第6話 奴隷

《sideセリーヌ王女》


 ザイールが立ち去った後、謁見の間には重苦しい沈黙が部屋を埋めていました。


 私はその場に立ち尽くし、彼の背中が見えなくなるまで見送っています。

 床には倒れた近衛兵たちが動かないまま横たわっていおり、彼らは息をしています。


 ザイールの圧倒的な力に触れ、動けなくなってしまったのでしょう。


 もしも、彼らがザイールのことを言いふらしたり、報復に出れば、きっとザイールは私たちを責め立てることになる。


 彼らへ沈黙を約束させなければいけません。


「なんという男……」


 そう呟きながら、圧倒的な力と存在感に打ちのめされた感覚が広がっていく。

 彼の言葉、態度、そして力強さが私の心に深く刻まれてしまった。

 聖剣を振るい、兵士たちを一瞬で無力化した光景が目に焼き付いて離れない。


 この体を熱くするほどの男性に初めて出会いました。


「セリーヌよ、我々はどうするべきなのだ? 勇者とはあのような化け物なのか? 今ならば王国の兵士を総動員すれば討てるのではないか?」


 父であるアルディア王国の王が疲れた声で尋ねてきた。


 王もまた、ザイールの圧倒的な力に恐れを抱いていることが明白だった。

 顔には深い疲れと不安が浮かんでいる。


「父上、契約が結ばれました。今は彼に従うしかありません。それに王国の兵10万を総動員して、討てたとしても、被害はどれぐらいでるでしょうか?」

「うっ、わからぬ。あのような化け物は魔王と同等じゃろう。それならばいくら兵を動員しても討てぬかも知れぬ」

「ならば、味方でいることを願いましょう」

「うむ、そうであるな」


 表向きの理由はそうだ。


 魅力の魔眼による契約を破れば、父だけでなく王国の民たちの命を失う可能性がある。それを避けるためには、ザイールに従うしかない。


 しかし、私の内心では、彼の力に対する畏怖と、同時に彼に強く惹かれる自分がいた。


 彼の圧倒的な存在感が、私の心を掴んで離さない。


「しかし、王国を守るためには……」


 父がそう言いかけた瞬間、私は強い口調で王を遮った。


「いいえ、父上! 契約を破れば、あなたの命が危険にさらされます。それに、彼はただの勇者ではありません。近衛騎士たちを聖剣の一振りで無効化したのです。彼を敵に回すことは、このアルディア王国にとっても大きな損失です」


