第9話 気持ち
《sideザイール》
レイナの言葉と態度に一瞬、意表をつかれて固まってしまう。
彼女が本気で言っているのか、それとも何か裏があるのか、判断がつかない。
「魔族を助ける? どういうことだ?」
「勇者ザイール。あなたは魔族が争いばかりを好むと思いますか?」
「それはそうだろ? 魔族は弱肉強食で、強き者が言うことは絶対だ」
「古い考えですね。すでに私たち魔族も戦いには疲れているのです。ですから、平和に暮らしたいと思っている人が多くいます。戦争を終わらせるために、勇者ザイールの力が必要なのです」
「戦争を終わらせるために俺の力を使おうってのか? サキュバスのくせに、よくもまあそんなことが言えるな」
レイナはその言葉に微笑みを浮かべたが、その瞳には真剣な光が宿っていた。
「そう思われるのも無理はありません。ですが、私は本気です。ザイール様、あなたが持つ力で、多くの命が救われるのです」
俺は彼女の言葉を信じるべきかどうか迷った。
だが、彼女の態度からは本心が感じられた。
何よりも、本来のこいつはサキュバスであることをトールに見破られた時点で、魔王軍のために戦闘を仕掛けるようなやつだったはずだ。
それなのに、今は俺を説得しようとしている。
「わかった。しばらくはお前を信じてみることにする。ただし、裏切ればその時は容赦しない」
「もちろんです、ザイール様。あなたの期待を裏切りません」
レイナはそう言って再び微笑んだ。
その妖艶な雰囲気は、籠絡されてしまわないように気をつける必要がありそうだ。
「夜の相手をご要望でしたら、いつでも相手しますよ。最高の快楽をお届けできます」
「いやっ! お前に手を出したら死ぬだろうが!」
「勇者なのです、私は正気と魔力を奪うだけデス。生命力が強い勇者なら、すぐには死にませんよ」
あっけらかんとした物言いで話すこいつに、呆れてしまったが、しばらくは様子を見ても良いかと思えた。
♢
その夜、宿に戻ると、ルナは静かにベッドに座っていた。
彼女の瞳にはまだ不安と悲しみが漂っている。
「ルナ、大丈夫か?」
彼女は小さく頷いたが、その表情には何も変わりがない。
俺は少し心配になりながらも、レイナとの話を続けることにした。
「レイナ、お前にはまだ聞きたいことがある。あの少女、ルナのことだ。お前は彼女を知っているのか?」
同じ魔族であると理由で問いかけたが、俺だって同じ人族の全てを知るわけじゃない。
案の定、レイナは首を横に振った。
「いいえ、彼女については何も知りません」
「そうか。まあ、お前が何か知っているなら隠さずに言えよ」
レイナは微笑んで頷いた。
「もちろんです。何か分かったらお伝えします」
ルナは相変わらず無口だが、その瞳には少しずつ光が戻ってきているように感じられた。
♢
《sideルナ》
ザイール様と共に王都を離れてからの旅は、新しい世界の始まりだった。
彼が私を救ってくれたおかげで、今こうして生きているが、心の中にはまだ恐れと不安が残っている。
市場で出会ったレイナという女性が加わったことで、私はさらに不安を感じていた。彼女が魔族だからだ。
あの優しいご主人様の無事を祈る。
彼が私に優しく声をかけてくれるたびに、心が温かくなった。
市場に出かけた際、子供たちが楽しそうに遊んでいる光景を見て、私は過去の記憶が蘇ってきた。
子供の頃、魔王候補として訓練されていた私は、遊ぶ時間も自由もなかった。
仲間たちと争い、敗れて傷つき、命を落とす寸前だった。
私は敗北して、全てを失って、たまたま川に落ちたことで命が助かったが、魔王を決める候補との戦いで敗れて、大きな傷と光を失った。
絶望の中で奴隷になって、次に光を取り戻した時。
私を救ってくれたのは魔王の宿敵である勇者だった。
訓練ばかりで、私はなんと声を掛けて良いのかわからない。
「ルナ、大丈夫か?」
彼の優しさに触れ、私は少しずつ心が温かくなる。
「レイナ、お前にはまだ聞きたいことがある。ルナのことだ。お前は彼女を知っているのか?」
私はドキッとした。
どうやらご主人様は、レイナが魔族であることを気づいている。
偽装している魔族の幹部を見抜くなんて、勇者でも普通はできない。
やっぱりご主人様は凄い勇者様なんだ。
だけど、候補でしかない私のことをレイナが知るはずがない。
もしも、魔王として選出されていれば、レイナとも顔を合わせていたかもしれない。
「いいえ、彼女については何も知りません」
「そうか。まあ、お前が何か知っているなら隠さずに言えよ」
どうやら、二人の間で何か話をして契約を結んだ? 私にはわからないけど、私はもう魔族の国には戻りたくない。
ご主人様と過ごす穏やかな旅がとても楽しくて、このまま過ごしていられたらどれだけ幸せだろうか?
「ルナ、君の瞳には悲しみが残っているな。だけど、心配するな。俺は勇者ザイール様だからな。どんな困難からもお前を守って、お前を自由にしてやる」
本当に私は自由になれるのかな? 魔王候補の呪縛から解き放たれても不安しかない私の心は、あなたの側にいたい。
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