だった。


「これが…魔王…」


 その姿に、俺は言葉を失った。彼女はただの少女ではなかった。真なる魔王としての強大な力が、その姿から溢れ出していた。


 俺は拳を握りしめ、心の中で決意を固めた。


「俺たちが…この戦いを終わらせる!」


 そして、魔王との決戦が始まるのだった。

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