第34話 同盟

 氷に覆われた道を進んでいくと、目の前に巨大な城が現れた。


 氷漬けになった魔王城が、冷たい光を放ちながらそびえ立っている。その城は、まるでこの世界の中心を支配するかのように威圧感を漂わせていた。


「ここが…魔王城か」


 俺は目の前の光景に、思わず足を止めた。


 城の周囲には氷で閉ざされた街が広がっており、かつては賑やかだったであろう城下町は、今や凍りついた静寂の中に沈んでいた。


「なんてこと…魔族たちまでもが氷漬けにされている…」


 レイナが震える声で呟く。


 彼女の言葉の通り、城下町には無数の魔族たちが凍りついており、その姿はまるで氷像のようだった。彼らの表情は凍りついた瞬間のまま固まっており、恐怖や驚愕がそのまま残されている。


「これが怠惰の魔王の力なのか…」


 俺はその異様な光景を前に、冷ややかな寒気と共に、背筋にゾクッとした感覚を覚えた。これまで見たこともないほどの圧倒的な力、それがこの城を、そして周囲のすべてを凍りつかせていたのだ。


「ザイール様…中に入るつもりですか?」


 ルナが不安そうに尋ねてくる。俺は一瞬考えたが、すぐに決意を固めた。


「ああ、行こう。このまま引き返すわけにはいかない」


 俺たちは魔王城の大きな門へと向かい、冷たい氷の扉を押し開けた。中に入ると、そこは外の冷たさとは対照的に、奇妙な温かさが漂っていた。


「中は…暖かい?」


 レイナが不思議そうに周囲を見回す。確かに外の氷の世界とは打って変わって、この魔王城の中は暖かく、まるで春のような気候だ。壁には氷の結晶が輝いているが、どこからともなく暖かな空気が漂ってくる。


「この温かさ…」


 俺は警戒心を強めながら、城の奥へと進んだ。


 やがて、豪華な大広間にたどり着いた。


 そこには一人の少女が、大きな天蓋ベッドで寝転んで目を閉じていた。その姿はまるで眠れる美女のようだったが、その表情はどこか穏やかではなく、むしろ冷酷さを漂わせていた。


「この子が…魔王?」


 俺はその少女の姿に目を見張った。彼女は眠っているように見えるが、ただの少女ではない。圧倒的な力を感じさせるその存在感は、まさに魔王にふさわしいものだった。


「彼女が…怠惰の魔王として覚醒したのね」


 レイナが震える声で呟いた。


「なるほどな…」


 俺は静かに呟きながら、目の前の少女に近づいていく。


 この少女が眠りから覚めたとき、この世界に何が起きるのか、それは俺にも分からない。ただ、魔王としての価値はあるようだ。


「眠れる美女どころか、完全に目覚めた魔王ってわけか」


 俺は軽く苦笑しながら、この先、彼女がどのような行動を起こすのか、そして俺たちがどう対峙するのか、それはまだ未知数だ。


「さあ、次はどうするか…」


 俺は目の前の状況を整理し、次なる行動を考え始めた。


「さっきからうるさい!」


 目を覚ました魔王がこの金色に輝く瞳で俺を見た。


 その瞬間に心臓が凍りつくような威圧を与えられるが、勇者である俺からすれば、心地よい涼しさがある。


「あなたたち誰?」

「寝ているところ、悪いな。勇者ザイールだ」

「勇者? 何? 私を倒しにきたの?」


 魔王の気配をもつ少女から放たれる威圧がさらに強くなる。


「まぁ落ち着け、俺は別にお前を倒しにきたんじゃない」

「じゃ、どうしてここにいるの?」

「俺の連れがお前に会いたいと言ったから会いにきたんだ」


 レイナが前に出る。


「新たな魔王様、私はサキュバスのリリスと申します」

「魔王軍の幹部?」

「はい。穏健派であり、今後は魔族も種族の一つとして人に認めてもらい共存を望んでいるので、勇者に魔王軍と同盟を結んでほしいとお願いしています」

「ふ〜ん」

「もしも、魔王様に戦う意志がないのでしたら、勇者と同盟を結ぶのはいかがでしょうか?」

「う〜ん、それもめんどい。敵じゃないなら、放っておいて」

「魔王様! これが魔王様だけでなく、魔族の未来がかかっているのです!?」


 レイナの必死な呼びかけに対して、やる気がなさそうな魔王は、本当にベッドへ寝てしまった。


「くくく、面白い奴だな。ルナ?」

「覚えている? 怠惰」

「うん? 誰?」


 ルナがフェイラに近づいて、声をかけた。


「嫉妬よ」

「ああ、君か、生きていたんだね。ふ〜ん、意外」

「今は、主人様を愛しているの。邪魔をするなら殺すわ」

「ふ〜ん、わかったよ。同盟を結ぶ」

「そう、ならいいわ。だけど、色目を使っても殺すわよ」

「しないしない。面倒なことは」

「ならいいわ」


 なぜか、ルナが話をつけて、魔王と同盟を結ぶことになった。


「勇者ザイールには敵対しない。これでいい?」

「ええ、いいわ」


 魔王が何かを宣言すると、彼女の指に指輪が現れた。


「契約の指輪。それじゃ寝るね」


 そう言って魔王が眠りにつくと、俺はよくわからなかったが、ルナとレイナが満足した顔をしていたから良かったのだろう。

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