第8話 魔族
《sideザイール》
商館を出て、体の回復した魔族の少女と共に歩き始めた。
彼女の顔にはまだ戸惑いの表情が浮かんでいる。
それにしても皮肉なものだ。
勇者が魔族の奴隷を連れているなんて、見た目が悪すぎる。
回復する前の彼女は頭に生えている筈の角が折られていた。
だが、回復して浄化を施すことで、俺の魔力次第だが、完全回復が行える。
その結果、左腕の火傷は消えて、右足も生えてきた。
さらに、光を失った瞳に視界が戻り、頭に角が生えた。
うん、あの奴隷商人にハメられた。
今更、返品もできないじゃないか! 確かに魔族なら戦うことは問題ないだろう。
人間と違って、魔力も多く、体も頑丈だと聞いたことがある。
だが、勇者が魔族を連れ歩いているって、体面が人間側にも魔族側にも悪すぎるだろ?!
「ハァ〜。うん? 大丈夫か?」
振り返って少女を見ると、体を震わせていた。
俺が声をかけると、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。
「名前はあるのか?」
少女は首を横に振った。
彼女の無口さと、光が戻っても悲しげな瞳から、心に深い傷があることが伝わってくる。
「そうか、じゃあ俺が名前をつけてやる。お前は……ルナだ。いいか?」
少女は驚いたように目を見開いたが、すぐにまた小さく頷いた。
「ルナ、これから俺と一緒に旅をすることになる。俺は自由を求めてるが、お前も自由になりたいと思ってるんだろ?」
ルナはどう答えていいのかわからない様子で、首を傾げる。
その仕草はとても可愛かった。
ヒツジのような角に、フワフワクリクリの毛並み。
顔は美少女で、目はヤギとかヒツジのような瞳ではなく人間と同じだった。
小柄な体は、まだ成長途中の少女にしか見えないので、こちらの方が戸惑っちまう。
ただ、ずっと自分の身を守ように腕を組んで歩いていることから、彼女のこれまでの人生が辛い過去だったのかはなんとなく想像はできる。
魔族が人間に捕まっている時点で、酷かったのだろうがな。
「ルナにどんな辛いことがあったのかは知らない。だけど、俺の側にいる間は、俺はお前を守ろう。だから、少しずつ元気になって自由になれるように頑張ればいいさ」
ルナは視線を落とし、無言のままだった。
その沈黙には、どんな意味があるのか推測できない。
「まあ、急ぐことはない。少しずつでいいからな」
そう言って俺たちは歩き続けた。
市場に着くと、賑やかな声が響き渡り、多くの人々が行き交っている。
俺は少し休むことにした。
「ここで少し休もう」
噴水の縁に腰を下ろして、ルナも隣に座らせる。
魔族である彼女に差別的な視線は、どうしようもない。
現在の王国は魔王を相手に戦争をしているんだ。
みんな捕まえた魔族が奴隷として、使役されているのは見ているが、良い感情を持っているわけじゃない。
彼女は周りの風景をじっと見つめている。
ふと、一人の小さな子供が楽しそうに遊んでいるのが目に入った。
ルナの表情が変わるのを感じた。
子供の笑顔を見ると、彼女の瞳に涙が浮かんできた。
過去の傷が、再び蘇ったのだろう。
「……」
ルナは涙を拭いもせず、ただ静かに涙を流していた。
俺は無言で立ち上がって、屋台で肉串を買って戻った。
「???」
「食え、ルナにどんな過去があるのかは知らない。だけど、こうして生きているんだ。それなら飯を食って元気になる義務がある。だから、まずは腹一杯ご飯を食べて、幸せを感じることから始めよう」
俺の言葉を聞いて、ルナは肉串を受け取ってかぶりついた。
美味しかったのか、すぐに一本を食べ終えた。
「もう一本食べるか?」
俺の問いかけに、良いのかと首を傾げる。
「ああ、構わない。元気がない時はいっぱい食べて、幸せになるんだ。過去に何があったのかは無理に話さなくていい。でも、俺はお前のことを知りたいと思ってる。少しずつでいいから、いつか話してくれればいいさ」
