第9話 気持ち

《sideザイール》


 レイナの言葉と態度に一瞬、意表をつかれて固まってしまう。

 彼女が本気で言っているのか、それとも何か裏があるのか、判断がつかない。


「魔族を助ける? どういうことだ?」

「勇者ザイール。あなたは魔族が争いばかりを好むと思いますか?」

「それはそうだろ? 魔族は弱肉強食で、強き者が言うことは絶対だ」

「古い考えですね。すでに私たち魔族も戦いには疲れているのです。ですから、平和に暮らしたいと思っている人が多くいます。戦争を終わらせるために、勇者ザイールの力が必要なのです」

「戦争を終わらせるために俺の力を使おうってのか? サキュバスのくせに、よくもまあそんなことが言えるな」


 レイナはその言葉に微笑みを浮かべたが、その瞳には真剣な光が宿っていた。


「そう思われるのも無理はありません。ですが、私は本気です。ザイール様、あなたが持つ力で、多くの命が救われるのです」


 俺は彼女の言葉を信じるべきかどうか迷った。

 だが、彼女の態度からは本心が感じられた。


 何よりも、本来のこいつはサキュバスであることをトールに見破られた時点で、魔王軍のために戦闘を仕掛けるようなやつだったはずだ。


 それなのに、今は俺を説得しようとしている。


「わかった。しばらくはお前を信じてみることにする。ただし、裏切ればその時は容赦しない」

「もちろんです、ザイール様。あなたの期待を裏切りません」


 レイナはそう言って再び微笑んだ。

 その妖艶な雰囲気は、籠絡されてしまわないように気をつける必要がありそうだ。


「夜の相手をご要望でしたら、いつでも相手しますよ。最高の快楽をお届けできます」

「いやっ! お前に手を出したら死ぬだろうが!」

「勇者なのです、私は正気と魔力を奪うだけデス。生命力が強い勇者なら、すぐには死にませんよ」


 あっけらかんとした物言いで話すこいつに、呆れてしまったが、しばらくは様子を見ても良いかと思えた。



 その夜、宿に戻ると、ルナは静かにベッドに座っていた。

 彼女の瞳にはまだ不安と悲しみが漂っている。


「ルナ、大丈夫か?」


 彼女は小さく頷いたが、その表情には何も変わりがない。

 俺は少し心配になりながらも、レイナとの話を続けることにした。


「レイナ、お前にはまだ聞きたいことがある。あの少女、ルナのことだ。お前は彼女を知っているのか?」


 同じ魔族であると理由で問いかけたが、俺だって同じ人族の全てを知るわけじゃない。


 案の定、レイナは首を横に振った。


「いいえ、彼女については何も知りません」

「そうか。まあ、お前が何か知っているなら隠さずに言えよ」


 レイナは微笑んで頷いた。


「もちろんです。何か分かったらお伝えします」


 ルナは相変わらず無口だが、その瞳には少しずつ光が戻ってきているように感じられた。


 ♢


《sideルナ》


 ザイール様と共に王都を離れてからの旅は、新しい世界の始まりだった。


 彼が私を救ってくれたおかげで、今こうして生きているが、心の中にはまだ恐れと不安が残っている。


 市場で出会ったレイナという女性が加わったことで、私はさらに不安を感じていた。彼女が魔族だからだ。


 あの優しいご主人様の無事を祈る。

 彼が私に優しく声をかけてくれるたびに、心が温かくなった。


 市場に出かけた際、子供たちが楽しそうに遊んでいる光景を見て、私は過去の記憶が蘇ってきた。


 子供の頃、魔王候補として訓練されていた私は、遊ぶ時間も自由もなかった。

 仲間たちと争い、敗れて傷つき、命を落とす寸前だった。


 私は敗北して、全てを失って、たまたま川に落ちたことで命が助かったが、魔王を決める候補との戦いで敗れて、大きな傷と光を失った。


 絶望の中で奴隷になって、次に光を取り戻した時。


 私を救ってくれたのは魔王の宿敵である勇者だった。


 訓練ばかりで、私はなんと声を掛けて良いのかわからない。


「ルナ、大丈夫か?」


 彼の優しさに触れ、私は少しずつ心が温かくなる。


「レイナ、お前にはまだ聞きたいことがある。ルナのことだ。お前は彼女を知っているのか?」


 私はドキッとした。

 

 どうやらご主人様は、レイナが魔族であることを気づいている。

 偽装している魔族の幹部を見抜くなんて、勇者でも普通はできない。

 やっぱりご主人様は凄い勇者様なんだ。


 だけど、候補でしかない私のことをレイナが知るはずがない。


 もしも、魔王として選出されていれば、レイナとも顔を合わせていたかもしれない。


「いいえ、彼女については何も知りません」

「そうか。まあ、お前が何か知っているなら隠さずに言えよ」


 どうやら、二人の間で何か話をして契約を結んだ? 私にはわからないけど、私はもう魔族の国には戻りたくない。


 ご主人様と過ごす穏やかな旅がとても楽しくて、このまま過ごしていられたらどれだけ幸せだろうか?


「ルナ、君の瞳には悲しみが残っているな。だけど、心配するな。俺は勇者ザイール様だからな。どんな困難からもお前を守って、お前を自由にしてやる」


 本当に私は自由になれるのかな? 魔王候補の呪縛から解き放たれても不安しかない私の心は、あなたの側にいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る