アルフォード男爵家
とはいえ、わたくしはまだ学園に入学したての新入生。まず、何よりも学校に慣れること。そして地盤固めが必要です。何をするにもまず基盤が必要ですからね。
この学園、カルディア魔法騎士学院は平民、貴族分け隔てなく勉学する場。というお題目を掲げていますが。まぁ、これは建前でしかありません。
理由は主に2つ。1つは入学するのは基本貴族であり、なおかつそういった貴族は入学前から専属の教師。家庭教師を雇っているので、あまり勉強することがないということ。もちろん、これは先の学年へ上がっていけばその限りじゃありません。どうしても学院の勉強すべてを網羅するのは不可能ですから、ね。
そしてもう1つはそもそもこの学院、入学のための試験があるわけですが、それに平民が合格するのは稀だということ。
これがどこかの商家の子息であれば学もありましょうが、本当の平民であればそんなもの、得る暇がありません。
愚民政策、などというつもりはありませんが、そもそも平民たちはその日暮らすための労働で精一杯。勉学に励む暇などありません。
一応、うち。ハミルトン公爵領やハミルトン派閥の貴族領であれば前世で言う寺子屋。簡易的な塾を設けるとともに領民へのある程度の手当ても行っています。まぁ、この施策もまだ始めて10年も経っていませんが。
……この施策を発布するため、かなり苦労したんだよなぁ。昔のことを思い出すと泣けてきてしまいますね。でも、それが必要だからこそ成したのです。……ちょっとだけ、わたくし自身のため、というのは否定しませんが。
それもこれも、わたくし自身が動きすぎたから。というある意味自業自得の結果ではありますけど。
「――――さま、おーじょーうーさまー!」
「ひゅわっ!」
どうやら考え事をしすぎていたようです。いつの間にか、側へ寄っていたエリスが耳元で呼び掛けていました。……それにしても、そんな大きな声出さなくても。
「もうっ、エリス。そんな大きな声、上げなくても――」
「……聴こえてませんでしたよ、お嬢さま」
指をピン、と指して周りを見渡すエリス。わたくしもつられて見ますが、そこにはいつの間にか、取り囲むようにこちらを窺う人、人、人の山。
こちらを見て、ひそひそ話をする子や、顔を紅潮させ、うっとりと見つめてくる子。中にはわたくしの胸やお尻に不躾な視線を向ける男子生徒の姿まで。
……こ、これは確かに。なにも聴こえてなかったようですわね。
「……あ、あははは」
ちょっとした恥ずかしさから、誤魔化すように乾いた笑いが出ました。
そんなわたくしに、エリスはこれ見よがしにため息を1つ。
「……もう、気を付けてくださいね。お嬢さま」
「…………はぃ」
エリスの指摘に、わたくしはそうか細い返事をするしかありませんでした。
……しかし、エリスとは本当に古い付き合いになりました。正直、姉妹同然に生活していた、と言っても良いかもしれません。
なんと言っても、あの娘と初めて会ったのは5歳の時。もう10年の付き合いです。とはいえ、親に。お父様に引き合わされた、という訳じゃなくて、わたくし自身が望んだのですが。
昔のことを思い出し、ついつい口許が緩んでしまいました。
そんなわたくしを、エリスは不思議そうに見ます。
「お嬢さま、どうしたんですか?」
「いえ、ただ……。そう、ただ、貴女と初めて会った時のことを思い出してただけよ」
わたくしが話したことで彼女もまた昔を思い出したのでしょう。懐かしむように目を細めました。
「そうですねぇ……。もう10年になるんですね。最初、お祖父様から呼ばれた時は驚きました」
くすくす、と控えめに笑っています。彼女が言うお祖父様、とは先代アルフォード男爵家当主。現在、我がハミルトン公爵家の家宰として辣腕を振るっているセバス・アルフォードのことです。
彼には本当、世話になりました。そして、これからも世話になるでしょう。なにせわたくしとセバスは、ある意味
「ところでそのお祖父様。セバスからなにか報告は上がってきてるかしら?」
今後のことも考えると、何らかの報告が上がってきていても不思議ではないので、一応確認を取ります。
「あっ、はい。お祖父様からですか? ……それでしたら一言だけ。『
「……そうなの、それなら安心ね」
セバスからの伝言を聞いて、安堵からホッと一息吐きます。彼も家宰としての仕事も忙しいでしょうに、そこまでしてくれて本当にありがたい限りです。
ですが、彼にとってそれは当たり前の事なのでしょう。なぜなら彼が言うお嬢さまとは、アルフォード男爵家にとってかつての主筋。ハミルトン公爵家に背いて改易されたクラン伯爵家の令嬢。
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