「遠山さんは私のことを勘違いしているんです。私は遠山さんが思っているような女性じゃないと思います」と蛍は言った。(それは本当のことだった)

「どんな風に?」文さんは言う。

「遠山さんは私のことをよく清楚だって言ってくれるけど、本当の私はそんなに清楚じゃありません。そんなに大人でもないし、真面目でもない。優しくもないんです。お店では猫をかぶっているんです。オーナーは私の両親と知り合いだし。そもそもお客様もふくめて、ご近所さんですし、ずっといい子を演じているんです。みんなのいないところでは、いろいろと悪いこともしてるんですよ。もちろん、どんな悪いことをしているのかは、遠山さんには教えてあげませんけど……」と蛍は言った。

「なるほど」と文さんは言った。

「はい。そうです」と蛍は言った。

「今は古木さんの言っている通り、僕は古木さんのことをよく知らないのかもしれない。でも、それなら、これから古木さんのことをもっとたくさん知っていきたいと思う。本当の古木さんをね。もちろん友達としてだけどさ、それはいいの?」文さんは言う。

「それは、……別にかまいませんよ」と照れながら(前髪をさわって)蛍は言った。

「よかった」とミラー越しに蛍を見て文さんはにっこりと笑った。


 二人の乗る車は高速道路をおりて少しの間、道路を走って海についた。余裕をもって出発をしたので、時刻はまだ朝になっていなかった。夜明けまではもう少し時間がある。そのとき、蛍はまだ助手席で気持ちよさそうに(起こすのがかわいそうになるくらい)ぐっすりと眠っていた。

「古木さん。起きて。海についたよ」と文が蛍の肩をやさしくたたきながら言った。

 蛍はゆっくりと目を開ける。(ぼんやりとした顔をしている。きっとまだ半分、夢の中にいるのだろう)

「……あ、おはようございます!」と意識がはっきりすると顔を赤くしながら、慌てた様子で体を起こして、蛍は言った。

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