第40話 追放

《side ザイール》


 俺が魔王城でのんびりと過ごしている間に、外の世界では大きな変化が起きていたらしい。英雄トールが魔王領に近づいているという情報が舞い込んできたのだ。


 その知らせが届いた日の朝、俺は魔王の居室に呼ばれた。


 珍しく、緊張した様子のメイドたちに囲まれ、いつものような軽い気持ちでは居られない空気を感じた。


「ザイール、貴様に告げることがある」


 魔王は冷ややかな声で言葉を発した。彼女は玉座に設置されたベッドに寝転んだまま、目を閉じて、俺に向けて話し始めた。


「なんだ、そんなに改まって?」


 俺が軽く冗談を言うと、彼女はまるで何かを振り払うかのように、手を振った。


 その仕草には、いつもとは違う冷たさが感じられた。


「貴様にはここから去ってもらう」

「……は?」


 一瞬、彼女が何を言ったのか理解できなかった。


 俺を追い出す? 今までそんな話をされたこともないし、そもそもこの魔王城に来てからは、わりと楽しい時間を過ごしてきたはずだ。


 俺の後ろに控えているルナも魔王に向けて怒りを膨らませる。


「理由を聞かせてくれないか?」


 少し真剣な顔をして尋ねた。すると、魔王はゆっくりと目を開け、冷徹な視線を俺に向けた。


「英雄トールがこちらに向かっている。そして、私は彼との戦いを避けるつもりはない。来るならば殺すまでだ。だが、貴様はどちらにつくのか予想ができない。余計な気を使いたくないのだ」

「それで?」

「貴様は私の配下ではない。だから、今すぐこの城から出て行け」


 その言葉には、明らかな冷たさが含まれていた。だが、その冷たさの奥に、何かを守ろうとする意図があることに俺は気づいた。


「俺を気に入ったってことか?」


 軽くからかうように言うと、魔王はさらに険しい表情をした。


「違う。ただ、貴様が私の配下でもないのに、無駄な血を流すのは愚かなことだと思っているだけだ」


 そう言い放つ彼女の言葉に、嘘はないように思えた。


「ザイール様…」


 その時、ずっと傍で控えていたメイドの一人が小さな声で呟いた。

 俺が振り返ると、彼女の目には涙が浮かんでいる。


「ザイール様、どうかこの城を出て行ってください。私たちは…私たちは、あなたがここにいると、命を落とすことになるかもしれないのです。それだけは…」


 彼女の言葉は明らかに俺を心配するように発せられている。

 俺が命を落とす? それはどっちと戦ってのことだ?


「お前たちもか?」

「はい…私たちも同じ気持ちです。ザイール様は、とても優しくて強い方です。でも、今ここにいれば、きっと私たちは英雄トールと戦うことになります。そして、あなたは人間族である英雄トールと私たちの間で心を痛められると思います。それは、私たちには耐えられません」


 別のメイドが泣きそうな顔で続けた。


 彼女たちが俺を追い出そうとしているのは、自分たちのためではなく、俺のためってことかよ。


 しかも、確かに物語では俺は英雄トールに負けてやられる追放勇者だ。


 それから逃げるために、魔王城までやってきたってのに、魔族達から今度は俺が追放されるのか?


「俺は…」


 言葉を紡ぐことができなかった。


 追放される理由が、俺を守るためだと言われたのは初めてだった。

 これまでの追放は、無力さや無用さから来るものだったが、今回は違う。


「ザイール様、どうか行ってください。私たちは…貴方が死んでしまうことを恐れています。そして、私たちが死ぬ姿をあなたに見せたくありません」


 メイドたちの震える声が、心に重く響く。

 彼女たちは、本当に俺のことを思って言ってくれているのだ。


「…分かった」


 俺は、覚悟を決めて立ち上がった。


 魔王もメイドたちも、自分たちなりに俺を守ろうとしてくれている。

 それならば、彼女たちの願いを無視することはできない。


「ありがとう。お前たちの言葉を聞いて、俺も決断がついたよ」


 俺はメイドたち一人一人の顔を見つめた。


 彼女たちは泣きながらも、必死に笑顔を作っている。

 その姿を見て、俺は少しだけ胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


「さよなら、ザイール様」


 メイドたちは一斉に頭を下げ、涙を拭うこともせずに見送ってくれる。その姿に、俺は静かに背を向けて、歩き出した。


「…じゃあ、元気でな。追い出されて清々するぜ」


 最後にそう呟いて、俺は魔王城の扉を開け、外の世界へと踏み出した。


 魔王城を出た後、冷たい風が頬を撫でる。

 その風が、まるで彼女たちの涙のように思えた。


 俺は歩き出し、次の旅を考え始めた。


「ご主人様、よろしかったのですか?」


 後ろに付き従うルナの言葉に、俺は笑う。


「構わないさ。俺は追放された身だ。勇者パーティーからも魔王城からも追放されて、行く宛のない存在だ」


 人の気持ちも、魔族の気持ちも、俺にはわからない。


 この世界にはまだまだ知らないことが多すぎる。


 これから何が待っているのか分からないが、彼女たちの想いを胸に、俺は前へ進んでいくしかない。


「追放されるのも悪くないもんだな」


 俺は軽く笑いながら、凍った大地を歩き出した。

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