ルナは無言で頷いた。その瞳には深い悲しみが宿っていたが、少しだけ光が戻ってきたように感じられた。
「さあ、行こう。新しい旅の始まりだ」
俺たちは再び歩き出した。ルナの無口さは変わらないが、少しずつ心を開いてくれることを願いながら、俺は彼女と共に新たな道を進んでいく。
♢
ルナと共に王都を離れてから数日が経った。
王族に無礼を働いたこともあり、しばらく王都から距離を置くことにしたのだ。
無用なトラブルを避けるためにも、俺たちは田舎の静かな場所で新たなスタートを切るつもりだった。
小さな村にたどり着いて、賑やかな市場があり、旅の疲れを癒すためにしばらく滞在することにした。
市場を歩いていると、一人の女性が近づいてきた。
彼女は美しい顔立ちで、長い黒髪を持ち、優雅な雰囲気を纏っている。
「こんにちは、勇者ザイール様。お噂はかねがね伺っております」
こちらの素性を知って声をかけて来たことに警戒をする。
だが、どこかで彼女に会っただろうか? 女の甘い声に、俺は一瞬警戒心を抱いたが、表面上は穏やかに返事をする。
「おう、こんにちは。何か用か?」
「はい、実は勇者様がパーティーを解散したと聞いて、補助魔導士としてお力に慣れないかと思いまして参りました。名前はレイナです。どうぞよろしくお願いします」
妖艶な笑みを浮かべる褐色の肌をした黒髪の女性は、俺は彼女の名前を聞いてすぐにピンときた。
レイナ、こいつは魔王軍幹部の一人、サキュバスのリリスだ。
彼女が何を企んでいるかを知っている。
その美貌を使って、ザイークを籠絡して、魔王軍の手先として利用することだ。
「レイナね。まあ、補助魔導士がいるのは悪くない。お前の力を見せてくれ」
レイナはにこやかに頷き、簡単な魔法をいくつか見せてくれた。
その技術は確かに優れており、彼女がただの魔導士ではないことを物語っていた。
それはそうだろう。
この世界で一番の補助魔導士なんだからな。
「どうでしょうか? お役に立てるでしょうか?」
「まあ、悪くないな。お前を仲間に迎えてやる」
レイナは嬉しそうに微笑んだ。
その日の夜、ルナは静かにベッドに座り、考え事をしている様子だった。
「ルナ、大丈夫か?」
彼女は小さく頷いたが、その瞳にはまだ悲しみが宿っている。
「レイナ、少し話があるんだが」
俺はレイナを呼び、別室に移動した。
「さて、お前が俺に接触してきた理由は知ってるぞ」
レイナは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「さすが勇者ザイール、ふふ、面白いわね。なんのことかしら? 女には隠し事がつきものよ」
なるほど、トボけるのか……。
「心配には及びません。私はただ、あなたが勇者パーティーを離れたことを見かねて、力を貸そうと思っただけです」
「サキュバスなのにか?」
俺は彼女の種族を言い当てる。
ピクリと眉が動いたが、気にした様子もない。
「そうですね、私はあなたを従わせようと考えています。でも、今は少し考えが変わりました」
その言葉に俺は少し驚いた。
「どういうことだ?」
「聞いていた話では女好きのバカな勇者だと思って会いに来たのですが、実際に会ってみれば、警戒心が強いのに私を受け入れる度胸もある。そして、私がサキュバスであっても聖剣を抜かない。私の方が驚いてばかりです」
あ〜、確かに戦うためなら聖剣を抜いておくよな。
失敗した。戦い慣れてないだけなんだよな。
俺が考えていると、レイナが膝をついて頭を下げた。
「勇者ザイールに、お願いがあります。どうか、魔族を助けるため、どうかあなたの力が貸してください」
あまりにも原作とは違うレイナの態度に、俺は意表をつかれて固まってしまう。
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