第32話 真なる魔王

《side 魔王バカリス》


 我は魔王バカリス。かつては魔王軍の頂点に君臨し、大陸を恐怖で支配していた。


 だが、時の流れは残酷なもので、今や我の力も衰え、かつての勢いは失われつつある。次代の魔王候補たちも次々と討ち取られ、残ったのはたった一人の怠惰な少女だけだ。


「このままでは、我が軍は滅びる…」


 玉座に座りながら、我は深くため息をついた。


 我が築き上げてきた魔王軍が、このような形で崩れ去るのをただ見ているだけではいけないと分かっている。だが、現実は厳しい。勇者ザイールとその仲間たちは強力で、これまでの魔王候補たちを次々と葬り去ってきた。


 残るは怠惰を象徴する、やる気のない少女…フェイラ。


 彼女は常に眠そうな目をしており、戦いの意思など微塵も感じられない。しかし、彼女は最後の魔王候補であり、我にとっての最後の希望でもある。


「フェイラよ…お前に全てを託すことになるとはな」


 我は玉座から立ち上がり、フェイラのもとへ向かった。彼女は玉座の間の片隅にあるソファで、寝そべっていた。目を細め、ウトウトと眠りに落ちかけている。


「フェイラ、起きろ」


 我の声に、フェイラは目を半開きにしてこちらを見た。


「ん…何ですか、魔王様…。また、何か面倒なことがあるんですか…」


 フェイラは面倒くさそうに返事をして、体を少しだけ起こした。我はその怠惰な態度に苛立ちを覚えたが、今は我慢するしかない。


「フェイラ、今やお前だけが我が軍の希望だ。勇者たちが我々の領土に迫り、次々と魔王候補を討ち取っている。お前が最後の魔王候補となった以上、お前に魔王の座を譲ることにする」


 フェイラはその言葉を聞いても、特に驚いた様子もなく、ただ欠伸をしているだけだった。


「魔王…ですか。めんどくさいですね…」

「確かに、お前にはその性格からして向いていないかもしれん。だが、他に選択肢はない。お前が魔王となり、我が軍を率いて戦うのだ」


 我は必死に説得を続けたが、フェイラはあくびを繰り返すだけだった。


「でも、戦うのって疲れるんですよね…できれば、寝ていたいです」

「寝ている場合ではない! このままでは我らは滅びるぞ!」


 我の怒鳴り声にも、フェイラは特に動じることなく、ただ体を反らしてソファに沈み込む。


「うーん…じゃあ、魔王になったら、ずっと寝ていてもいいですか?」


 我は一瞬、呆れて声も出なかったが、どうにか答えた。


「そうだ、好きにすればよい。しかし、その前に勇者トールを討ち取らねばならん。彼奴を倒せば、お前は自由だ。永遠の眠りを楽しむこともできるだろう」


 フェイラはようやく少し興味を持ったようで、薄っすらと笑みを浮かべた。


「ふむ…勇者を倒せば、あとは寝ていても誰も文句を言わないと?」

「その通りだ」

「じゃあ…やりますかね」


 フェイラはそう言って、ソファからゆっくりと立ち上がった。やる気はなさそうだが、少なくとも話を聞く気にはなったらしい。


「いいだろう。我がすべての魔力をお前に注ぎ込み、真の魔王へとお前を覚醒させる」


 我はフェイラに近づき、手を彼女の額にかざした。自らの魔力を彼女に注ぎ込み、眠れる力を解放する。


「うーん、温かい…眠くなりますね」


 フェイラはそのまま目を閉じて、再び眠りに落ちるかのように見えたが、その瞬間、彼女の体から圧倒的な魔力が放たれた。


「ほう…これが真の力…」


 フェイラの体が光に包まれ、その目がゆっくりと開かれる。眠そうだった瞳は鋭さを帯び、彼女の周りに黒いオーラが漂い始めた。


「これで…いいんですか?」


 フェイラはゆっくりと問いかけた。我は満足げに頷いた。


「うむ。お前は今や、真の魔王だ。さあ、勇者トールを討ち取り、我らの勝利を掴むのだ」


 フェイラはその言葉に、再び欠伸をしながらも、頷いた。


「わかりました…じゃあ、真の魔王の命令です。バカリス…英雄トールを私に代わって打ち果たしてきなさい」


 そう言って、フェイラは再び眠りに落ちた。


「なっ!?」


 だが、その背中に宿る圧倒的な力は、もはやかつての魔王候補たちとは一線を画していた。


「くっ! 真なる魔王の命令であれば仕方あるまい! 我が再び勢いを取り戻してくれるわ!」


 我は再び玉座を後にして、英雄トールを討ち取るために、再び前線に立つ決意を固めたのだった。


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