第7話 噂
《side奴隷商人》
執務室で仕事をしていると、お客様が来たことを従者が伝えにきた。
優れた防具をつけた若者の姿に、従者が困惑した顔でどうするべきかと問いかけてきたので、私が対応することにしました。
応接間で待っていた若者の姿を見て、すぐにわかりました。
彼こそが最近噂になっている勇者、ザイールですね。
とうとう、我が商館に奴隷を求めにやってきましたか? どうせ性奴隷でも求めてきたのでしょうが、我が商館は品位を大切にしております。
成り上がりで、荒くれ者の勇者に譲る奴隷などおりはしません。
彼の噂は、最近になってよく聞きますが、あまり良いものではありません。
勇者として覚醒してからは、我儘で傲慢、力に溺れて、王の後ろ盾を都合よく使う最低の勇者。それが王都内で彼につけられたレッテルです。
様々な商店で悪い噂と伝説を作っております。
勇者でなければ、出禁にしている店は少なくないでしょう。
「ようこそ、我が奴隷商館へ。本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」
丁寧に挨拶をすると、彼はすぐに要件を切り出してきた。
「できれば戦いができる者がいい。体に傷や病気があってもいい」
それは予想に反した答えでした。
てっきり、見た目が良い性奴隷を求められると思っていたので、まさか戦える者? 勇者ザイールは、魔女マジュ、戦士アネット、聖女ジュリ、補助魔導師トールの四人とパーティーを組んでいたはずです。
各分野のエキスパートで、勇者を補佐するために任命された者たちだったはずです。
もしかして、その者たちに愛想を尽かされて奴隷を求めているのか? 私は若干の呆れを感じてしまいました。
しかし、戦える者が欲しいということは何かあったのか? しかも噂では、自分が勇者であることや、王様に逆らうのかと? 店に入ってくるなり脅してくると聞いていましたが、今のところは名乗ってもいません。
彼の言葉に戸惑いを覚えましたが、すぐに冷静さを取り戻して、彼が求めていることを探ろうと思いました。
何か特別な目的があるに違いない。
「ほう、戦えるのに傷があっても良いと?」
「ああ、別にそれは構わない。聖剣の力で回復と浄化はできるからな」
聖剣の力は不明ですが、傷を治せる回復能力があるということでしょうか? ならば、手持ちで勇者と行動を共にできる者を見せてみるか? だが、彼女を見てどう判断するのか? 彼女は戦えば確かに強いが、体が傷ついて戦えるような状態ではない。
「聖剣? もしかして、勇者ザイール様でしょうか?」
「そうだ。何か問題があるか?」
「あっ、いえ、商人の中で話題になっている人物でしたので」
「まぁそういうことだ。いい奴隷はいるかい?」
こちらが勇者ザイールと聞いても、それを前面に出してこちらを脅すこともないか……。
「申し訳ありませんが、奥へ付き合っていただけますか?」
彼が少し興味を持った表情を見せたので、案内することにした。
私たちは商館の奥へと進んでいく。
大きな屋敷の地下室に入ると、異様な匂いが立ち込めている。
「ここにいるのは、特に珍しい奴隷です。体はボロボロですが、戦闘能力は高いと言われています」
そこには、一人の少女が座っていた。
彼女は魔族の特徴を持ち、片足がなく、左腕も焼け爛れている。
瞳には光を失い、無表情な顔には絶望が漂っていた。
「自由を求めてるのは、俺だけじゃないんだな……」
ザイールが何かをつぶやいた。
彼がこの少女をどう見るか、それが私には興味深かった。
「よし、この子にしよう……」
彼が即決したことに、驚きを隠せなかった。
てっきり、馬鹿にしているのかとつっかかってくると思っていたからだ。
だが、お世辞にも傷によって美しくない少女を、即決で奴隷にするという。
それは厄介事を自ら抱え込むということだ。
彼は少女を見て、微笑んだ。
その笑顔は無邪気な少年のものであり、噂ばかりに踊らされていた自分を恥じるばかりですね。
彼の本質を試すために、この少女を紹介したのですが、試す必要などありませんでした。
「本当にこの子でよろしいのですか?」
「構わない。俺には聖剣の力がある」
「かしこまりました。それでは彼女の傷を治していただけるなら、料金は奴隷契約費だけで結構です」
「マジで? 助かるよ」
ザイールは少女の体に手をかざし、聖剣を取り出した。
光が少女の体を包み込み、欠損していた四肢が瞬く間に元通りになっていった。
「これは! 奇跡ですな」
副産物なのか、聖剣の力は汚れていた地下室を綺麗に浄化して、汚染されていた空気を全て綺麗にしてしまう。
「こ、こんな……」
少女は光の戻った瞳で、自分の体を見つめ、信じられないという表情を浮かべた。
「どうだ?」
「お約束通りにいたします」
これだけの力を初めて出会う少女に使うとは、その慈愛の心に私は胸を打たれた。
彼の決断と力には驚かされたが、それ以上に彼の行動には一貫性があった。
自由を求め、己の信念を貫く彼にとって、この少女は新たな旅の仲間となるに違いない。
「それでは、彼女をお引き取りください」
私はそう言って、彼に少女を引き渡した。
商館を出ていった彼の背中が見えなくなるまで見送ると、心の中で思った。
世界は不条理で平等ではない。しかし、時にはこのような出会いが運命を変えることもあるのだろう。
「私は魔族であろうと、亜種族であろうと分け隔てるつもりはありません。ですが、世界とは生まれや人種で、差別をしたがるものだ。どうか、あの勇者殿が善き人物であることを願うばかりだ」
幼き少女と、噂とは違う勇者がどのような運命を辿るのか楽しみですね。
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