第5話 冬の国

 わたしは音のしたほうへ、かけていく。

 

 そこには女の子がいた。

 

 髪は金色で緩くカーブしていて、顔は彫りが深くて外国の人のように見える。 

 頭にも身体にも、もこもこ素材のものを纏っていた。

 

 女の子は雪上にバターンと落下して起き上がるところだった。

 雪がクッションになったので大きな怪我はなさそうだ。


「あの、大丈夫?」


 わたしはおそるおそる声をかける。


「€%#0^:$#」


 女の子が喋った。

 

 でもなんて言っているのか、さっぱりわからなかった。

 

 どこの言葉なのだろうか?

 

「─────!」


 女の子はわたしに手のひらを向けてなんらかの言葉を発した。

 それはさっき言った台詞よりも澄んでいて、どこか歌のようにも聞こえた。


「ふぅ。これで、話せるかな?」


 突然、女の子が日本語で話し始めた。


「日本語、話せるの!?」

「ニホンゴ? あなたが喋っている言語はニホン語って言うのね?」


 わたしはこくこくと頷く。


「でもワタシはそのニホン語とやらを話しているわけじゃないわ。あなたに言語魔法をかけたのよ」


「魔法!? 魔法って存在するの!?」


 好奇心のまま、わたしは質問を続ける。

 魔法はおとぎ話だけの存在ではなかっただろうか。


「魔法を知らない……? ねぇ、そもそもあなた、どこから来たの? ここらへんじゃ見ない顔してるし、知らない言葉を話すし」


「?」


 この女の子は何を言っているのだろうか。ここらへんじゃ見ない顔をしているのは女の子のほうなのに。


「……えーっとね、ここはルテンシアって国なんだけど」

「ルテンシア?」


 聞いたことなかった。

 しかも女の子は国と言った。


「ここって日本じゃないの?」


「ニホンってどこ?」


「え……」


 わたしは言葉をなくしてしまう。

 

 日本を知らない。

 なら一体ここはどこなのだ。

 

 変な世界にでも来てしまったのだろうか。魔法もあるし。そう考えるほうが理にかなっている気がする。


「ちなみにルテンシアは、オーストラリアよりも南にある島国よ」


 オーストラリア。

 知っている国名が出てきて安心する。


「オーストラリアは知ってるよ。南半球にある大きな国だよね」

「オーストラリアはわかるのね。ルテンシアは小さい国だから知らなくてもしょうがないか」


 世界には小さな島国がたくさんあるのを知っているが、そのほとんどの名前をわたしは知らない。


「わたしは北半球にある日本っていう島国から来たんだ」

「北半球の国かあ。遠いからあんまり詳しくないや」


 もしかしたら変な世界に来たわけではなく、ただの知識不足なのかもしれない。


 季節が冬なのは日本が夏だからだろうか。南半球と北半球では季節が真逆だと聞いたことがある。オーストラリアでは夏の海にサンタクロースがやってくるとか。

 

 だが魔法という存在が引っかかる。


「そういえば、魔法は他の国では使われていないんだっけ……」


 女の子はおぼろげな記憶を探るように、うーんと悩む。

 

 この国でのみ魔法が一般的ということだろうか。

 現実なのにファンタジーな世界に足を踏み入れたみたいだ。


「というか、そんな遠いところからどうやってここまで来たの?」

「おばあちゃん家の裏にある林にある、大きな木のうろのなかを進んでたら、いつの間にかここにいたの」

「不思議なこともあるんだね」


 ふと、帰れるのだろうかという疑問が頭をよぎる。

 好奇心のままここまで来てしまったが、結構まずいのでは?


「それで、あそこから出てきたんだ」


 わたしは帰る手がかりを掴もうと、さっき抜けてきたかまくらを指差す。

 何か知っているかもという期待を込めて。


「あれは!」


 女の子は驚いたように声をあげた。


「成功したのね!」

「……へ?」


 女の子がぱぁっと喜ぶが、わたしはなんのことかわからず呆然とする。


「実はね、ここと遠くを繋ぐ魔法の練習をしてて……ちょっと遠くに繋がりすぎちゃったけれど無事できたわ!」


 つまりここに来たのはこの女の子が原因のようだ。


「わたしって帰れるの?」


「かまくらと魔法があり続ける限りは帰れるから安心して」


 それを聞いてほっとした。

 

 帰れなくなったらどうしようかとひやひやしていたから。

 

「それよりも、寒くない? その服装」


 会話に夢中になっていたが、夏服だったのを忘れていた。

 

 思い出したことで一気に寒さが身を駆け上がっていく。


「さ、さむいです」

「これ貸してあげるから着て」


 女の子は羽織っていたもこもこ毛皮の上着をわたしへ着せた。

 

 身を凍らせるような空気が遮断される。

 

 さっきよりだいぶ寒さがやわらいだ。


「そうだ、自己紹介が遅れたわ。ワタシ、ルファシエ。気軽にルファって呼んでほしいな」


 笑顔でルファはわたしに笑いかける。


「わたしは夏木真奈。真奈って呼んで、ルファ」


 わたしもルファにならって自己紹介をした。

 

「マナ! よろしくね!」

「うん!」


 かじかんだ手と、手袋に覆われた手で、わたしたちは握手をした。

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