 父は私の言葉に一瞬驚いたようだったが、すぐに頷いた。

 ザイールの力を認めざるを得なかったのだろう。


「……分かった。しかし、もしもザイールが我々に害を及ぼすようなことがあれば、それを考えるために、対抗手段は考えねならぬ」

「はい、その時は私も全力で対処いたします」


 私はそう答えながらも、心の中ではザイールの姿を思い浮かべていた。


 彼の圧倒的な力と冷酷さ、そして瞳の奥に感じられた優しさに、心から魅了されてしまった。


 彼の背中が遠ざかっていく姿は、自分の心の一部が奪われていくように感じられた。


「父上、今は彼に従うしかありません。彼が真に我々を裏切る時が来たなら、その時に対処すればいいのです」


 父は再び頷き、深く息をついた。


「……分かった。今はお前の言うことを信じよう。しかし、いつでも対処できる準備は整えておく。王国中の強者を集めよう」

「はい、父上」


 私の心はザイールへの思いでいっぱいになっていた。


 彼の存在が、私の心にどんどん大きな影響を与えていく。


 圧倒的な力を持つ彼に、私はすべてを捧げてもいいとさえ思っていた。


 そう思うたびに、彼に触れられた胸が熱くなる。


 謁見の間には再び静寂が訪れた。


 床に倒れたままの兵士たちの息遣いだけが響いている。

 私は一歩一歩、その場を歩き回りながら、自分の心の中で揺れ動く感情を整理しようと自室へ戻った。


 一人になっても浮かぶのは、ザイールの顔と、自分の体に残る熱だけだった。


 ♢


《sideザイール》


 城を出て、しばらく歩き続けた。


 街の喧騒が少しずつ近づいてくるが、俺は誰もいない路地裏に入って頭を抱える。


 王族に対してあんな無礼を働いたことが、徐々にフラッシュバックされて、後悔と恥ずかしさで身悶えてしまう。


「くそ、何やってんだ俺は……、あんときはなんかスイッチが入ったと言うか、自分でもやっちまったと思うが、大丈夫だろうな?」


 正直、王様にあんなことをしたら無礼で殺されるのは当たり前だ。


 感情に任せて行動してしまったことを激しく後悔してしまう。


 確かに、俺は自由を求めていたが、もっと他にやり方があったはずだ。

 アレクシス王とセリーヌ王女をあんなふうに脅す必要はなかった。


「ちょっとやりすぎたかもしれねえな……」


 彼らの怯えた顔が頭に浮かび、まぁ悪党の泣き顔なんて、どうでもいいか。


 王女様の顔は綺麗だったが、それだけだ。


 地雷は踏まない。


 王国にいる間は、この国に魔物や魔族が出るなら守るために自分の力を貸すのがいい。


 だが、あくまでこの世界の主人公はトールだ。

 あの子犬系イケメンが覚醒して、ワンパンでなんでも解決していくだろう。


 だから、大人しくして、王族とのこれ以上の対立は避けた方がいい。

 俺はただ、自由に生きたかっただけだ。


「まあ、今さら後悔しても遅いか……」


 気分を変えるために、俺は思い立って奴隷市場に向かうことにした。


 転生したら、異世界を満喫する。

 そのためにも第一段階として、信頼できる仲間を手に入れることだ。


 手取り早いのが奴隷というわけだ。


 街の喧騒が徐々に大きくなり、市場の入口が見えてきた。

 賑やかな声や叫び声が耳に入ってくる。


 奴隷市場は、多くの人々が行き交い、様々な奴隷が展示されている。


「もっと薄暗く、汚い印象だったけど、案外普通の商館なんだな」


 少し高級そうな奴隷店に入り、応接間に通される。


 俺の気持ちを紛らわせるには、ここが最適だと思った。


「さて、何か面白いものでも見つかればいいが……」


 ここに来るまでの市場では、様々な人々が奴隷を見定めているのが見えた。

 金持ちの商人や貴族たちが、奴隷商人と交渉を繰り広げていた。

 奴隷たちは鎖につながれ、無表情で立っていた。


 なぜか、そこでは買う気になれなかったので、商館に入った。

 しばらく待っていると、奴隷商人とは思えない上品な紳士が現れた。


「ようこそ、我が商館へ。本日はどのような奴隷をお求めでしょうか?」


 奴隷商人が丁寧に挨拶をしてくれる。


「そうだな。出来れば戦いができる者がいい。体に傷や病気があって安くしてくれるなら最高だな」

「ほう、戦えるのに傷があっても良いと?」

「ああ、別にそれは構わない。聖剣の力で回復と浄化はできるからな」

「聖剣? もしかして、勇者ザイール様でしょうか?」

「そうだ。何か問題がありますか?

「あっ、いえ、商人の中で話題になっている人物でしたので」


 商人の中の噂ね。

 勇者として好き勝手やっていたから、嫌われているんだろうな。


 紳士風の奴隷商人も思案している顔をみせる。


「まぁそういうことだ。いい奴隷はいるかい?」


 俺は気にすることなく、問いかけた。


 店主は俺の瞳を見つめてから、立ち上がって奥へ入っていく。


「申し訳ありませんが、奥へ付き合っていただけますか?」

「うん? 俺がいくのか?」

「お嫌ですか?」

「いや、面白そうだ」


 俺は導かれるままに、奴隷商館の奥へと進む。

 大きな屋敷の地下室に入ると、異常な匂いが立ち込めている。

 

 そして、石造りの地下で無表情な女の子が座っていた。

 いや、片足がなくて立てないのかもしれない。

 その瞳には光が映っておらず、左腕も焼け爛れている。


 まるで拷問を受けたような少女が生きているのが不思議なほどであった。


「こちらの奴隷が最も安く、また戦うことを得意としている種族です」


 まるでこちらを試すような物言いをする店主に、俺は奴隷に近付いていく。


「自由を求めてるのは、俺だけじゃないんだな……」


 この場所にいる奴隷たちもまた、自由を奪われている。

 体も光も奪われた少女。

 

 面白い。本当に俺に相応しい少女だ。


「よし、この子にしよう……」


 俺が即決したことに、店主は驚いた顔を見せたが、その次に微笑んだ。

 


 

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