第4話 冬の国
わたしは音のしたほうへ、かけていく。
そこには女の子がいた。
髪は金色で緩くカーブしていて、顔は彫りが深くて外国の人のように見える。
頭にも身体にも、もこもこ素材のものを纏っていた。
女の子は雪上にバターンと落下して起き上がるところだった。
雪がクッションになったので大きな怪我はなさそうだ。
「あの、大丈夫?」
わたしはおそるおそる声をかける。
「€%#0^:$#」
女の子が喋った。
でもなんて言っているのか、さっぱりわからなかった。
どこの言葉なのだろうか?
「─────!」
女の子はわたしに手のひらを向けてなんらかの言葉を発した。
それはさっき言った台詞よりも澄んでいて、どこか歌のようにも聞こえた。
「ふぅ。これで、話せるかな?」
突然、女の子が日本語で話し始めた。
「日本語、話せるの!?」
「ニホンゴ? あなたが喋っている言語はニホン語って言うのね?」
わたしはこくこくと頷く。
「でもワタシはそのニホン語とやらを話しているわけじゃないわ。あなたに言語魔法をかけたのよ」
「魔法!? 魔法って存在するの!?」
好奇心のまま、わたしは質問を続ける。
魔法はおとぎ話だけの存在ではなかっただろうか。
「魔法を知らない……? ねぇ、そもそもあなた、どこから来たの? ここらへんじゃ見ない顔してるし、知らない言葉を話すし」
「?」
この女の子は何を言っているのだろうか。ここらへんじゃ見ない顔をしているのは女の子のほうなのに。
「……えーっとね、ここはルテンシアって国なんだけど」
「ルテンシア?」
聞いたことなかった。
しかも女の子は国と言った。
「ここって日本じゃないの?」
「ニホンってどこ?」
「え……」
わたしは言葉をなくしてしまう。
日本を知らない。
なら一体ここはどこなのだ。
変な世界にでも来てしまったのだろうか。魔法もあるし。そう考えるほうが理にかなっている気がする。
「ちなみにルテンシアは、オーストラリアよりも南にある島国よ」
オーストラリア。
知っている国名が出てきて安心する。
「オーストラリアは知ってるよ。南半球にある大きな国だよね」
「オーストラリアはわかるのね。ルテンシアは小さい国だから知らなくてもしょうがないか」
世界には小さな島国がたくさんあるのを知っているが、そのほとんどの名前をわたしは知らない。
「わたしは北半球にある日本っていう島国から来たんだ」
「北半球の国かあ。遠いからあんまり詳しくないや」
もしかしたら変な世界に来たわけではなく、ただの知識不足なのかもしれない。
季節が冬なのは日本が夏だからだろうか。南半球と北半球では季節が真逆だと聞いたことがある。オーストラリアでは夏の海にサンタクロースがやってくるとか。
だが魔法という存在が引っかかる。
「そういえば、魔法は他の国では使われていないんだっけ……」
女の子はおぼろげな記憶を探るように、うーんと悩む。
この国でのみ魔法が一般的ということだろうか。
現実なのにファンタジーな世界に足を踏み入れたみたいだ。
「というか、そんな遠いところからどうやってここまで来たの?」
「おばあちゃん家の裏にある林にある、大きな木のうろのなかを進んでたら、いつの間にかここにいたの」
「不思議なこともあるんだね」
ふと、帰れるのだろうかという疑問が頭をよぎる。
好奇心のままここまで来てしまったが、結構まずいのでは?
「それで、あそこから出てきたんだ」
わたしは帰る手がかりを掴もうと、さっき抜けてきたかまくらを指差す。
何か知っているかもという期待を込めて。
「あれは!」
女の子は驚いたように声をあげた。
「成功したのね!」
「……へ?」
女の子がぱぁっと喜ぶが、わたしはなんのことかわからず呆然とする。
「実はね、ここと遠くを繋ぐ魔法の練習をしてて……ちょっと遠くに繋がりすぎちゃったけれど無事できたわ!」
つまりここに来たのはこの女の子が原因のようだ。
「わたしって帰れるの?」
「かまくらと魔法があり続ける限りは帰れるから安心して」
それを聞いてほっとした。
帰れなくなったらどうしようかとひやひやしていたから。
「それよりも、寒くない? その服装」
会話に夢中になっていたが、夏服だったのを忘れていた。
思い出したことで一気に寒さが身を駆け上がっていく。
「さ、さむいです」
「これ貸してあげるから着て」
女の子は羽織っていたもこもこ毛皮の上着をわたしへ着せた。
身を凍らせるような空気が遮断される。
さっきよりだいぶ寒さがやわらいだ。
「そうだ、自己紹介が遅れたわ。ワタシ、ルファシエ。気軽にルファって呼んでほしいな」
笑顔でルファはわたしに笑いかける。
「わたしは夏木真奈。真奈って呼んで、ルファ」
わたしもルファにならって自己紹介をした。
「マナ! よろしくね!」
「うん!」
かじかんだ手と、手袋に覆われた手で、わたしたちは握手をした。
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