第26話 襲撃

《side ザイール》


 船旅というのは、やっぱり良いもんだ。


 波の音が心地よく、空の青さと海の蒼さが混じり合って、まるで異世界の美景を楽しんでいるかのようだ。いや、実際に異世界なんだけどな。


 俺たちは魔王領へ向かうため、豪華な船に乗り込んで旅を続けている。

 今は甲板で、レイナとルナと一緒にのんびりと過ごしている。


「ザイール様、この景色、とても美しいですね」


 レイナが優雅な微笑みを浮かべて、遠くの水平線を見つめている。

 彼女はいつも優雅で冷静、そしてちょっと妖艶だが、それがまたいいんだよな。


「ああ、最高だな。魔王を倒すとか、大義名分なんてどうでもいい。ただ、こうして旅を楽しめればそれでいいんだ」


 俺は鼻歌を歌いながら、風を感じていた。


 ルナはそんな俺を静かに見守っている。彼女はいつも無口だけど、その表情から何を考えているのかがなんとなく伝わってくるようになった。


 彼女が俺に向けるのは深い愛情だ。


「ザイール様、新聞が届きましたよ」


 甲板の端にいた少年が、新聞を手に走り寄ってきた。

 船の上でも新聞が手に入るとは、なかなか便利な世の中だ。


「ありがとうな、少年」


 俺は少年から新聞を受け取って、広げてみた。

 そして、その見出しに思わず眉をひそめた。


《勇者行方不明! 魔王候補生との戦いの行方は?》


 そこには英雄トールが魔王候補生に敗北して、勇者パーティーごと行方がわからなくなったと書かれていた。


「ん? 行方不明?」


 レイナが俺の肩越しに見て、驚いた声を上げる。


「どうやら英雄トールたちが魔王候補生たちと戦って、敗北したことを行方不明という形で誤魔化したようですね。実際に、勇者ザイール様はその場におられませんでしたから」

「王国も色々なことを考えるものだな。王女セリーヌが帰れば、嘘だとわかるだろうに」

「どうなのでしょうか? 彼女も王家の一員として王国の民に不安を煽ることはしないのでは?」

「さあな。でも、トールが負けたってことは、王都は結構ヤバいんじゃないか?」


 俺たちが倒した魔王候補以外にもまだいたんだな。


 俺は新聞を畳んで考え込んだ。


 王都が襲撃されたというのに、俺はここでのんびりと船旅を楽しんでいるわけだが、まぁ、別に俺が助けに行く義務もない。


 むしろ、トールがやられたことに少し驚いているぐらいだ。


 ピンチになれば覚醒する。そう思っていたんだけどな。


「ザイール様、どうしますか? 王都に戻りますか?」


 レイナが尋ねてきたが、俺は首を振った。


「いや、俺たちは魔王領に向かうんだ。これが俺たちの冒険だ」


 レイナは少し驚いたように見えたが、すぐに微笑んだ。


「わかりました。ザイール様の選択に従います」


 その時、突然、海面が不穏な音を立てて泡立ち始めた。俺はその音に気づき、すぐに視線を海に向けた。


「何だ?」


 レイナもルナも、俺の視線を追って海を見る。

 

 巨大な影が海中から浮かび上がってきた。次の瞬間、巨大な触手が船に向かって伸びてくるのが見えた。


「くそっ、魔物か!」


 俺はすぐに剣を抜き、甲板に向かって飛び出した。

 魔物の触手が船を襲おうとしているのがはっきりと見える。


「ザイール様、私がサポートします!」


 レイナが魔法を発動させ、船を守るための結界を張る。だが、触手の力は強く、結界が軋む音が聞こえた。


「主人様」


 ルナが俺を抱き上げて空を飛ぶ。


「お前たち、こいつは俺がやる!」


 軍艦に乗っていた者たちに声をかけて、俺はルナに身を委ねた。


 ルナは魔物の触手に向かって突進し、俺は聖剣で一閃する。


 巨大な触手がズバリと斬られ、海に落ちていく。

 だが、まだ触手は次々と出現し、俺たちに襲いかかってきた。


「ルナ、俺を海に落としてくれ」

「主人様?」

「信じられるか?」

「もちろん!」


 ルナは俺を信じてくれる。

 これまで勇者パーティーの誰も俺を信じなかったのに、魔族のルナは迷わない。


 俺はルナから海に向かって解き放たれる。


 だけど、次々と現れる触手をルナが凍らせる。


「道は作ったよ」

「ああ、最高の女だ。ルナ!」

「聖剣よ! 力を見せよ!」


 俺が海を切り拓いた。海の中の魔物はかなりの巨体で、全ての触手を切り落とすのには骨が折れそうだ。


「ザイール様、お気をつけて!」


 レイナが叫び声を上げる。


「舐めるなよ、魔物風情が!」


 俺は魔物の中心に向かって突っ込み、その頭部らしき部分を一刀両断にした。

 血飛沫が舞い、魔物の絶叫が海に響き渡った。


 魔物は激しくのたうち回りながら、海中に沈んでいく。

 俺は剣を振り払い、その姿を見届けた。


「ふぅ、やれやれ、楽しい船旅が台無しだな」


 俺は剣を収め、甲板に戻った。レイナがほっとした表情で俺に近づいてきた。


「ザイール様、さすがです。あの魔物を一瞬で片付けるなんて…」

「主人様」


 レイナが感嘆とした声を出して、ルナが俺に抱きついた。


「まぁ、これぐらいは当然だろう」


 俺は笑って答えた。不思議なものだ。誰かを守るため、誰かが信じてくれているだけで力が湧いてくる。


「さて、気を取り直して、旅を続けようか。魔王領が俺たちを待っている」


 俺たちは再び、旅の続きを楽しむために船の上でのんびりと過ごすことにした。

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