第16話 嫉妬

《sideザイール》


 魔族の女に愛される。


 うん。女性にそこまで情熱的に愛されたことがない俺としては、まぁ嬉しい反面、強い女に愛される怖さを考えてはいなかった。


 ルナとレイナが真っ向から睨み合う。


 さっきまで和やかだった空気が一気に張り詰め、二人の間には見えない火花が散っていた。


「ご主人様、ここで待っていてください」

「ザイール様、決着をつけてまいります」


 ルナが俺に言い残し、レイナと向かい合う。

 二人の目には決意と怒りが燃えていた。


「リリス、私の主人様に手を出すとは良い度胸じゃないか? お前に主人様を渡すわけにはいかない」

「ふふ、なんだい。進化したばかりの小娘が魔王軍の幹部である私に勝てるとでも?」

「お前は私を知らない。そして、私はお前を知っている」

「ならば、幹部の力を知らないバカは、懲らしめてあげるわ! サキュバス女王、魅惑のリリスがお相手するわ」


 補助魔法の重ねがけが行われ、一気にレイナの魔力が増幅される。


 レイナは笑みを浮かべながら軽く肩をすくめた。


「ふふ、ルナ。あなたがそんなに強気で出るとは思わなかったわ。でも、私は負けないわよ。ザイール様は私のものにするの。あの強さを見て惚れない魔族女性はいないわよね?!」


 その言葉にルナの顔が真っ赤になって、怒りと嫉妬が入り混じった表情が浮かべる。

 

「誰にも渡さない。主人様は私の! 嫉妬のルナが全てを破壊する」

「嫉妬? ふん! レヴィアタンの眷属だとでも? 笑止!」


 ルナが勢いよく飛び出し、レイナに向かって突進する。

 レイナもすぐに応戦し、二人の激しい戦いが始まった。

 彼女たちのスピードは人智を超えている。


 俺は村を破壊させないために、聖剣の力を解放して、結界を作り出す。


 異空間を作り出して、二人の力を俺の力で別の空間に飛ばしてしまう。


「なっ!? なんだこの力は!」

「魔王軍の幹部? 笑わせる。この程度で?」


 俺は心の中でルナを応援しながら、二人の戦いを見守った。

 ルナの動きはしなやかで美しいが、その中には異常な力が加えられているように感じられる。


 俺への好意はわかるのだが、ドス黒くて重い。


 闇の力が凝縮したような重みがある。


 レイナも弱くはない。攻撃も一撃一撃が鋭く、彼女がただのサキュバスではないことを証明していた。


 しかし、ルナの力はレイナの全てを凌駕していた。

 二人の戦いは熾烈を極めていく。


「くっ! ならば10倍増だ!!!」


 重ねがけの掛け算を実現させたレイナの体にかかる負担は計り知れず、それでもやっとルナに追いついた程度の二人は、ぶつかり合って、一人が吹き飛んだ。


「これはただの喧嘩じゃないな……」


 俺は彼女たちの戦いが、ただの意地の張り合いではないことを感じた。

 これは互いの優劣を決めるためのぶつかり合いであり、真剣勝負だった。


 土埃が消え去ると、地面に伏したレイナと、黒い翼に真っ黒な魔力を帯びたルナが宙に浮いていた。


「ぐっ!」

「これで終わりだ!」


 ルナの手から真っ黒な球体が生み出されて、レイナに放たれる。

 流石にこの力はオーバーキル過ぎた。


「ザイール様……私は……」


 レイナが涙を浮かべて、俺を見た。


「ハァ」


 俺は一瞬でレイナの前に移動して、ルナの放った黒い球体を聖剣で真っ二つに切り裂いた。


「ルナ」

「どうして? どうして、その女を庇うの!?」

「やりすぎだ」

「いや! 私だけを見て! 私を愛して」


 魔族の女が暴走状態に入るのはかなり怖いことだな。


 俺は、素早く動いて、ルナの前に移動する。


「えっ!?」

「やりすぎだ。勝負はお前の勝ちだ。それで満足しておけ」

 

 そう言ってルナの唇にキスをする。


 レイナの誘いに心が揺らいだ俺も悪い。

 だけど、レイナを殺すほどではないと思う。


 ルナは疲れた表情を浮かべながら、俺のキスを受け入れ抱きしめられた。

 彼女の頭を優しく撫でていると、力を使った反動なのか、意識を失ってしまった。


「ルナ、お前の勝ちだ。これからも一緒に旅を続けよう」


 ルナは俺の胸の中で微笑み、静かに目を閉じた。


「ザイール様……」


 レイナが立ち上がり、悔しそうな表情を浮かべながらも、潔く敗北を認めた。


「負けてしまいました。ですが、彼女は異常です」

「うーん、そうか? 俺からすればどっちも強かったぞ」

「彼女の正体がわかりました。彼女は魔王候補です」

「魔王候補?」

「はい。魔王軍の中でも選りすぐりの血筋は一定の間、争わせて、力を強めるのです。彼女はおそらく魔王候補として、争っている際に負けて、人間の国に流れ着いた」


 俺はレイナに言葉で、ルナの異常な強さを理解することができた。

 確かに、作中に登場する魔王は、英雄トールと同じく新たに魔王についた者だった。


 ルナという魔物は登場することなく、どこかで朽ち果てる運命だったのかもしれない。


「俺にとってはどうでもいい。ルナがこうやって生きて、自由を求めるなら手伝うだけだ」

「あなたは本当に変わり者の勇者ですね。覚醒した魔王と旅を選ぶなんて」


 別にルナが俺を殺そうとしているわけじゃない。


 むしろ、魔王であろうが、魔族であろうが、惚れた女と旅をするのは幸せだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る