第36話 新聞
《side ザイール》
魔王城の豪華な部屋で、俺は何とも言えない居心地の良さを感じながらソファに体を預けていた。
窓からは遠くに広がる氷の大地が見渡せ、室内の暖かさがその対照的な風景と相まって、妙に落ち着く空間を作り出していた。やれやれ、魔王領ってのはもっと物騒で不気味な場所だと思っていたが、こうしてのんびりと過ごせる場所もあるもんだ。
「ザイール様、今日の新聞をお持ちしました」
メイド姿の魔族の少女が恭しく新聞を手渡してくる。もうすっかり俺に仕えることが当たり前になっているらしい。
俺も最初は戸惑ったが、今では慣れてしまった。ありがたく受け取って、コーヒーを一口。
「ふーん、何か面白い記事でもあるか?」
新聞の見出しを眺めていると、目を引く記事があった。
「『英雄トール、暗黒龍との戦いでまさかの全裸勝利!』…って、何だこれ?」
俺は思わず声に出してしまった。いや、待て、全裸で戦うなんてどう考えてもおかしいだろ。
こんなニュース、一体誰が信じるんだ? 普通の戦い方じゃなかったのか? 装備はどこに行ったんだよ? 本当に全裸で戦って勝つなんて芸当ができるのか?
「うわ、こんな噂が流れてるのかよ。トール、大丈夫か?」
俺は額に手を当て、ため息をついた。
どうやら噂ってのはどこでも妙な話が広まるもんだ。全裸で戦ったなんて話、普通に考えて信じられないが、もしそれが事実なら…いや、やめておこう。変な想像はしたくない。
「ザイール様、コーヒーのおかわりはいかがですか?」
また別の魔族のメイドが優雅に俺の前にカップを差し出してくる。どうもこの城では至れり尽くせりで、俺が何も言わなくても全てが整えられる。普通なら気を遣う場面だが、ここでは逆に気を遣わずに済むのが妙にありがたい。
「おかわり、もらおうか」
俺はカップを差し出し、彼女が注いでくれるコーヒーを受け取る。この暖かい室内でのんびり過ごしていると、外の寒さなんてまるで別世界の話のようだ。
「ご主人様」
メイドを睨むように部屋に入ってきたのはルナだ。
彼女は豊満な体に美しい顔を俺に近づけてキスをする。
メイド服を着て、他のメイドたちを束ねる存在のように振る舞っている。
「どうですか? 不自由はしていませんか?」
「ああ、むしろ快適すぎて申し訳なくなるほどだ」
「ご主人様は、私の主人。つまりはこの城の主のようなものです」
ルナは、魔王城のように振る舞っている。
怠惰の魔王はベッドに寝てほとんど動かない。
現在の魔王城は、ルナとレイナの二人で指示を出して動かしている。
かつての魔王軍の幹部たちは、氷に閉ざされた魔王城に近づく者はいないまま好き勝手にしているようだ。
また部屋の扉がゆっくりと開き、魔王の姿が現れた。
彼女は眠そうにベッド型のクッションに寝転んだままやってきた。
魔王の登場に、部屋の中の魔族たちはさっと退き、俺とルナ、それに魔王だけが残された。
「ザイール、お前…まるでここが自分の家か何かのようにくつろいでいるな」
怠そうに告げてくる発言にルナが威圧を放つ。
「まぁな」
魔王の怠そうな視線に俺は肩をすくめた。確かに、ここ最近は完全にこの城での生活に甘んじている。しかも、全ての世話を彼女の部下たちがしてくれるという、まるで貴族のような生活だ。
「そりゃあ、こんな快適な場所にいれば、くつろぎたくもなるさ。魔王城がこんなに居心地がいいなんて想像してなかったよ」
俺は笑って応じるが、魔王は微かにため息をついた。
「貴様は勇者だというのに、ずいぶんと怠惰だな。だが、ここでの生活に甘えているようでは、いずれ私のようになるぞ!」
「どんな脅しだよ」
魔王の言葉には少しだけ真実が含まれていたが、それも俺を心配してのことだろうか? 俺はカップを置いて、彼女の目を真っ直ぐに見た。
「心配してくれるのはありがたいが、俺には俺のやり方がある。それに、今はただ旅を楽しんでいるだけだ。無理に戦いに向かうつもりはない」
「ふん…そうか。だが、覚えておけ、ザイール。この世界はお前のような怠け者には厳しいんだぞ」
魔王はそう言い残して部屋を出て行った。彼女の言葉には一理あるが、俺は今の生活が心地よすぎて、それを捨てる気にはなれなかった。
「ま、いいか。今はこれでいいさ」
俺は再びソファに体を預け、新聞の続きを読んだ。全裸で戦ったトールのことは頭から消し去り、今はただ、この優雅な時間を楽しむことにした。
「殺してきますか?」
「やめとけ、ルナ。あいつの部下たちはあいつが怠惰だからこそ逆にせっせと働く者が多いんだろう。むしろ、トップが動かなくて周りが動くって、いい上司じゃないか」
俺が魔王を褒めると、ルナが頬を膨らませる。
だけど、俺としては優雅で旅の休息には丁度良い。
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