第33話 脅威

 強硬派のアジトをぶっ潰して、俺とルナが満足感してハマーべの街へと戻った。

 

 人の力とは凄いものだ。襲撃を受けたはずの街は、すでに1日ほどで活気を取り戻していた。俺が笑っていると、レイナが駆け寄ってきた。


「ザイール様! どちらに行かれていたのですか!?」

「うん? ああ、強硬派のアジトを潰してきた」

「えっ!?」


 レイナの表情は、まるで信じられないものを見たように唖然としていた。俺はあっさりと肩をすくめて答えた。


「そうだ。ちょっとムカついたからな。街をめちゃくちゃにした報いってやつだ」

「……まさか、そこまでやるとは思っていませんでした」


 レイナは驚愕を隠せないまま、俺に歩み寄ってきた。


「破壊された建物と、強硬派の魔族たちの残骸が散らばっているぞ。みてくるか?」

「ちょっと行ってきます」


 彼らのアジトは、今や廃墟と化している。


 空を飛んで確認に行ったレイナはすぐに戻ってきた。


「さすがですね」

「レイナは、何か進展があったのか?」


 レイナは魔族領の調査に向かった。俺の問いかけに一度深呼吸をして、気を取り直すようにしてから向き直った。


「はい、実は重要な情報を得てきました。ザイール様、聞いてください。魔王が代わりました」

「魔王が代わった? それはどういうことだ?」


 俺は彼女の言葉に眉をひそめた。魔王が代わるってのは、確かに大事だ。だが、それが俺にどう関係あるのかはわからない。


「新しい魔王はフェイラという少女です。彼女は怠惰の象徴とされていて、これまで特に目立った行動はしていませんでした。しかし、彼女が魔王の座に就いたことで、魔王軍の体制が変わりつつあるようです」

「怠惰の象徴か…。それで、魔王軍がどう変わったんだ?」


 俺は彼女の言葉に少し興味を持った。怠惰の魔王って聞くと、やる気のない奴を想像するが、それが魔王になるってのはどんなもんだろうか。


「詳しいことはまだわかりませんが、魔王軍内部で勢力争いが激化しているようです。フェイラはその中で、強力な支持を得ているようです。ザイール様、できれば一度彼女に会ってみていただけませんか?」

「俺が魔王に会うのか?」


 思わず声を出して驚いた。


 魔王に会うってのは、普通なら命を賭けた大勝負だ。


 だが、レイナは俺がその場で即決しないことを見越してか、少しだけ微笑んで続けた。


「今の状況では、フェイラがどのような意図で行動しているのかを知ることが重要です。ザイール様のような存在ならば、彼女に接触して話をすることが可能かもしれません」

「ふむ…。まあ、確かに魔王が何を考えてるのか知るのは悪くないな」


 俺は少し考え込んだ。


 魔王軍の内部事情を知ることができれば、俺にとっても悪くない。もっと言えば、魔王と直接会って、その様子を見ておけば、後々役立つかもしれない。


「それに、フェイラは怠惰を象徴する魔王です。ザイール様と話をして、何か得るものがあれば、彼女も行動を起こすかもしれません」

「怠惰な魔王ねぇ…」


 俺は腕を組んで考えた。どうやらレイナが提案しているのは、単なる交渉以上の意味があるらしい。もしかしたら、これまでの魔王とは違った形での接触が可能かもしれない。


「まあ、面白そうな話だな。魔王って奴がどんなもんか、ちょっと見てみるのも悪くない」


 俺は笑みを浮かべて、レイナに答えた。レイナも安堵の表情を見せ、頷いた。


「ありがとうございます、ザイール様。これからの動向が非常に重要ですので、ぜひ彼女と会ってみてください」

「わかった、会ってやるさ。でも、何か企んでるなら覚悟しておけよ」


 俺は冗談めかして言ったが、レイナは真剣な表情で頷いた。


「もちろんです、ザイール様。ご協力に感謝します」


 俺はそんなレイナを見て、軽く肩をすくめた。


「じゃあ、さっそく準備しようか」


 俺たちは新しい魔王フェイラに会うための準備を進めることになった。何が待ち受けているかはわからないが、それもまたこの世界の楽しみ方の一つだ。


 魔王領へと続く道を進んでいくと、次第に周囲の風景が変わり始めた。


 最初はただの荒野だったが、やがて冷たい風が吹き始め、地面には霜が降り始めた。そして、次第にその霜が厚い氷となり、周囲のすべてが白く覆われていった。


「なんだ、この寒さは…?」


 俺は思わず口元を覆い、息を吐く。白い息が立ち上るほど、気温が急激に下がっている。レイナもルナも、この異常な寒さに驚いている様子だ。


「ザイール様、この寒さ…普通じゃありません。何かが起きている…」


 レイナが顔をしかめながら言った。彼女の言う通り、この寒さは自然のものではない。まるで何かがこの地を氷で閉ざそうとしているかのようだった。


「これは…怠惰の力が働いているのかもしれません」


 ルナが静かに呟いた。その言葉に、俺は彼女の方を振り向いた。


「怠惰の力?」

「はい…怠惰の力は、すべての動きを鈍らせ、世界を凍りつかせると言われています。もしもこの地にその力が満ちているのなら…」


 ルナの言葉に俺は理解した。どうやら、この氷の異常現象は新たな魔王が生まれたことで起きているらしい。怠惰の力、それは全てを凍結させ、動きを止める力。ここがその力で覆われているのだ。


「なるほど、魔王が本気を出したってわけか…」


 俺は手を伸ばして、目の前の氷を触ってみた。触れた瞬間、鋭い冷たさが指先に伝わり、まるでこの地そのものが生命を拒絶しているかのように感じた。


「どうやら、歓迎されていないみたいだな」


 俺は苦笑いを浮かべながら、氷で覆われた風景を眺めた。木々は氷の中に閉じ込められ、草原は一面の氷原と化している。このまま進めば、俺たちもこの氷の力に飲み込まれてしまうかもしれない。


「ザイール様、ここからは慎重に進むべきです。この力は魔王の本拠地から発せられているはず。近づけば近づくほど、その力は強くなります」


 レイナが冷静に状況を分析し、俺に助言をくれた。彼女の言葉に耳を傾け、俺は頷いた。


「わかってるさ。でも、この寒さも含めて、俺たちの冒険だ」


 そう言って、俺は前に進むことを決意した。怠惰の魔王がどんな存在であれ、俺はこの異世界を楽しむためにここにいる。危険だろうが、困難だろうが、俺にとってはそのすべてがワクワクするものだ。


「さあ、行こう。魔王が待っているんだろう?」


 俺はルナとレイナに声をかけ、さらに氷の道を進んでいく。怠惰の力が強まる中、俺たちは真の魔王が待つ場所へと歩みを進めていった。周囲の景色はますます凍りつき、まるで世界そのものが停止していくかのような錯覚を覚える。


 だが、俺たちの心は決して凍りつくことはない。この先に何が待っていようとも、俺たちは進み続ける。怠惰の力に支配されたこの地で、真の魔王との対峙が待っているのだ。


 氷に閉ざされた魔王領、その中心で何が待ち受けているのか、俺たちはその答えを知るために進んでいった。

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