第5話 契約

 怯えて地面に尻餅をついた王族を、俺は立ち上がって見下ろした。


「ただ、俺は自由に生きたいだけだ。だから約束だけはしてもらう」


 その言葉に王様と王女は安堵したような顔を見せるが、完全には警戒は解かれていない。


 だが、それでいい。


 何をしようと、今この場を覆すことはできない。

 もしも覆すことができる奴がいるとするなら、英雄トールだけだが、現在の奴は目覚めていない。


「だが、俺はお前らの命令で動くつもりはない。俺は俺のやりたいように生きる。それが気に入らないなら、今すぐここで決着をつけてもいい」


 聖剣を王女の首に当てる。


「ひっ!」 


 王様の顔が引きつり、王女は涙目を向けてくる。

 自分が搾取される側になるなど考えたこともないのだろうな。


 常に人の上にたって、命令するだけの立場の人間。

 

 ザイールという人間も、そういう人種に憧れていたのかもな。


「そ、それは困る。ザイール、これからもお前を勇者として認めるから、冷静に話し合おうではないか!?」

「そ、そうですわ。ザイール様、我々が間違っておりました! あなた様は紛れもない勇者です!」


 俺は二人の態度を冷たく見つめる。


 そして、俺はゆっくりと口を開いた。


「お前たちが何を期待しているのは分かるが、お前たちの都合の良い駒になるつもりはない。俺の意志を無視して動かそうとするなら」


 その言葉に王様と王女はさらに焦りを見せた。


「まっ、待ってください! 死にたくはありません!」


 綺麗な顔が歪む。これまで様々な者たちから搾取してきた王女が涙を浮かべて懇願する。だが、俺の心は何も動かない。


 こいつらは悪意のない悪だ。


 生まれながらに地位を保ち、悪いことをしている自覚もなく人から搾取する。


 それを当たり前に行っているのに、自分が搾取される側になれば文句を言う。


「そうだな。ここで一つ提案がある。俺と契約を結べば許してやろう」

「契約だと?」

「ああ、俺の自由を保証し、今後は干渉しないことを約束しろ」


 王は一瞬ためらったが、俺は魅力の魔眼に魔力を注ぐ。

 どちらか一人が目撃者になればいい。


「わ、わかった。契約を結ぼう」

「お父様!!!」

「いいのだ。お前の自由を保証する。願いはなんでも聞こう。だから、命だけは許してほしい」

「いいだろう。王がそこまで言うなら、言うことを聞いてやる」


 魅力の魔眼の力が発揮され、王は契約を結ぶことを決意した。

 王女は、王の態度に驚いていたが、そんなことはどうでもいい。


 契約が結ばれたことで、俺は聖剣を納めた。


 すると、王女は立ち上がって俺に近づいてきた。


「ザイール様、あなた様がこんなにも素晴らしい力をお持ちだとは知りませんでした。どうか私のためにもう一度考え直していただけませんか?」


 彼女は俺の腕を自分の体を絡めて、その豊満なバストに挟み込む。

 だが、その発せられた甘い言葉は、魅力の魔眼と同じような効果を持ったチャームが含まれている。


 この女もまた、俺と同類というわけだ。


 くくく、本当に、どこまでもクソビッチだな、この王女は。


 魅力の魔眼を持つ俺に、魅力が通じるはずがねぇだろうが?!

 

 俺は彼女の言葉を聞き流し、冷たい瞳で見つめ返した。


「王女よ、俺の決断は変わらない。お前のために動くつもりはない。クソビッチが」

「なっ?!」


 王女の顔に影が差し、屈辱に表情を歪める。


「そ、そんな……どうして? あなたは私たちのために尽くすべき勇者です!」


 魅力が効くと信じていたようだが、俺は一歩前に出て、彼女の目をじっと見つめた。


「お前の言うことなんて聞くつもりはない。俺の力が必要なら、頭を下げて必死に頼み込むんだな」


 王女はその言葉に反発し、怒りの表情を浮かべた。


「ザイール様、あなたは……」


 俺は冷笑を浮かべながら彼女に近づき、その大きな爆乳を鷲掴みにする。


「はうっ?!」

「無駄にデカい武器を持っているんだ。たまには自らの身を削ってみろ。色仕掛けでもしたら俺以外の男はお前のいうことを効くだろうな。まぁ俺はそんな誘いに乗るつもりはないがな」


 王女の股間に手を差し込めば、この状況で下着を濡らしていて湿り気を感じた。


 どこまでも変態王女だな。


「お前の魅力が通じると思うな。お前の言葉で動くほど俺は甘くない。俺を動かしたいなら、それに見合う対価を示せ」


 王女は目を見開き、一瞬言葉を失った。

 しかし、すぐに態度を改め、地面に頭をこすりつけた。


「ザイール様、私にはあなたに差し出すものがたくさんあります。宝でも、地位でも、土地でも差し上げます。もしも、それで足らないと言われるのであれば」


 王女は王を一瞥した。


「どうか、私の全てを捧げます。ですから、王国のために御助力ください」


 俺はその姿を見て頷いた。


「そうだ。それでいい。お前の全てを捧げるなら、考えてやってもいい。だが、今は俺の自由を尊重しろ。それが嫌なら、俺に近づくな」


 王女がどんな顔をしているのか知らない。

 だが、これで俺に関わろうとはしないだろう。


「わかりました……ザイール様の意志を尊重します。でも、どうか、どうか王国を見捨てないでください」


 俺は冷たい微笑を浮かべながら答えた。


「心配するな。俺の気分が向いた時は力を貸してやる。それ以外は俺の自由だ」


 これ以上、ここにいても意味はないな。

 王から手を出さないと言う契約は取り付けた。

 魅力の魔眼を使っていても、記憶は残るようになっている。

  

 王女にも最大限嫌われただろう。

 もう俺に近づくことはないな。


 俺は謁見の間を出ていくために、二人に背を向けて歩き出した。


「これからが本当の自由だ。誰にも縛られず、俺の道を進むんだ」


 俺は自分自身に言い聞かせながら、新たな一歩を踏み出した。

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