第43話 眠り

 玉座の間での激しい戦いが終わり、俺は再び自分の部屋へ戻った。

 あんな激闘が繰り広げられた後とは思えないほど、部屋の中は静かで穏やかだった。


「お疲れ様でした」

「ルナはよかったのか?」

「何がでしょうか?」

「魔王城に止まるのがだよ」

「もちろんです。ご主人様の選択こそが私の選択ですから」

「そうか」


 ルナに賛同してもらって、俺はゆっくりとソファーに腰を下ろした。


 それを見ていたのかと思うほどタイミングよく、魔族のメイドたちがやってきた。

 彼女たちは、俺が戻ってきたのを見て、全員が一斉に頭を下げる。


「お帰りなさいませ、ザイール様」

「おかえりなさいませ、勇者様」


 その声には、どこかいつも以上に温かみが感じられた。何かが違う。そんなことを感じながらも、俺はのんびりと過ごすことにした。


「ふぅ…」


 安堵のため息をつくと、すぐに一人のメイドが近づいてきて、俺の前に温かいお茶を差し出した。


「お疲れでしょう、ザイール様。どうぞこちらでお寛ぎくださいませ」


 俺はそのお茶を受け取り、一口含む。香り高く、ほのかな甘みが口の中に広がる。魔族の茶葉は人族とは違った独特の味わいがあり、これが結構気に入っていた。


「ありがとう、助かるよ」


 そう言って微笑むと、メイドたちは顔を赤らめて一層張り切って仕事に戻っていく。


「む〜人気がさらに急上昇しています」

「えっ?」

「なんでもありません」


 なぜか、ルナが頬を膨らませている。


 それにしても、ここ数日でメイドたちの態度が少し変わったように感じる。

 俺に対して以前よりも丁寧で、さらに心のこもったもてなしをしてくれている気がするのだ。


 ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思うぐらいだ。


 例えば、俺が部屋を出るたびにメイドたちがドアを開けてくれたり、廊下を歩くときもついてきてくれたり、食事の時は一皿ずつ丁寧に料理の説明をしてくれる。


 風呂に入る時も、お湯の温度や香りまで調整してくれる。


 ここまで手厚いもてなしを受けると、正直、ちょっと居心地が悪いような気もするが、まあ快適であることには変わりない。


「本当に…お前たち、やりすぎだぞ」


 俺が苦笑いしながらそう言うと、一人のメイドがニコリと笑って答えた。


「ザイール様は、この城を守ってくださったのですから。私たちにできることはこれぐらいしかありません」

「そうか…まぁ、気持ちはありがたいけど、無理するなよ」


 俺がそう言って軽く手を振ると、メイドたちは再び頭を下げ、部屋の隅で控えるようにした。


 静かな時間が流れる中、俺はベッドの方に視線を向けた。そこには予想もしなかった光景が広がっていた。


 なんと、魔王が俺のベッドの上でぐっすりと眠っていたのだ。


「おいおい…魔王様、それは俺のベッドだぞ」

「この城の物は全て私の物だ」


 魔王は、相変わらず美しい姿で、まるで眠れる美女のように穏やかな顔で寝息を立てている。


 だが、その姿はまさに圧倒的な力を持つ存在であり、文句を言うのも面倒だ。


「いや、なんで俺のベッドなんだよ…」


 小声で呟くが、もちろん返事はない。俺はそっとため息をついて、彼女の隣に腰を下ろした。


 メイドたちはその光景を微笑ましそうに見守っている。どうやら、俺のベッドに魔王が居座ることも、彼女たちにとってはごく普通の光景になっているようだ。


「まぁ、いっか」


 俺は仕方なく、そのままベッドに横になることにした。

 

 魔王が寝ている隣で横になるというのも、普通なら恐怖しか感じないだろうが、なぜか今は不思議と安心感があった。


 こうして、のんびりと過ごす時間が続いていることに、少しだけ違和感を覚えたが、それ以上に心地よさが勝っていた。


 そして、ふと気づけば、俺もまた魔王と同じように深い眠りに落ちていた。


 どれだけの時間が経ったのだろう。俺が目を覚ますと、隣にいたはずの魔王はすでに起き上がっていた。彼女はベッドの端に腰掛けて、静かに俺を見下ろしている。


「おはよう、ザイール」


 彼女の声には、どこか温かさが感じられた。


「…おはよう、魔王様」


 俺は少しだけ戸惑いながらも、彼女に挨拶を返した。


「今日はなんだか、よく眠れたよ。魔王様のおかげか?」

「ふふ、それはどうかしらね。ただ…少しでも貴方の疲れが癒えるのなら、それでいいわ」


 そう言って微笑む彼女の姿に、俺は少しだけ胸が締め付けられる思いを感じた。


「なんだか、随分と優しいな」

「気のせいよ。私はただ、自分の領地を守りたいだけ」


 そう言いながらも、彼女の目にはどこか優しさが宿っているように見えた。


 俺は再びベッドに横になり、天井を見上げた。


 この不思議な生活が、いつまで続くのだろうか? だが、今はそれを深く考えるのをやめた。今この瞬間が心地よいのなら、それでいい。


 魔王は再び俺の隣に横になり、再び目を閉じた。


 そして、俺たちは再び静かな時を共有することとなった。


 この瞬間が続く限り、俺はこの場所に居続けるだろう。それが魔王との奇妙な関係であっても、俺はこの平穏を大切にしたかった。


 こっそりと、俺の隣をルナが陣取って、魔王とルナに挟まれるように眠っていく。

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