第42話 邪魔
《side ザイール》
俺はしばらく旅を続けるつもりだった。
ルナと二人でのんびりと過ごして、魔王も、勇者も関係ない場所でゆっくりとしていればいい。
あのメイドたちに世話をしてもらって、魔王が俺たちの存在に鬱陶しそうにしている。
そんなのんびりとした生活が送れればいいなって思った。
魔王領を離れて自由気ままに世界を楽しむ、それが俺の本来の目的だったはずだ。
だが、何故か俺は再び魔王城に戻ってきてしまっていた。
英雄トールと魔王の決戦が、まさに今、この城で繰り広げられていることを知った時、胸の奥に何かが引っかかっていたんだ。トールがいよいよ魔王を討つ。
彼がついに英雄としての役割を果たす瞬間だというのに、何かが俺を止めた。
「俺が何を考えてるんだか…」
「ご主人様」
「ルナ?」
「私は、ご主人様へ何かをお願いすることはございません。ですが、私はどこまでもご主人様について参ります。それが自由な旅でも、戦場でも、お供いたします」
ルナの言葉に俺は笑っていた。
「ああ、俺の自由なんだな」
「はい」
俺の足は、再び城へ向けられていた。
城内に響き渡る戦いの音は、壁を震わせ、床を揺るがしていた。
魔力がぶつかり合い、光と闇が交錯する激しい戦い。
俺は魔王城で傷を負ったメイドたちに回復魔法をかけて癒していく。
勇者は器用貧乏で、聖剣だけでく回復魔法を使うこともできる。
この戦場の空気をすべて肌で感じられる。
ふと、戦場の中心に立つ自分を想像していた。
「バカな…俺が英雄トールと戦うなんて、そんなことはありえない」
そんな風に自分に言い聞かせながらも、足は止まらない。気づけば、俺はすでに玉座の間に続く廊下を進んでいた。
そして、玉座の間にたどり着いた瞬間、俺の目の前に身を光らせた英雄トールがいた。彼の全身から放たれる光は、まるで太陽のように眩しく、圧倒的な力を放っていた。全身が武器になって、魔王に向かって放たれようとしていた。
対する魔王は、息も絶え絶えで立っていた。
彼女の体には深い傷が刻まれ、今にも倒れそうだった。だが、その瞳にはまだ戦意が宿っている。彼女はやる気がなさそうにしているくせに、自分の仲間たちのためにその命をかけられるやつだ。
「ハァ…!」
無意識のうちに俺はため息を吐いていた。
その手には聖剣を抜いて、二人の間に割り込んでいた。
瞬間、トールの光が俺の剣とぶつかり合った。
強烈な衝撃が全身を駆け抜け、俺の手から力が抜け落ちそうになる。
しかし、俺は必死に耐えた。光の中で、トールの驚愕の表情が浮かび上がった。
「ザイール!? なんで君がここに…!?」
「トール、悪いな魔王を殺させるわけにはいかない。英雄になるってのに、邪魔するぜ」
俺はなんとか言葉を絞り出しながら、聖剣でトールの一撃を受け止めた。
その力は途方もなく、俺の腕は震え、足元がぐらつく。しかし、俺はここで退くわけにはいかなかった。
ハァ〜、おかしいな本当は本来のトールの力なら、俺を一撃で吹き飛ばすほどの力があるはずだ。
それなのに、俺は腕が震え、足がぐらつくのに受け止められちまったよ。
「やめろ! ザイール! 君は何を考えてるんだ! 魔王は人類の敵だぞ!」
「トール…お前は力を手に入れた。だけどな、力に頼るだけじゃない。魔族だって会話ができるんだよ」
「会話ってなんだよ!? 君は…人間の勇者じゃないのか!」
「俺は…ただの旅人で、一人の人間でしかない」
その言葉に、トールは一瞬呆然としたような顔をした。
俺はその隙をついて、トールの光の一撃を弾き返し後退させた。
トールは足を踏ん張りながらも、その光を鎮めた。
玉座の間に静寂が戻る。
立ち尽くす全裸のトール、倒れている美しき魔王、そして割り込んだ俺。
三人の間に緊張が走った。
「どうしてだ、ザイール…お前はなぜ、魔王を守るんだ」
トールの問いに、俺は深く息を吸い込んでから答えた。
そうだな。傍目には全裸の変態が美女を襲っているように見えるからだろうな。
「俺はお前が英雄として輝く姿に対して何も言わない。それに、俺は勇者の責務を放棄して、自由でいたい。お前のように大義のために戦うわけじゃないんだ。ただ、俺の道を邪魔するやつがいれば、そいつを倒す。それだけだ」
「…お前というやつは…」
トールは苦々しい表情を浮かべたが、次第にその顔に諦めの色が見え始めた。
「わかったよ、ザイール。僕では君に勝てない。でも、これは僕たちの戦いだ。君が邪魔するなら、覚悟してもらう」
「俺もそのつもりだ。さぁ、どうする?」
トールは剣を握りしめたまま、一瞬躊躇したようだったが、その手をゆっくりと下ろした。
「…今日は引く。だけど、次の僕はもっと強くなっている。その時に会ったら容赦はしない」
そう言い残して、トールは光を収め、仲間たちにマントをかけられて玉座の間を後にした。
あの3人は俺を睨みつけていたが、一人だけ王女は何か言いたそうな顔をしていた。
彼の背中が見えなくなった後、俺はようやく肩の力を抜いた。魔王はふらつきながらも、まだ立っていた。その姿を見て、俺は思わず苦笑した。
「お前も無理するなよ、魔王様」
「ふふ…お前というやつは、どうしてそんなにお節介なんだ?」
魔王の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
「まぁな。だが、これでしばらくは平和が続くだろう」
俺は聖剣を収め、玉座の間から出ようとした。後ろから魔王が小さな声で呟いた。
「ありがとう、ザイール…」
その言葉を聞いて、俺は足を止め、振り返らずに手を振った。
「気にするな。俺はただの恩を返しただけだ」
そう言って魔王城に用意されている俺の部屋へと戻った。
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