第23話 恋心

《side王女セリーヌ》


 私は囚われたことで、自分の人生が終わったことを実感していた。


 勇者ザイールが私を助けるために現れるはずがないと思っていた。


 それなのに勇者ザイールは現れてくれた。


「どうやら俺たちが向かった場所が、魔王候補生たちの指定した場所だったようだ」


 そんな声が聞こえた瞬間、驚きで胸が高鳴った。

 目の前に現れたのは、まさにあの勇者ザイールだった。


 彼の姿を見るだけで、心の奥底から何かが込み上げてくる。驚きと同時に、胸が熱くなっていくのを感じた。彼が本当に助けに来てくれたのだ。


 だけど、同時にどうしてという疑問が湧いてくる。


 彼は私たち王族を嫌っていたはずなのに……。


「お前たちはなんだ?」


 ザイールが問いかけると、魔王候補たちは不敵な笑みを浮かべて名乗り始めた。


 ラガシュ、オルガ、フィルア。それぞれが異なる力を持つ強力な魔王候補だ。彼らの背後には私が囚われている。


 英雄トールを倒した彼らの実力は本物だ。


 勇者ザイールが強いことは知っているが、魔王候補に殺されてしまうかもしれない。


「こっちにもお前たちと戦う理由ができた。さっさとかかってこい」


 勇者ザイールの力強い声が響く。その姿勢と自信に満ちた表情に、胸がさらに高なる。彼の存在が、どれほど私の心に安心感を与えるのか、初めて知った。


 戦いが始まった。ザイールは剣を抜き、圧倒的な力で魔王候補たちを相手にしている。彼の動きは鮮やかで、迷いがなく、その一撃一撃が確実に敵を捉えていた。


「そんな力任せで俺を倒せると思ってるのか?」


 ラガシュの巨体に向かって軽やかに身をかわしながら、ザイールが剣を振る。彼の動きは優雅で力強く、目を奪われるほどだった。彼の戦い方を見ていると、私の心はますます彼に惹かれていく。


「あなたの相手は私!」


 引き連れている女性たちも参戦して、魔王候補たちを次々と倒していく。


 私は自分が見ている光景を信じられなかった。


 あの最強だと思っていた勇者パーティーが全滅したのに、あっさりと魔王候補たちが、瞬殺されていく。


 これは現実なのだろうか?


 他の者たちが戦う中で、私の視線は常にザイールに向けられていた。

 彼の圧倒的な強さと冷静な判断力に、ただただ感嘆するばかりだ。


 何よりも、その戦いは他者を魅力するカリスマ性がある。


 この王女である私はついて行きたいと思ってしまう。


 胸だけでなく、全身で勇者ザイールを欲しいと感じてしまう。


「ぐぅ…こんなはずじゃ…」


 ラガシュが地面に倒れ、オルガとフィルアも次々に敗北していく。

 魔王候補たちの惨めな姿を見ながら、私は胸の中で何かが変わるのを感じた。


「ぐう……」


 オルガの頭を踏みつけるルナの姿に、勝利の予感が広がる。ザイールたちは強い。


 王国最強は、英雄トールではない。


 絶対に、勇者ザイールに間違いない。


「やっぱり、あなたはすごいですね……」


 心の中でつぶやいた言葉は、私自身の脳に溶け込んでいく。


 ザイールに対する気持ちが、確信に変わる。


 彼の強さと傲慢さが、私の女を呼び覚ます。


 これほどまでに強い雄に守ってもらいたい。


「ありがとう……」


 心の中でそうつぶやくと、胸が熱くなる。ザイールの姿が、私の心を掴んで離さない。彼に対する感謝と敬意、そして……恋心。


「仕方ないので、ついでに王女も返してもらうか」


 彼の言葉に、私は微笑んだ。彼の無頓着な態度が、逆に彼の本当の優しさを感じさせる。そして、その優しさに心から惹かれてしまう。


「待ちなさい! このまま帰れると思っているの!?」


 その時、私の髪が掴まれて、首元にナイフが突きつけられる。


「エレナ」


 バンパイア女王のエレナが、私を人質にしてザイールを!


 そんなことを許せるはずがない。


「王女がどうなってもいいのか?! 武器を捨てよ! 勇者ザイール!」

「あ〜、う〜ん。わかった」


 物凄く面倒そうに、ザイールは聖剣を手放して、消滅させた。


「そう! それでいいのよ! 死になさい!」


 近づくことをためらったのか? エレナは、蝙蝠を放ってザイールを襲わせた。


 だけど、次の瞬間、洞窟内が眩い光に包まれる。


「えっ?」

「なっ!? ぎゃあああああああああ!!!!」


 エレナの絶叫と共に、私は何が起きたのかわからないままに、エレナに視線を向ければ、彼女の胸から聖剣が突き抜けていた。


「あ〜悪いな。別に俺の手以外からでも出現は可能だ。俺の目視している場所ならな。それとルナ。コウモリは死んだのか?」

「うん。主人様は私が守る!」

「魔王候補も幹部も倒したので、終わりですね」


 魔族である。二人の女性は味方を倒したはずなのに、何も気にした様子はなく、彼女たちすら従えてしまうザイール様に唖然としてしまう。


「あ〜、とりあえず、王女は救出した。おい、セリーヌ王女」

「はっ、はい!」

「お前たち王族は、俺のことを嫌っているのはよく知っている。だが、命を救ってやったんだ。王城での一件はこれでチャラだ。俺は好きに生きる邪魔はするなよ」

「えっ?」

「返事は?」

「はい!」

「よし、なら、街に連れて行ってやる」


 何を言っているのだろう? 王城の一件もザイールの一人勝ちだったのに、今回も王国は大きな貸しを作られてしまった。


 むしろ、魔王軍の幹部に、魔王候補を三人も撃破したことをチャラとして流そうとしている? 意味がわからない。


 私は近くの貴族が管理する街に連れて行かれ、ザイールが去った後も、彼の姿が目に焼き付いて離れなかった。


「じゃあな。もう面倒なことに巻き込まれるなよ。大人しく英雄の活躍でも待つんだな」


 英雄などどうでもいい。


 私の胸に込み上げてくる感情は、勇者への恋以外の何ものでもなかった。

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