悪役令嬢の願い
――天命、という言葉がある。もし、人が生まれた時から既に人生の道筋が決まっている、というのなら……。
大陸の東に位置する王国、カルディア王国にある騎士養成学校たる王立カルディア魔法騎士学院。その地へ足を踏み入れながら、俺は――いえ、わたくしは思いに耽っていた。
「ついに、辿り着きましたわね……」
「そうですね、お嬢さま。ずっと楽しみにされてましたもの」
「……そういう意味ではないのだけど」
感慨深く呟いていたわたくしに相槌を打ったお付きのメイド。アルフォード男爵家の令嬢、エリス・アルフォードは特徴的な、サラサラと流れる桃色の髪をたなびかせ、にこにこ、と微笑んでいる。
……本当に、この娘は。昔からわたくしのこと、好きすぎるのではないのかしら?
まぁ、そうなるように動いた、というのもあるし、その方がアルフォード男爵家のためになる。という切実な問題もあるのだけど。
それはともかく、ようやく。本当にようやく辿り着いた。苦節15年、
かつて、と言ったようにわたくし、いや俺には異なる記憶。簡単に言えば生まれた時から前世の記憶がある。そこでは俺は男であり、成人していた、というのは確かなようだ。もっとも、俺個人のことはほとんど覚えていない。ただ――。
「事実は小説より奇なり、とは言うけれど……」
「……? 小説、ですか? お嬢さま、意外と本の虫なところありますよね」
「……あなた、結構言うわね。仮にもわたくし、あなたのご主人様でしてよ?」
「はい、お嬢さまはわたしのご主人ですがなにか?」
……ダメだ、こいつ。皮肉が分かってない。
エリスの天然に出鼻を挫かれたけど、そんなことは重要じゃない。重要なのは俺に前世の記憶があること。そして、その記憶が正しければ前世には、この世界に酷似した創作物が存在した、ということ。
――蒼空の王子と暁のプリンセス。それが創作物、女性向け恋愛ゲーム。いわゆる乙女ゲームというやつだった。
もっとも、
それに、さきほどスタートライン、と言ったがそれは
なにせ、わたくしは
なんの因果か、現代から創作物の世界への転生。物語としては使い古されたものだけど、まさか自らの身に起きるなんて考えても見なかった。
しかも、主人公ではなく悪役、なおかつ令嬢である。もとから女性だった、同性だったというのなら問題なかっただろう。しかし、かつての主観では男、男性だった。
……ただ、まぁ。さすがに十年以上女性として暮らせば色々と慣れたものですけど。それに、悪役令嬢だろうとなんだろうと、いや、悪役令嬢というメインファクターであることから見目麗しい姿に生まれることが出来たのは僥倖だった。
実際、わたくしの容姿で言えば絹糸のような柔らかく、なおかつ輝く金糸の髪。目鼻立ちはすっ、と整っていてルビーのように紅玉な瞳が余人の目を惹き付けてやまないでしょう。
それに体だって負けてない。マシュマロのような弾力がありつつ、揉めば深く指が沈み込む柔らかい乳房。きゅ、と引き締まり同性たちが羨む腰のくびれ。丸みを帯び、ぷりぷりとしつつさわり心地がよさそうなお尻。
それだけじゃなく、白魚のよう、などと比喩されるほどに白い手指に、カモシカのようにしなやかに、なおかつスラリとした脚部。
おおよそ世の女性が羨み、男性が生唾を呑み込む、そんな身体が今のわたくし。アンネローゼ・フォン・ハミルトン公爵令嬢です。
……それに、天は二物を与えず。なんてことわざがありますが、わたくしには当てはまらなかったようで、容姿だけじゃなく頭の出来も大変よく、前世であれば難解で頭を悩ませた内容であろうともすらすらと解け、また身体能力も比べ物にならないほど高いものでした。
あるいは、これが本来の悪役令嬢のポテンシャルなのかもしれません。なんといっても本来高位の貴族なのですから教育体制も整い、専属の教師が就くのは当たり前。そこからさらに専門性の高い勉学へと励めるのですから当然と言えば当然。
なおかつ、高位の貴族なら婚姻で貴き血、さらに優秀な血を取り込むのが当たり前。いわば、
その結晶がわたくし、自身で言うもの野暮ったいですがアンネローゼ・フォン・ハミルトンという才能の結晶な訳です。
つまり、このわたくしに生まれた瞬間、今世の成功は約束されたも当然なのです。……本来ならば。
ですが、そんなわたくしにとって一番の問題は他にあります。それこそが悪役令嬢という
だけど、まだ時間はあります。
それまでにわたくしは
それこそがわたくしの、アンネローゼの願い、なのですから。
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